第14話 開戦。
「おい、嘘だろ!!?」
「どうして、納付金がこんなに上がっているの!?」
「通行税が高すぎるぞ!!」
「教会税なんて、一〇倍だ!!」
「市場税、間接税も……こんなんじゃ、暮らしていけねえよ!」
王都ニクラス、その下町に至っても、前代未聞の税率改定が為されていた。
庶民は不服を訴えるため、王城へと向かっている。その列には終わりが見えず、王都の空は、民草の怒りの声で満たされていた。彼らが暴徒と化すのも、時間の問題だろう。
「あなた、これは……」
「ルンダールの町税が、法外に跳ね上がっているね。王都への通行税や、城壁税もまた……町の治安を保つ守衛税は、年棒金貨五〇〇枚だ。いくら何でも、酷すぎる……」
ルンダールも混乱の中にあり、今朝の号外は、貴族・村人、身分に関わらず、皆が不満を漏らした。王都への上納金が高すぎて、田舎町も税率を上げる他ないのだ。一面には、ルンダール町長のお気持ち表明も載っているが、要約すると、国王カシミールさまの命令だから許してね、という内容だった。
「オリヴィエとシグは、屋敷で待っていてくれ。王都で何が起きているかを、確認してくる」
父と母は、朝早くに馬車で旅立っていった。
「お姉ちゃん、なにが起きているの?」
オリヴィエは、弟を怖がらせぬように抱擁した。
「大丈夫よ。お父さまと、お母さんが帰ってくるまで、待っていなさい」
王都だけに留まらず、ここまで各地を巻き込んだ税率改定となれば、横暴が起きて然るべきだ。王都の空は火に染まり、地面は暴徒と守衛たちの血で溢れ返るだろう。
(先日、エルガードたちは、自分たちの目的が世界平和であると敵に知らせた。そしてこのタイミングでの税率改定と、暴動……奴らの狙いは、俺たちか)
一部の王族と月輪の正教会は、手を組んでいると分かった。
王都には全ての敵勢が動員され、かつてない総力戦となるだろう。
罠であることは一目瞭然。むざむざ死地に足を運ぶなど愚者のすることでしかないが、その愚者がシグたちならば話は変わる。
罠とは、巧妙な手口によって、小物を狩り取ることを意味する言葉だ。
その謀略すら粉砕する大物にとっては、罠は遊戯に置き換わる。
(奴らの児戯に付き合ってやりたいところだが……しかし、これではな)
シグは姉の部屋へと連れられて、ぺたぺたと触診されている。
なんでも、〝お医者さんごっこ〟なる遊びらしい。
「シグ……じゃなかった。患者さん、悪い所はないかしら?」
「うん、お姉ちゃん……じゃなくて、お医者さま。特に、ないです」
「そ。だったら次は、シグがお医者さんになる番ね」
「……え?」
「ほら、この聴診器を使うのよ。やり方は、分かるわよね?」
姉は白のブラウスを脱ぎ捨てて、上半身は薄い布地一枚になった。
一〇歳とはいえ、そこそこに膨らみが発達している。
一千年と生きたダークファンタジーの覇王でも、童帝には過激する姿だ。
「シグ……その、あんまり、ジロジロと見られると……」
「いやっ、べつに、これは、そういうんじゃなくて!」
「分かってるわよ、お医者さんだものね。きちんと診察してもらうには、全部、脱いでおく必要があるもの」
姉が一糸纏わぬ姿になろうとしたところで、シグは立ち上がって剣を取った。
「そ、そうだ! 今日は、お父さんがいないから、お姉ちゃんに、剣を教えてもらいたいな!」
こと剣の話になると、オリヴィエの目は真剣そのものに変わった。
「そういえば、久しくシグに教えていないわ。ええ、今すぐに行きましょう」
何とか窮地から脱したシグは、庭で姉との特訓に取り組む。
「あなたは、何者なの。黒いローブに、その模様……まさか!!」
だが、早々に迎えの者が訪れ、シグの特訓もそこで終わった。
「暗黒の巡礼者――神の護り手、エルガード。我らの目的のために、この子供を誘拐します」
エルガードがシグの前に立ち、オリヴィエの剣先から殺気が溢れる。
「そんなこと、させると思う?」
「できますよ。先日、何も出来ずに攫われたように、あなたはまた、何も出来ない」
「どうして……そのことを、知って」
「あなたには、知る必要がないことです」
「舐められたものね。この命に代えても、シグは、誰にも渡さないわ!!」
幾度か剣で打ち合った姉は、彼女との、途方もない実力差を思い知らされる。
「待って……待ち、なさい。あなたは、いったい……」
速度でも、力でも及ばず、姉はエルガードに叩き伏せられた。
気を失っていても、その手はシグへと伸びており、彼女を裏切るように感じて、シグの胸は少し痛んだ。
「さて……王都は、どうなっている?」
自由を得たシグは、エルガードと併行して空を飛んでいる。
目的地は、王都ニクラスだ。
