第12話 憤怒のブレイズハート。


「はっ……はあ??」


 マルクが地下三階に着いた時、既に部隊は壊滅していた。

 西の街サングインの噴水広場、その地下には、暗剣部隊が配置されている。

 暗剣部隊――それは暗殺部隊とは異なる、裏の騎士団。

 表の騎士団の筆頭、ルンディーン家に遜色ない実力を兼ね備えている。

 剣の腕前は、近衛騎士以上。

 そんな彼らの屍が、一五……大隊ごと、殲滅されている。


「なぜ? いったい、だれが……こんな、真似を」


 しかもこの大広間には、争い合った痕跡がない。

 つまり、超一方的な蹂躙――彼ら暗剣部隊ですら、手に余る敵勢だということ。


「死体が、そんなに珍しいのですか? どうぞ、お好きなものを持ち帰っていただいて結構ですよ」


 月の光のように、凛とした響きは、物陰から鳴り渡った。


「あなたたちが、噂の……」

「暗黒の巡礼者。病原菌を駆逐し、世界に安寧をもたらす者」


 翼の生えた天秤十字のシンボルが刻印された、漆黒のローブを纏うエルフたち。

 金髪、銀髪、赤髪、青髪、桃色髪……いずれも、年端もいかぬ少女たちだ。


 エルフは長寿で、見た目から年齢を割り出すのは至難を極める。だが、背丈と胸の膨らみからして、エルフの中でも幼い部類だと分かる。オリヴィエより少し年上か、その程度だろう。


 目を凝らせば、濃密な魔力が透けて見える。

 決して幼いと侮れない、実力者たちだ。


「ふふっ……やはり、オリヴィエ・エルランデルが目当てですかな? むざむざ、この地下に足を運んだというのが、その証拠。あなたたちは、エルランデル家を隠れ蓑にしていると」


 半分は不正解だが、エルランデル家と巡礼者が結びつけられるのはまずい。

 今後もエルランデル家を狙って、同様な被害が出る恐れがある。


「愚かですね。わたしたちが、エルランデル家に従う理由は?」

「……確かに。彼らの経歴を洗いましたが、ずっと田舎町の木っ端貴族でした。だからこそ、あなたたちとの関連性が見えません」


 エルガードは嘆息を漏らした。

 あたかも、出来の悪い生徒に間違いを正すように。


「オリヴィエ・エルランデルだから、助けに来たのではありません。人を攫い、監禁する行為は、罰せられて然るべきです。言ったでしょう? わたしたちは、世界の病原菌を駆逐すると。エルランデル家は、わたしたちと関係がありません」


