第13話 決戦前夜。


 姉のオリヴィエは、後日、王都の守衛たちによって届けられた。

 礼拝者たちが匿名でタレコミを入れ、行方不明となっていたオリヴィエを発見に至らせたのだ。

 父と母は安堵のあまり泣き崩れて、シグも弟らしく涙を流して再会を祝った。


魔道具タリスマンの詳細は、掴めたか?」


 ――深夜のエンチャント店。

 日付が変わってからの一〇分間は、幹部たちを集めて、会議を執り行うようになった。ここ最近、新たな情報が幾つも入ってきたことへの対策だ。


「結婚してください(申し訳ありません、依然として不明なままです)」

「……え?」

「……えっ?」


 疲れているのか、金髪のエルフさまは、心の声と、口にする声を、逆に出してしまった。シグはぽかんと口を開き、返す言葉も浮かばない。


「ほう、抜け駆けか? エルガード」


 殺気を迸らせるシルバーレインにも、金髪のエルフは憮然と済ませた。


「少々、口が滑っただけです」

「ならば私も、口が滑ったという体で求婚しよう」

「あなたはまだ子供でしょう、シルバーレイン。自重しなさい」

「たわけぇっ! お主も、子供ではないか!」

「わたしはこの中で、一番背が高く、発育も進んでいます。お子さまエルフは、おままごとで我慢しなさい」

「エルガードさま……いつもより、なんか辛辣なような……」

「ブルーウェイヴ、私語を慎みなさい」

「うううぅ……職権乱用です!」

「だったら、エルガードさまは求婚を慎むべきじゃないか!」

「ブレイズハート、時間が惜しいと言っています」

「主さま! ローズも、主さまの初めてを食べたいかなって!」

「ローズウィスプ……初めてを食べるとは、なんですか?」

「よせ、エルガード、詮索をするな。というかローズよ、どこで、そんな言葉を覚えた?」

「主さまのお母さまの、えーっと……なんか、そーさく日記? に、書いてあったの!」

「……記憶から消しておけ。いいな?」


 いつもこんな調子で、時間の半分が消えてしまうため、会議の時間を伸ばすべきかと、シグは本気で検討している。


「タリスマンの詳細は、不明です。恐らく、剣舞祭での結界も、タリスマンによる効力かと思われます」


「俺もそう判断している。後は、エルフ狩りの真相……。エルフには、罪の血が備わっている。教会は、この力を恐れているのではないか」


 シグが解析したところ、エルフの血肉には、長寿の効能などない。

 その嘘を流している出元は、十中八九、教会だろうし、彼らは覚醒したエルフがどれだけ強いかを、知っているのだろう。だから、王都や盗賊たちに、エルフを狩らせている。エルフを捕らえた数に応じて、報酬を受け取れるのだろう。


「長寿の効能はないが、しかし……」


 エルフには、人の身とは大きくかけ離れた〝法則〟が存在する。

 罪の法のみならず、エルフにはまだ何かが隠されていると、シグは彼女たちの血を研究して突き止めた。たった一滴の血同士が、共鳴している――。


 真相はまだ不明だが、それは〝エルフの起源〟にまつわる話になるのかもしれない。ここ数年、シグはエルフの歴史を読み漁っていたが、そもそもエルフに書かれた文献自体が少なすぎる。教会なら、何か知っているだろうが……。


「まあ、いまは分からない話か。分かっている話としては、魔法の価値。このカスケーロ大陸には、不自然に魔法が普及していない」


 暗剣部隊の師団長スヴェンも、月の刃たちも、一年前の猟犬たちも、武器にエンチャントを施していた。

 だが、エンチャントは未発見の魔法のはずだった。何故彼らは、既にエンチャントをものとしていたのか。


「教会は、大衆が強くなることを恐れている。統治するのなら、民は弱ければ、弱いほど都合がいい。エンチャントは自分たちだけで運用し、汎用性のある魔法ではなく、剣の文化を根付かせる。――全て、やつらの手のひらの上だった」


 エルガードが差し出した資料には、驚くべき内容が記されている。

 予想は出来ていたことだが、ここまでくると、外道極まれり、だ。


「王都専門の諜報部隊、〝参列者〟より、速報が入りました。この情報が正しければ、明日には……」


 シグは立ち上がり、月を見上げて手のひらを広げる。

 そして、奴らの理想を粉砕するかのように、五本の指を閉じる。


「頂上決戦が始まる。今度の戦いは、総力戦となるだろう。エルガード、シルバーレイン、ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプ。準備は、いいか」


