第21話 弱者には悩めるだけの選択肢がない。


 ――田舎町ルンダール。


「月輪の正教会、月の欠片〝第四席〟、シルバラ」


 そう名乗っていた教会の幹部は、数秒後、瞳から光を失っていた。


「え? ボス戦ですか? てっきり、肩慣らしの時間なのかと……」


 巡礼者たちの頭である金髪のエルフ、エルガードは唖然としている。

 彼女の主がよく使用する、自動検知式の迎撃用魔力剣。

 だいたいは、影か足元から魔力剣を生成するため、呑気に飛び掛かってきた敵は、不意打ち+速攻+カウンターの三連コンボを食らって、ざくざくと切り刻まれてしまう。一度に生成する魔力剣は、五から三〇。敵の魔力濃度に応じて剣の強さと速さも変化するのだが、強ければ、それなりに強い魔力剣が出てくる。


 雑魚なら一本もよくあることだ。

 そして今回の幹部さまは、強さ、魔力剣七本分だった。


「見覚えのない方なので、やや焦りました。この村の人たちは、魔力パターンが似通っていますし、〝検知除外リスト〟に登録しているんですよね。あ、でも、最近、アードルフ夫婦に、新しいお子さんが出来たのでした。除外リストに入れておかないと……」


 ぴっぴっぴっと、エルガードは魔力剣のシステムを修正した。

 人間は個体によって、魔力の配列パターンが異なる。

 彼女は仲間たちや村人たちを、誤って迎撃してしまわないように、除外リストに入れている。


「〝月の刃〟は、三度舞う」

「教会の暗部が、この程度と思ったか?」

「俺は〝月光の影〟シャドウムーン――」


 ルンダールの街を練り歩いていると、どこからともなく雑魚が湧いた。

 一般的には、手練れの部類ではあるのだが、エルガードが相手では話が違う。


 エルガードは一瞥も向けない。現れた魔力剣が、たった一、二本であることに落胆し、無視してルンダールを巡り回った。


 ぐぎゃああっ! なんて無様な悲鳴は、五分くらいすると、まったく聞こえなくなった。


「勝手に殲滅されてくれましたか」


 村人たちは、怯えて家に閉じこもっている。

 彼らは賢い。出たら死ぬと、分かっているのだ。

 なのに、どうしてこの刺客どもは、延々と自殺しにくるのだろう?

 わたしの身体から、雑魚を誘い込むフェロモンでも出ているのか?


 エルガードは、すんすんと自分の体臭を嗅いで、変わりないことに安堵した。

 中途半端に力を持つと、余計な自信が湧くということだろう。


「流石ですね、主さまは。教会は騒ぎを起こして、わたしたちをおびき出した。それとは別に、彼らは〝魔法〟の発展を嫌っている。だったら、オリヴィエ・エルランデルを狙うのは、当然だと」


 エルガードはシグに、「ルンダールを頼む」と言われるまで、気付かなかった。

 田舎町に戻ってみると、予想通り、エルランデル家に教会の手先が。

 それからしばらく防衛に徹し、折を見て巡回に出ていた。

 いまは、おおかた片付いたところだ。


「不自然に統制された情報、発展しなかった魔法の秘密と、エルフの謎。わたしでは、最後のひとつは分かりませんが、彼なら、なにか掴んでいるのでしょうね」


 彼方に見える王都ニクラスは、激戦の地となっている。


 大地が揺れ、空は震え、大自然の如き著大な機兵もいれば、〝暴食〟や〝悲嘆〟、〝憤怒〟に〝冷酷〟が駆け巡る。


 エルフが持つ罪の権能、その余波はルンダールにもびりびりと伝わっている。


「あなた、どうして戻ってきたの。それに、この人たちは、いったい……」


 エルランデル家に帰還すると、シグの姉であるオリヴィエと相対した。

 出発時、オリヴィエは意識を失っていた。

 そのオリヴィエを叩き伏せたのがエルガードだ。

 どうして彼女が舞い戻ってきていて、自分の身も守っているのか。

 オリヴィエは意味が分からず、眼前のエルフを睨んでいる。


「何なの、この街で、何が起きているの!? 王都のこともそう……いまも、激しい戦いが続いている。このローブの人たち、あなたのこと、そして、今朝の号外。全部、無関係です、なんてふざけたことは言わないわよね。この国で、いったい何が起きているの」