 なるほど、筋が通った理論ではある。

 元より巡礼者たちは、騒ぎが起こると、必ず姿を見せると言われていた。

 剣舞祭の一件、奴隷目的で拉致していたエルフの解放、盗賊たちの殲滅。

 いずれも点でしかなく、線で結びつかなかったが、人助けという観点で見ると、それらの全てに共通する。


「ほほう……同族の解放、ですかな? やはり、エルフたちは徒党を組んで、王家に対抗しようと……」


「あり得るな。それなら、目的と手段が一貫している。この殴り込みも、王家の戦力を削ぐためだろう」


 厳かな声音が響いた直後、エルガードたちの首を刎ねる一閃が、暗闇を駆ける。


「ほう……防いだか」


 男は、笑っていた。

 一瞬にして五つの剣撃を見舞った男だが、その全てを少女たちに受け流されるとは思いもしない。暗剣部隊の統率者として、久方ぶりに興が乗った。


「暗剣部隊、一七代目師団長、スヴェン・グスタヴソン。影に生き、影を狩り取る、裏の番人だ」


 薄暗い地下の中でも、幽玄な輝きを放つ銀髪の剣士。

 手練れだ。

 これまでの暗殺部隊が粕同然に思えるほど、佇まいひとつにすら隙がない。


「マルクどの。どうか地上へと出て、この情報を持ち帰っていただきたい」

「勿論ですな! 奴らの情報を得ることで、私は王都の大貴族として返り咲く! 国王さま、直々の勅命ですな!」


 マルクはどたばたと、腕を振って走り出した。

 場に残されたのは、五人のエルフと師団長のみ。


「……確かに、あなたは強い。暗剣部隊に至っても、礼拝者では敵わなかったと理解できます。それでも、五対一は、侮っていませんか?」


 スヴェンは、そこでまた笑った。


「たった五人で、俺たちに勝てるとは、侮っていないか?」


 新たに現れた男は、二人。

 白と金のローブを纏い、渦巻く月の仮面を着用している。


「月輪の正教会所属、月の刃、イシェル」

「同じく月輪の正教会所属、月の刃、フィーベ」


 今度は下っ端ではなく、正教会直属の戦闘員だ。

 これにはエルガードの胸が高鳴り、けれど、今回は出番を譲ることとした。


「ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプ。行ってきなさい」


 スヴェンは彼女の言葉の意味が分からず、胡乱気に目を眇めた。


「戦闘において、数はアドバンテージだ。それを、みすみす捨てるつもりか?」

「だからこそ、捨てているのですが……三対三で、対等だと思っているのですか。不愉快を超えて、滑稽ですね」


 エルガードはマルクを追いかけもせず、シルバーレインと二人並んで、観戦に回る。この大広間の天井には、魔力作りの瞳が浮かんでいる。〝彼〟が、自分たちを見届けていると知っての配慮だ。

 

 圧勝で終わってしまっては、自分たちの成長が分からないだろうと。


      ♰


 童貞であることに続いて、彼には唯一の欠点があった。

 致命的な、方向音痴だった。


「うーん……まいったぞ、辿り着ける気がしない」


 シグは西の街、サングインを練り歩いていた。

 噴水広場に隠された地下迷宮に、単独潜入したはいいものの、道が入り組んでいて、気が付いたら、毎度、地上に出てきてしまうのだ。


 主さまとか、王とか、神とか言われている以上、「道どっちだっけ」なんて、小恥ずかしいことは聞けない。エルガードたちに追跡の瞳を付けておいたのだが、その記録を見て、同じように辿っても、迷ってしまう。


「ひとまず、盗賊でも狩るか」


 手ぶらでは何だかアレなため、シグは深夜の街の保守業務に移った。

 この西の街は、田舎町のルンダール以上に荒れ果てていて、暴漢もいれば、野盗もいる。単純に治安がよろしくなく、ひゃっはーなんて声も聞こえてくる。


「おいおい、兄ちゃん! こんな夜道に、ひとりで――」


「次は誰だ? 迷える子羊たちの懺悔を承る、無痛即死サービスは、大盛況だ。長蛇の列が、出来てしまっている」


 シグが大通りを歩いているだけで、カモだと勘違いした愚か者共の首が刎ねられていく。極悪人というろくでもない仲間を失った怒りで、また新たな悪人が、自決の特攻を仕掛けてくる。


