二章

第23話 温泉。それは、混沌なる欲望との闘争……。


 二人の覇者による戦いは終わった。

 王都の復旧作業も、一〇日が経つ頃には完全に終えた。

 元の街並みを取り戻して、人々は安心して外を歩けるように。


「見ろ、クリストフェル・フォーリンさまだ!」

「彼が、王都を支える、本当の王よ!」

「クリストフェルさま、どうか我々をお導きください!」


 王都はかつて、ニクラス家が牛耳っていたわけだが、国王カシミールを含め、ニクラス家の血筋は途絶えた。そこで分家であるフォーリン家、その王子であるクリストフェルが、新たな国王となった。


 王家の暗殺部隊と、暗剣部隊も解体された。


『しかし……本当に、いいのか?』


『真っ当な後継者は、貴様しかいまい。国を治めるには、象徴が必要だ。たとえ偽りであろうと、民は貴様に栄光を見る。彼らを切り捨てたいというのなら、話は別だがな』


『分かった。引き受けよう』


 シグとクリストフェルの計画はこうだ。

 王都での混乱は、全てニクラス家に擦り付ける。

 死人に口なしでもあるし、実際に混乱を招いた当事者でもある。


 分家の頭首クリストフェルを筆頭に、反乱軍が旧国王カシミールを討ち取り、ニクラス家を滅ぼした。


 クリストフェルが統治する国は、家名である〝フォーリン〟に代わった。

 そして王都も名前を変え、フォーリンとなり、市民たちに科された税は、以前の十分の一になった。


 税は軽くなり、人口も増え、愚かな行いをしたカシミールは断罪された。

 これに不満を懐く者がいるわけがない。


 クリストフェルは国王に、そのご息女であるアイノは、次期王女として、一層の注目と名声を受ける。


 都市の復旧作業を手伝っていた、謎のエルフの軍団――。


 彼女たちは、各地に平和をもたらす〝巡礼者〟であることだけを明かし、颯爽と人々の前から姿を消した。シグの目論見通り、これからも巡礼者たちは、影の組織として世界平和を形作っていくだろう。


「ふう……流石に、少し疲れた」


 シグはいま、王都でも人気のある旅館に来ている。

 ダークファンタジー世界の知識を流用して、巡礼者たちに温泉を作らせたのだ。

 いまや巡礼者は、このカスケーロ大陸に、数多の商社を持っている。

 手始めとして開業させた〝命の宿〟は、なかなかに好評。


 巡礼者たちは、シグのいるエルランデル家に、宿の特別優待券を配り、こうして休みに来ているわけだ。


「この世界の温泉は、どんなものか。この俺が直々に、見定めてやろう!」


 ガラリッ。

 豪快に開け放った先には、白と紫の長髪を持つ、見知ったエルフさんがいた。

 シャンプーの手を止めて、聖女ディアナは、まじまじとシグを見つめた。

 その視線は、さりげなくシグの股間に向いていた。


「「……」」


 すっと閉じる、シグ。


「この俺が直々に、見定めてやろう!」


 ガラリッ。

 幻覚ではないかと思ったシグだが、二度やっても結果は同じだ。

 なぜか貸し切りの温泉に、聖女さまがいらっしゃる。


「っすー……」


 なんだか気まずい顔で、そそくさと扉を閉めるシグ。


「構いませんよ。七歳の子供に裸を見られたところで、減るものではありません」


 ところが、聖女さまの慈悲深さは、温泉よりも深かった。


「いや待て、俺たちは、男と女だ」

「奇妙なものですね。王を謳うあなたが、この程度のことを恥じると?」


 カッチーン

 殆どのことは気にしないシグだが、王への挑発だけはいただけない。


「ふっ……湯の花舞う源泉の底に、心の煩わしきを溶かす温もりの詩が響く」

「素直に、温泉に入るって言ったらどうですか?」

「うるさいっ、黙れ!」


 シグが肩まで湯につかると、聖女さまも入ってきた。

 何がとは言わないが、彼女はでかい。


 巡礼者たちには、子供のエルフしかいないが、そういった意味では、大人の女性の魅力は、ディアナだけが持っていると言える。


「ふふっ……少し早い、思春期ですね。気になりますか?」


 何がとは言わない。が、ディアナは自分のそれを、両手で持ちあげている。


「たわけ。そんなもの、とうに(母ので)見飽きておるわ」


 などとうそぶいているが、シグは童帝だ。

 千年童帝というキャリアを持つ彼には、女の胸は毒物そのもの。

 直視しようものなら、鼻血を噴いて倒れるかもしれない。


「あら、シグ。ここにいたのね」

「……は?」


 次に扉がガラリとなった瞬間、そこにはあられもない姿のオリヴィエがいた。


「僥倖ですね、我が神……いえ、シグ」

「おーっ、主さまも温泉か」

「いいじゃん、みんなで入ろうぜ!」

「ハートちゃん、失礼がないようにね」

「ねえ、ねえ! 温泉のお水って、おいしいのかな?」


 そして、続々と入ってくる巡礼者のエルフたち。

 エルガード、シルバーレイン、ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプと、勢揃いである。


「……」


 いかに裸だからといって、彼女たちの年齢を考えれば、欲望を掻き立てられるわけもない。ディアナはともかくとして、単にシグは視線のやり場に困った。


「ふふっ、私を打ち倒した〝あの王〟が、この有様ですか」


「勘違いするな。俺は、貴様らなんぞに動揺はしない。だから、俺の〝覇王〟を見るのは、やめるんだな。この通り、何の反応もしていない」


 ディアナはシグの股間を見て、また「ぷっ」と笑った。


「あらあら、随分とお可愛い、〝覇王〟ですこと」


 そこでシグは立ち上がり、タオルも巻かず、堂々と湯から出た。

 ディアナは戦慄した顔で、オリヴィエは真顔のままふむと顎に手を当てる。

 少女たちの視線が交差する中、シグは取り澄ました顔で、こう言った。


「我が覇道は、常に上を向いている。だが、下を向く時もある。それは、真なる境地に立たされた時、なおいっそうと、奮い立つだろう……」


 シグはひとり先に、温泉を後にした。


「んー……あんまり、成長していない・・・・・・・わね」


 姉の辛辣な独り言は、彼が去った後に呟かれた。


「おんっせん、おんっせん――って、なにやっての、お前?」


 シグは着替えも終わった頃、廊下で鼻血を出して倒れているところを、アイノ・フォーリンに発見された。


 ちなみに今回の宿泊は、優待券を配られた者だけが泊まれる仕組みだ。

 ある種の貸し切りには違いないが、完全に独り占めできるわけではない。

 そんな説明を、後でエルガードから聞いたが、シグの頭には話半分でしか入ってこなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る