「現在、王都中が市民で溢れ返っています。皆が不満を口にして、王城へと進行中。守衛たちが彼らを押し留めていますが、王都の人口は、五〇万人にものぼります。防衛線が決壊するのも、時間の問題でしょう」
「一人も死者を出すな。奴らの目的は、俺たちをおびき出すことだ。その過程で、善良なる市民たちが巻き添えになってはたまらぬ」
「勿論、存じております。そして……」
エルガードは気恥ずかしそうに言い淀んで、流し目を向けた。
「先ほど、〝お医者さんごっこ〟なる遊びに、興じていたかと見受けられます」
「姉の一存でな。決して、俺の意思では」
「この戦いを終えた暁には、褒美として、わたしとも、どうかその児戯に耽っていただけませんか」
「……なんで?」
「何ででも、です」
「……どうして?」
「どうしても、です」
「……分かった。前向きに、検討しよう」
仮にやるとしたら、自分はお医者さんサイドなのか、患者さんサイドなのか。
服は脱がねばならんのか、脱がせねばならんのか。
そんな新たな悩みの種を抱えながら、シグは王都へと直行した。
「――流石は、我が主。想定していたよりも、遥かに早い」
王都を守る高壁の上で、シルバーレインたちは佇立していた。
巡礼者たる五名のエルフ、そして礼拝者たる配下のエルフたちが勢揃いしている。
「さあボス、やっちまおうぜ!」
「うううぅ……今日の王都は、とっても恐ろしいのです」
「シグさま! 敵は、全部、食べていい? 食べていい?」
ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプもやる気らしく、その満身には沸々と隠し切れない魔力の渦が迸っている。
「市民と、下っ端の守衛は絶対に死なせるな。彼らは、この一件に巻き込まれた被害者だ。王家も、いざこざがあると見える。王族だからといって、全てを切り伏せるような真似はするな」
エルガードは再確認のため、王家の名簿に目を通した。
ラッセたち参列者が取り纏めた、王都の容疑者リストだ。
名簿には、本名と精密な似顔絵が記されている。
「国王カシミール・ニクラスを筆頭に、本家であるニクラス家は、教会側についている可能性がほぼ確実。分家であるフォーリン家は、洗っても、何の関連性も出てきませんでした。王都の騎士団長、ルンディーン家も同様です」
「剣舞祭で、共闘した仲でもある。恐らく表の騎士団と裏の騎士団、本家と分家の間で、権力闘争でもしているのだろう」
「はい。暗剣部隊の師団長、スヴェン・グスタヴソンは、血が薄く、本来彼らは、影の軍団として生きるはずでした。しかし、オリヴィエさまを攫い、巡礼者たちを始末したのなら、ルンディーン家に代わって、表の騎士団となる。教会とニクラス家が関係をもった証拠は、書面で確認できました。グスタヴソン家のように、幾つかの分家も、奴らの傀儡と化したそうです」
「それらは抹殺しても構わない。他は殺すな」
『はっ、仰せのままに』
シグは荒れ果てた王都を一望しているが、教会の思惑、その全貌がまだ見えてこない。
教会は、自分たちを王都に誘うために、騒動を起こした。
だが、これだけの騒ぎは、そう易々と収まるものではない。仮に巡礼者たちを掃討したとして、その後はどうするつもりなのか。
破壊と再生――市民にエンチャントや、一部の魔法が知れ渡ったいま、完全に王都を作り替えるつもりか。
ゼロからのリスタートとした方が、統率者としては都合がいい。
「予定が変わった。礼拝者は、計画通り市民の安全を。エルガードは、至急、俺の故郷に向かってくれ」
「ルンダールに……ですか?」
「考える必要はない。その光景を目にした時、お前は全てを知るだろう」
「承知しました。神の、仰せの通りに」
「他の巡礼者は、予定通りに動いてくれ。奴らは、まず邪魔者を――」
高々と唸る金属同士の衝突音が、シグの言葉を遮った。
「来たか」
暗剣部隊の生き残り、そして教会の手先が襲い掛かり、彼らを迎え撃つ礼拝者たちが、ひとり、またひとりと戦禍に呑まれていった。
「さあ、散開しろ! 奴ら下郎に、俺たちの大義を見せつける時が来た!」
シグの号令に応じて、巡礼者と礼拝者は、王都の各地へと飛び立っていく。
「さて……俺は、マスターと呼ばれている女を探すか。正教会の頭である女が、どこかに潜んでいるはずだ」
シグはまた冴えない青年に姿を変えて、混沌の中を駆けていく。
「巡礼者たちを束ねる、白髪の男――ヴィルゴッド・フィルディーン。彼は、いったいどこに」
時を同じくして、王城の玉座の間では、エルフの女が王都を見下ろしていた。
月輪の正教会、聖女ディアナ・イーゲルフェルト。
異なる陣営の覇者が衝突するまで、もう間もない。
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