第16話 覇者たちの行方。


『おいおい、またエルフだぞ!』

『ラッキー! こいつら、歩くボーナスポイントだぜ!』

『一匹につき、金貨一枚だ! 五〇匹も狩りゃあ、豪邸が立つぜ!』

『これで教会から、アホみてえな大金がもらえるなぁ!』


 遥か東にあるタオウルの森には、数多のエルフが生息している。

 そんな噂が盗賊たちの間で広がってから、瞬く間にエルフの数は減っていった。

 凄惨な〝エルフ狩り〟が続き、エルフたちはカスケーロ大陸の各地へと逃げ出していった。

 だが、逃げる前に狩り取られてしまった者たちも多く、彼女・・の両親も、その内に含められる。


『お父、さん? ……お母、さん?』


 ローズが見つかっていなかったのは、ただの運でしかない。

 エルフの村は夜分に襲撃されて、ローズの父と母は、村を守ろうとして戦死した。


 エルフは特殊な種族ではあるが、エルフ自体、ただ生まれ育っただけで強くなるほど、戦闘に秀でた種族ではない。


 むしろ、戦いに関しては人間が上回ることが多い。


 対人特化の魔法や剣技を極め抜き、悪意をもって、相手を殺すためだけに、謀略を巡らせる。たかが盗賊、されど盗賊。彼らが先んじて火を放ったエルフの村には逃げ場がなく、このエルフたちも虐殺される命運にあった。


 だが、ひとつ誤算があったとすれば、それは――。


『なあ、エルフの血肉って、長寿の効能があるらしいぜ!』

『マジ!? え、あの不老不死かよ!?』

『じゃあ、どうして捕獲じゃなくて、討伐なんだ?』


『んなこたあ、どうでもいい! 生きてるエルフは捕まえて、奴隷にしろ! その効能を謳って、闇市で出せば、金貨七〇枚はくだらねえ!』


『殺しちまったエルフは?』

『俺たちが、食っちまおうぜ!』

『なんだ、頭いいな、お前!』


 ベッドから起き上がってきたローズは、騒ぎに気付いて外に出た。

 彼女の父と母は、バラバラに解体されて、盗賊たちの食事にされていた。


『わあ……楽しそう!』


 その時、ローズの中にあった価値観は、致命的に歪んで、壊れてしまった。

〝暴食〟の魔法を覚醒させたのも、必然だったのだろう。

 力のまま暴れ狂い、世界に己が受けた不条理をやり返すこともできたはずだ。


 だが、ローズは壊れ切ってはいない・・・・・・・・・

 彼女の中にはまだ、一抹の〝自分〟が生きている。

 それは理性であり、知能であり、アイデンティティを保つ、自分自身だ。

 本当の意味で狂ってしまうには、まだ惜しいと思えるだけの自我がある。


「……いいよね、これで。暴れて、暴れて、暴れ回って、殺し尽くしても、最後には何も残らない。だったら、あんなことが起こらないように、強くならなきゃ」


 ローズは追憶から戻り、外壁の上から、王都の騒ぎを静観している。

 彼女には、自分が〝狂いつつある〟自覚があった。

 完全に狂っているのでも、マトモなエルフでもない。

〝狂っているフリ〟をして、たまには我に返るエルフだ。


 そんな自覚がある分、なおローズは痛々しかった。いわば、同情を向ける対象にもなるのだろう。だが、ローズは表では、決してマトモな自分を出さない。もう狂ってしまって、どうしようもない少女を演じている。


