第19話 暴食のローズウィスプ。
攻防は、しばくの間、拮抗していた。
『小癪なエルフめ! 愚民もろとも、滅ぶがいい!』
クレセントによる魔力仕掛けの誘導弾は、さながら豪雨のようだった。
王都の空を飛び交う魔力弾は、それ一発で大量殺戮をも可能とさせる。
誤って街中に落下しようものなら、どれだけの犠牲者が生まれようか。
「こちらです! 市民の皆様は、避難シェルターにお願いします!」
礼拝者たちが街中を駆け巡り、無関係な人たちを安全地帯に導いていく。
その彼女たちにも、危険は付いて回る。
流れ弾が、直撃してしまうかもしれない。
だから〝暴食〟のエルフは、一心不乱に空を駆ける。
「あいつ……犠牲者が出るように、わざとコントロールを外している。許せない」
迫り来る死の弾丸を迎撃し、王都に逸れた誘導弾もすべて〝喰らう〟。
だが暴食の霧が、広域に及ぶと、それだけ魔力が消耗される。
ローズの暴食は、五人の巡礼者たちの中でも、一番燃費が悪い。
これだけ広く、暴食の霧を展開させていれば、数分と持たないだろう。
『防衛とは即ち、体力と魔力の消耗だ。余計な命を守ろうとすれば、その分だけ、代償が付いて回る。だが……どういうことだ? あのエルフ……〝魔力〟が、増えていっている』
いや、そもそもあのエルフが展開している霧は、何なのか。
クレセントが見定めるに、桃色頭の少女は〝暴食〟の権能を有している。
あの霧は、触れただけで獲物を貪り尽くす大罪の力。
ならば、〝喰われた魔力弾〟は、どこに消化されているのか?
「ぺっ……まっず」
ローズが吐いた唾は、クレセントの誘導弾から取り込んだ魔力の残滓だ。
敵への攻撃を喰らうことで、ローズは魔力を供給させている。
クレセントの魔力を吸収しているのと同義だ。
『面白い! ならば、これはどうかな!』
魔力を用いた攻撃は、中断された。
代わりにクレセントは、機兵たる巨腕を振り翳した。
たかが右腕とはいえ、それひとつで王都に甚大な被害が及ぶ。
心優しい暴食のエルフは、この一撃を止めねばならない。
防ごうと思えば、莫大な魔力が消費される。
しかし物理攻撃のため、魔力を吸収することもできない。
「がっ……ああああああああああああああああァッ!!!」
それでもローズは、クレセントの右腕を
膨大な魔力を消費して、法外な右腕と力比べに勝ち、空に向かって放り投げる。
これを〝暴食〟で食らい尽くし、地上への被害を未然に防いだ。
『……驚いた。貴様は、そこまで強いというのか? だが、着実に弱っている』
いまの攻防で、ローズの魔力は目に見えて擦り減った。
暴食の霧は消え失せ、彼女に残る魔力も僅かなものだ。
長期に渡る戦闘、そしてクレセントの一撃によって、窮地に立たされている。
『喰らえ。暴食の権能を、有しているのだろう? 地上を見ろ。人間、エルフ、王都の騎士団もいれば、我ら教会の配下もいるぞ? 魔力の宝庫だ。喰らえば、いくらでも補充できる』
ローズの魔力は潰え、ついに空すらも飛べなくなった。
大衆は、落下してきたエルフに恐れおののき、悲鳴を上げる。
この煩わしい喧騒ごと、全て喰らってしまえば、遥かに楽になれるのだろう。
だが、それはローズの流儀ではない。
何のために、狂ったフリを演じた。
誰が為に、戦禍に身を投じている。
『お父、さん? ……お母、さん?』
あの日、目の前で起きた惨劇を、二度と繰り返さないためにだ。
「喰らうのは、命じゃない。心の奥に潜む、弱い自分だ」
『はっ……戯言を。ならば、愚民もろとも滅ぶがいい!!』
クレセントが、再び魔力の誘導弾を照射しようとしたその時、ローズの足元に、緑色の頭髪をした男が投げ込まれる。
「喰らえ、ローズ! 既に殺した、教会の幹部だ!」
月輪の正教会〝第一席〟、アストラム。
ちょうど戦いを終わらせたシルバーレインが、ローズの加勢に出る。
「こっちも終わった! 死にたてで、魔力も漏れているぜ!」
「ローズちゃん! 死なないでください!」
月輪の正教会〝第二席〟、ステラノア。
金銀頭の幹部も投げ込まれて、ローズの胸はすっと晴れた。
そうだ……自分にはまだ、仲間たちがいるじゃないか。
盟主と、彼女たちのためになら、狂ったフリをするのも悪くはない。
自分はピルグリム、〝暴食のローズウィスプ〟なのだから。
「あはっ、あははっ――あははははははははははははっ!!!」
二人の幹部を喰らったローズは、最大にまで魔力が増幅している。
「全部、喰ってあげる! その身体も、
ローズが顕現させた暴食の霧は、竜の形を成している。
彼方に立ちはだかるは、荘厳たる峻峰が如く聳える月の機兵。
クレセントは全魔力を注ぎ込む廃滅光線によって迎撃に出たが、それは最大の悪手だったと、撃ってから気が付いた。
魔力による攻撃。それは〝暴食〟の少女への糧となる。
『あり得ん……この我が……こんな、結末をッ!!!』
暴食の竜は、クレセントのゴーレムたる魔道具ごと、全てを呑み干した。
ローズの顔には、狂ったフリではない、正気の笑みが閃いていた。
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