 顔を顰めて、脅すような口調のオリヴィエ。

 彼女は怒っているなんて、誰が見たって分かるだろう。

 それでもエルガードは、眉根ひとつ動かさなかった。


「全て無関係です。偶然、王都で騒ぎが起きて、偶然、テロリストが押し掛けてきて、偶然、わたしが居合わせました」


「ジョークのつもり?」

「あくまで、真実を口にしたつもりですよ」

「ふーん……つもり、ね。じゃあ、あなたがこのテロリストを殺した理由は?」

「カッとなってなった。後悔はしてない」

「まるでダメな中年犯罪者のそれじゃない」

「じゃあ、むしゃくしゃしてやった。誰でも良かった」


「どうして彼らって、罪を犯した時のまくら言葉が一緒なの? そういう風に、受け答える教育でも施されているのかしら……それは、ともかくとして」


 オリヴィエは鞘から剣を振り抜き、切っ先を彼女に向けた。


「なにか、隠していることがあるでしょう。教えなさい」

「身に覚えがありませんね」

「そう――だったら!」


 オリヴィエは覚悟を決めて、エルガードに一太刀を叩き込んだ。

 峰打ちだ。それでも、この豪快な一撃を受ければ、ただではすまない。


「なっ!!?」


 しかし、エルガードの自動検知式魔力剣に防がれてしまう。

 オリヴィエは脅威の除外リストに入れられているが、エルガードに被害が及ぶ攻撃については、防衛対象になる。傷つけず、攻撃だけをはねのける。


「驚きました。その年で、随分と鍛え上げているのですね」


 オリヴィエの攻撃に対して、生成された魔力剣は五つ。

 教会の刺客よりもなお強く、幹部にはひと回り劣る程度。

 オリヴィエの実力は、少女と侮れない域に達していた。


「あなただって、わたしと変わらないじゃない!」


「エルフですからね。見た目では分かりづらいですが、少しだけ年上だと思いますよ」


「もしも、シグに関係しているのなら、絶対にあなたを逃がさない! あの日から、ずっと、わたしはこの時のために……っ!」


 息を荒げて、汗を流しつつ剣を振るう彼女には、直々に手合わせするべきか。


 エルガードは魔力剣を半自動セミオートに切り替え、キンキンと剣士の真似事に付き合う。


 オリヴィエの動きは遅く、剣筋も冴えない、魔力量は目に見えて差がある。

 が、それはあくまでエルガードと比較した場合だ。

 王都の騎士団くらいなら、撃破してしまうかもしれない。

 騎士団長には及ばないが……精鋭クラス、いや、少し劣るか。


 とにかく、彼女の実力は折り紙付きで、一〇歳の少女とは思えぬ剣士の領域にいる。拉致されてしまったあの日から、一層と鍛錬に励んだのだろう。それも全ては、弟のシグを守り通すために。


「軽視しているつもりはない。だが、あなたは知る必要がない」

「ふざけないで! もしも弟に何かあったら、わたしは――」


 カッと、王都から閃いた極光は、朝日を思わせるほど凄烈だった。

 暗闇に沈みつつあるカスケーロ大陸の空に、異なる次元の光が差す。

 信じられないことに、あの光は全て、魔力によるものだった。


「なに、あれ……王都で、何が起きているの……」


 エルガードだけは、シグの正体についておおかたの見当がついている。

 この世とは外れた、超常的存在であること。

 そして王都での決戦も、いままでの暗躍も、全て彼によるものだった。

 だが、実の弟がそんな怪物だと知って、姉はどう思うだろうか。

 知らない方が幸せなこともある――エルガードはそう結論付けた。


「いまはただ、待ちましょう。わたしもまた、待つことしかできないのです」

「……そう。だけど、惨めなものよね。待つことしか、できないなんて」

「だから、強くなりたいのです。わたしも、より高みを求めて」

「目指すところは、一緒なのね」

「おそらく……いえ、確実に」

「そう」


 オリヴィエは剣を下げて、王都の光を見守り続けた。

 朝に出発した父と母は、まだ、帰ってこない。

 連れ去られたシグも、消息不明のままだ。


 どうか、三人が無事でありますように。オリヴィエはそう願って、待つことしかできない自分に、拳を震わせた。そうして夜まで、また鍛錬に赴いた。


 次こそは自分の手で弟を守り切れる、至高の剣士を目指して。

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