 だって、その方が、余計な同情ざつおんが入らないんだ。


「狂っていたら、誰も優しくしてこない。同情じゃなくて、恐怖を懐くもんね。だから、わたしはこれでいい。もしも、これ以上、仲良くしちゃったら……」


 無駄に仲間と絆を深め、けれど、裏切られてしまったら。

 助けてくれた主さまに心を許し、しかし、組織から追放されてしまったら。


 その他、悲愴な〝何か〟を受けてしまったら、今度こそローズは狂ってしまう。

 狂ったフリをして、周りとの絆を絶つのは、心の最後の防衛装置だった。


「さてと……楽しい、楽しい、〝暴食〟の時間かなって!」


 膝を抱えて座り込んでいたローズは、立ち上がって両の手の指を広げる。

 正面、背後、左右から迫る教会の手先たちは、異端の力によって殲滅されていく。


「ばくんっ、ばくんっ。ばっく、ばっく、ばくーんっ!」


 両手に〝暴食〟をエンチャントしているローズ。

 彼女が手を閉じるだけで、その先に存在する座標の物体が噛み千切られる。


「クソ……覚醒したエルフだ!」

「罪の力だ、魔法では太刀打ちできない!」

「この、忌々しい〝暴食〟のエルフめ!!」


 教会の刺客だけではとても敵わず、王都の暗殺部隊に暗剣部隊までもが、投入された。さらに、


「次期後継者の座は、俺が頂く!」

「馬鹿を言え! 国王となるのは、この俺だ!!」


 国王の長男と次男にあたる、ローベルトとハルステンまでもが参戦。

 本来、二人は彼女たちの頭首を討ち取る手筈であったが、ここに来て、条件が大幅に緩和された。


『ああ……ヴィルゴッドには、手を下さずともよい。巡礼者たちの幹部を、葬るのだ。その首を持ってくれば、次期後継者に任命しよう』


 国王カシミールは、二人にそう告げた。

 そしていま、外壁の上には異能を振り翳す少女がいる。

 どこからどう見ても、下っ端には見えない――幹部の一員だ。


「見よ、これが〝本家〟たる魔力の渦だ!!」


「格段の魔力によって強化された鎧を着用し、得物は、魔法使いによって生み出されし〝魔力剣〟だ! 魔力そのものが剣という、恐るべき凶器をもって、俺は玉座を勝ち取るのだ! ふっ……悪く思うなよ、弟。この俺が王位を継げるのなら、王都の動乱も、市民の悲鳴も、まったく知ったことではな――」


 ローベルトが隣を向くと、身体が怪獣にでも噛み千切られたような弟がいた。


「バカな……俺の鎧は、暗殺部隊の魔法使いたちに強化されッ」


 ぬるりと滑り込んできた、陰惨たる瘴気。それ・・がローベルトを掠った瞬間、長男は下半身しか残らない亡骸と化した。


暴食満ちる霧グルマンニア


 霧には、亡霊のような不明瞭な双眸が覗くだけで、実体はない。


 さながら亡者の恩讐にも似た瘴気たちが、教会の刺客も、暗剣部隊も、王家の者共も喰らい尽くす。されど広域無差別攻撃というわけではなく、仲間である礼拝者たちは勿論、市民や、無関係の守衛に被害はない。


 だって彼女は、〝狂っているフリ〟をしているだけなのだから。


「わあっ……それ、すっごく楽しそうだね!」


 そんな彼女の〝暴食〟を危惧して、教会の幹部も動き出した。


『月輪の正教会、月の欠片〝第三席〟、クレセント』


 アレは、何と形容するべきか。


 有り体に言えば、ゴーレム。だが、その巨躯はゴーレムとは規格外に過ぎて、王城どころか、王都の外壁すらも超えてなお余りある。


 比喩とするのなら、小山。

 決して誇張ではなく、ゴーレムは孤峰が如く、王都の外で聳え立っていた。


「あの人、ローズを見てるよね? もしかして、食べてほしいのかなぁ?」


 クレセントと名乗ったゴーレムは二足で、腕も二つ。


 しかし低級ゴーレムのような粘土作りではなく、機構じみた作りをしていて、総身は鋼よりも頑強な魔力装甲で出来ている。


 顔には、下に向けた三日月の一つ目があり、爛々と耀かがよっている。

 真白く発色する月のゴーレムの名は、月の使者、クレセント。

 その名前を自称するに相応しい威容を放っていた。


『さらばだ、エルフ――塵すら残さずに、死ね』


 クレセントの両肩から発射された魔力の誘導弾は、合計で八二。

〝敵〟と定めた魔力反応を自動で捕捉し、殲滅する。

 誘導弾が落下すれば、外壁どころか周囲ごと焼け野原と化す。

 そう分かっていたから、彼女は迎撃に出たのかもしれない。


『ほう……庇うのか? 虐げられてきたエルフが、無関係の人間を』


 ローズの〝暴食〟によって、誘導弾は空中で爆破された。

 極めて広域に掛けて、暴食満ちる霧グルマンニアを展開したのだ。

 魔力の消耗は激しく、周りの人間など見殺しにした方が、勝算はある。

 ――それでも、ローズは守ってしまった。


「ああ……冷めちゃった、ごめんね。だって、虐殺は嫌いなんだ」


 ローズは狂ったフリをやめて、彼方の下郎を睨み据えた。

 あの日、起きた父母の凄惨を彷彿とさせれば、正気でしかいられない。

 こいつは、狂わずに殺す〝敵〟なのだと。


「暗黒の巡礼者、〝暴食〟のエルフ、ローズウィスプ」


 短く名乗って、ローズは空を蹴り出した。


『汚らわしい力め!! 罪の血ごと、月の光に沈めてくれるわ!!』


 果たして食われるのは、暴食か月の機兵か。

 両者の死を賭した、戦いの鏑矢が放たれた。


      ♰


「世界に残されたエルフの文献は、極めて少ない。どこから来た種族なのか、何をルーツとした種族なのか。耳長で、美人が多いというくらいしか情報がない。いや、後者は俺の偏見だが、とにかく仔細は掴めないままだ」