 五人のエルフは主の元へと歩み寄り、片膝をついて忠誠を示した。


『イエス、マイロード』


 虐げられてきたエルフたちによる反撃の狼煙が、片田舎のエンチャント店で、静かに上がった。


      ♰


「依然として、〝月の刃〟の消息は掴めませんか」

「はっ……申し訳ございません、聖女ディアナ」

「問題ありません。そこまで、大きな痛手ではありませんから」


 遥か東の正教会では、ひとりの聖女が月を見上げていた。

 西の街サングインに派遣した〝月の刃〟は、一二。その全ての消息が掴めず、抹殺されたものだと考えられる。


 暗黒の巡礼者……月の刃すら敵わないとなると、いよいよ〝覚醒者〟の線が、濃くなった。エルフの血に潜む、罪の法だ。失われた奥義だが、何かしらの手で、開花させたのだろう。よほど魔法と魔力に精通していなければ、到底辿り着けぬ極地のはずだが……。


「目覚めてしまったものは、仕方ありません。それにこちらにはまだ、教会の切り札たちが、控えている。手持ちの魔道具タリスマンも、十二分に。どう見積もっても、負けるはずがありません」


 月輪の正教会、調停者代表、聖女ディアナ・イーゲルフェルト。


 聖なる祭壇の前に佇む彼女は、組織の真白いローブに包まれ、月明かりの下で光り輝いている。どこからともなく吹いた微風が、白と紫が入り混じった長髪をなびかせ、腰には三日月を思わせる曲剣を佩いている。


 その瞳も月に似た光を宿し、背丈は成人男性と同等もある。


『ディアナさま。本当に、明日でよろしいのですね』


 月の祭壇が輝き、国王カシミールが空一面に映し出される。

 教会とコンタクトを取る、月の呼び鈴を使ったらしい。


 国王は鬼気迫る面貌で、縋るような眼差しを向けている。死を恐れているのか、長寿にあやかる老いぼれの末路は、実に哀れなものだった。


「アレは、我らの脅威となり得る。早々に始末した方がいいと判断したまでだ」

『その……アレとは、いったい……』


「貴殿には知る必要のないことだ。とにかく、貴殿は貴殿の使命を果たせばいい。ピルグリムと、白髪の男を始末できた暁には、貴殿を月輪の正教会、第五席として迎え入れよう」


 カシミールは獣じみた吐息を漏らして、剥き出しになった歯茎には、浅ましい欲望が透けて見える。


『教会……長寿……不老不死! 教会の幹部に至った時には、あの力を!!』


「貴殿には報酬として、聖霊樹の魔道具タリスマンを授けよう。老いることがなければ、朽ちることもない。かつての瑞々しい力を、得ることができる」


『老いない身体……永遠の、命! 命、命、命、命、命、命、いのちっ! いのひ……ひっ、ひひひひひひひひぃーっ!』


 いかに一国を治める国王でさえ、寿命の恐怖には抗えなかったのか。

 彼の狂気的な笑い声は聞くに堪えず、ディアナは一方的に通信を切った。


「暗黒の巡礼者――世界平和を目指す組織、ですか。貴女たちには、貴女たちの正義がある。それは否定しません。しかし、我らにもまた正義がある。どれだけ、過酷なる道だったとしても……より多くを、守るためには」


 ディアナは教会の裏手に回り、一面に芝草が広がる丘陵を歩む。

 視界を覆い尽くすほどの墓標は、かつてカスケーロ大陸全土に渡って、死を賭して戦った者たちの墓標である。その中には、ディアナの父と母のものもある。


 丘陵のなかで聳え立つ黄金の大樹に、ディアナはそっと触れる。

 出会いと別れを惜しむかのように睫毛を伏せているが、そこに哀しみはない。

 ディアナの胸にあるのは、ひときわ強固な覚悟だけだった。


「強大なる敵に打ち勝つには、より強大なる力をもって、滅ぼすしかない。そのためには、如何なる手段も厭わないと、そう決めたのですから」


 一層と強い風が吹き抜けると、ディアナの長髪が舞い踊り、長く伸びた耳が月光の元にさらされる。


 エルフだ。人ではない、エルフの耳だった。


「マスター、つつがなく招集を終えました。各地に散開していた、教会の遣いを集結させた結果、我ら正教会の総員は二〇八。王都の兵は、数十万にも及びます。いかに巡礼者といえども、この戦力差は覆しようもないでしょう」


 ディアナは首肯して、王都の方角を見据えた。


「決戦は明日。遥かなる大義のために、我々は全てを狩り取りましょう。同胞の、エルフでさえも」

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