 王城を我が物で練り歩いているシグは、ほぼ独り言を呟いている。

 なぜ〝ほぼ〟かというと、恐らく盗み聞きしている者がいるから。


 ある意味、語り聞かせているのだが、どちらせよ、差し出口を挟む愚か者がいないという状況はいい。ひとりで、好き勝手喋れるのだ。まさに独り言無双である。


「主な生息地は掴めた。かつて東のタオウルという森に、エルフは村を作っていたらしい。が、襲撃に遭うようになってからは、各地に分散するようになった。それも、随分と昔のことらしいがな」


 カツカツと、わざとらしく足音を鳴らすシグ。


 光に惹かれる虫のように、教会の戦闘員や、王家の暗剣部隊が忍び寄るも、自動感知システムの魔力剣と、暴食の球体に抹殺されてしまう。


 カツカツ、ゴトゴトッ、カツカツ、ゴトゴトッ。


 結果として、足音と死体が転がる音しか、鳴らなかったわけだ。


「不自然なことは、もう一つある。このカスケーロ大陸には、空白の期間が存在するのだ。王都の歴史は、千年らしいが、それ以前の記録が見つからない。千年前には、何があったのか。エルフたちはその頃、何をしていたのか。どれだけ調べ尽くしても、出てこない。記録が管理されているからだ」


 死体の数が三〇を超えたあたりで、むざむざ死ににくる雑魚はいなくなった。

 見るからに、異常だ。

 彼女ら〝覚醒したエルフ〟も異常だが、彼はなお際立つ強さを放っている。

 教会の幹部ですら、匙を投げて、誰も相手をしないレベルだ。

 いや、相手をしなくていいと言った方が正しい。

 彼は自らの足で、王城の、玉座の間に向かっているのだから。


「今の時代にない魔法、今の時代にない剣技、魔道具タリスマン、魔力暴走剤、機兵――その全てに、お前たち月輪の正教会が絡んでいる。さて、ここまで証拠を突き付けられて、言い逃れする道化はいるまい? あるいは、〝月〟がエルフに関係とあるのか」


 シグが荘厳な扉を蹴り上げて入った先には、ひとりの女と老体の姿が。

 老体は国王カシミールだろう。老いぼれていて、座るこそしかできないでいる。


「……誰だ?」


 白と紫が入り乱れた長髪の女は、怪訝に眉根を顰めた。

 さっきまでの独り言と姿が、合っていない。

 そう文句を言いたげだった。


「見て分かるだろう? 七歳の子供だ」


 ジョークではなく真実だからこそ、かえってカオスにユニークだった。


「変成魔法で、姿を変えているわけでもないな。……なんだ、お前は?」


 シグは腹の内で、思いっきり笑った。

 だって、そうだろう。

 これだけ大袈裟な語調で、知った風を装って、玉座の間に来たのが、七歳の子供なのだ。誰だって、いまの彼女のような顔をする。


「ふふっ……もう少し、この余興に耽ってもいいが」


「子供を殺すことは、趣味ではない。その子供を操っている者がいるのなら、早々に姿を見せろ」


「ほう、驚いた。盗賊たちは、俺を殺そうとしてきたぞ?」

「私は、盗賊ではない」

「だが、悪党には変わりない」

「善悪の軸は、その者の主観によって移り変わる」

「盗人は、自分のことを盗人とは言わない」

「……貴様、殺されたいのか?」

「おいおい、俺を誰だと思っている? 七歳児だぞ?」

「いいから、姿を見せろ。次はない」


 女の黄金の瞳に、嘘偽りない殺気が宿る。

 腰に佩いた三日月状の剣に手を添えているが、次の刹那には、斬りかかってきてもおかしくない。


 しかし、たかだか口論で、女の切れ間に踏み入ろうとしたシグは、依然として余裕の笑みを浮かべている。


「シーグフリード・エルランデル。他に、挨拶はいるまい」

「……っ!!!」


 女は、玉座の間が爆散したのではないかと錯覚した。

 目を凝らしてみると、この広間に迸る魔力は、全てシグによるものだった。


「エルランデル……まさか〝無能〟と噂の、オリヴィエの弟」

「いかにも」

「……魔力を、絞っていたのか」

「かくいうお前は、絞れないのか?」

「わざわざ、偽る理由がないだけだ」

「悪党で下手くそとは、贅沢なやつだな。せめて、どっちかにしておけ」

「口が回るな、シーグフリード。その小さな矮躯わいくを、大きく見せたいのか?」


 殺意だけはそのままに、女は剣柄から手を下げた。


「月輪の正教会、調停者代表、聖女ディアナ・イーゲルフェルト」


 どうやら、名乗る礼儀くらいは弁えているらしい。

 そう思い、シグが一歩踏み出した瞬間、彼の心臓は刺し貫かれた。


「獲ったぞ……巡礼者たちの、王よ!」


 玉座にいた老体、国王カシミールが、シグの背後を取っていた。

 会話の最中、ディアナがカシミールの前に立ち、老体の行動を隠す。

 彼女たちは、不意を突く瞬間を狙っていたのだ。


「さようなら、小さな影の王」


 ディアナの勝利宣言に呼応して、シグの身体がごとりと倒れた。

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