 シグがサングインに出向く以上、姿は変えている。冴えない青年を装い、組織のローブを纏っている。見る者が見れば、巡礼者たちの一員だと分かるわけだ。


「月輪の正教会所属、月の刃、タラッサ――」


 ついでに正教会の戦闘員も参戦したわけだが、名乗る頃には死んでいた。

 シグの自動感知迎撃魔法、暴食の球体だ。


「たまには、いい身なりの住人もいるんだな」


 白いローブが奴らの衣装と気付かず、シグはそのまま素通りした。


「月輪の正教会所属、月の刃、ヘカテ――」

「同じく月輪の正教会所属、月の刃、ネオマ――」

「月輪の正――」


 それから何度か、やつら正教会の精鋭が襲い掛かってきた。

 数秒と持たずに即死し、死体は風景の一部となった。


「まったく、なぜ、子供やエルフを奴隷にするのだ。人を売ってはならぬと、義務教育に組み込むべきだな」


 それからサングインの闇市場に潜入し、シグは子供たちを解放した。


「なに? 金がない? ……ふむ、ルンダールに連れていくか」


 それから配下の礼拝者を呼んで、彼らを孤児院に送るよう指示した。

 シグが創設した、ルンダール孤児院だ。

 五食昼寝付き、組織の礼拝者が運営しており、剣と魔法の教育体制も整っている。

 組織に加入希望のないエルフや、身寄りのない子供は全員、孤児院にて温かい暮らしを送っている。


「月輪の――」


 途中から数えるのをやめたが、たぶん、月という言葉を一〇回は聞いた。


「あ、お姉ちゃんのこと、忘れてた」


 そこでシグは、姉が囚われの身であることを思い出し、噴水広場に舞い戻る。


「おほほっ! 私の時代ですな! 王からの勅命を果たし、無事、功績を上げた私は、王都の大貴族として返り咲く! 直ぐにでも、教会の遣いと連絡を取りたいところですが……」


 どんな運命のいたずらか、シグはばったりマルクと遭遇した。


「いや、殺すには惜しいな」


 シグは物陰に隠れて、しばらくマルクの成り行きを見守ることに。


「たしか、この鐘を鳴らせば……さあ、私の呼び出しに答えるのですぞ! 教会の者よ、私はしかと務めを果たしましたな!」


 マルクが月をモチーフとした鐘をちりりんと鳴らすと、何者かの気配が漂った。

 ひと月前、ラッセが爆散したように、教会の者を呼び出したようだ。


『マルクよ、真相は掴めたか?』


 教会の女だ。ラッセがマスターと言っていた時と、同じ声の女である。


「ですな! やつら、暗黒の巡礼者は、エルフたちの反抗勢力! ここしばらく続いたエルフ狩りを、終わらせようとしているのですな!」


『……エルランデル家との、繋がりは?』


「白ですな。そもそも彼女たちが、エルランデル家につく理由がございません。経歴を洗っても、エルランデル家は、しがない田舎貴族でした」


『それは……確かに、そうだが……』


 女はしばし迷ったように唸って、最終的には『分かった』と認めた。


『お前の言う通り、エルランデル家とエルフにはうまみがない。だが、剣舞祭での一件は、どうなる? 白髪の男が、オリヴィエ・エルランデルを守ったそうだが』


「エルフたちは、世界平和を目指していると、聞き出しましたな。村の襲撃や、奴隷の解放など、彼女たちは、各地で平和活動を行っていますな」


『……筋は通っているな。まあいい、後はこちらから、話を通しておく。近い内に、国王カシミールから連絡が来るだろう。貴様に預けたアレは、好きにしろ』


「あっ、ありがとうございますな!!」


 月の鐘は割れ砕け、女の気配が完全に消えた。

 とても有益な情報だ。いまの会話から、教会が国王を指示していることは明白。

 力関係は、教会が圧倒的に有利だと分かった。

 ならば、国王は教会に何を握られている?

 家族か、命か、地位か、それとも国そのものか、もしくは……。


「最近、俺はこう思うのだ。俺が強いのか、お前たちが弱すぎるのか。加減して戦うことも、重要なのではないか……と」


 陰から出でた白髪の男は、ヴィルゴッド・フィルディーン。

 深淵の一端ノクターンを口にすることで、シグは本当の自分を顕現する。


 わざわざ正体を出す必要はないのだが、〝王が素性を偽って対決する〟という状況は、彼の理念に反する。かいつまんでいうと、格好がつかない。ダサいのだ。


「き、きききききき、貴様は、まさかっ!!?」

「無知蒙昧ですら、この俺を知り得ているか。悪くはない。死にたくなければ、御託を並べずにかかってこい」


 シグが一歩踏み出しただけで、マルクは己の首が落ちる錯覚を受けた。

 彼がいま手に持っている、黄金の剣が、一瞬にして通り過ぎ、己の首を刎ねた。


 この錯覚がただの緊張からきたものなのか、それともシグの実力によるものなのかは不明だが、手を抜いて勝てる相手でないことだけは明らかだった。


「よろしい……なれば、全力をお見せしましょう! 私はこの魔道具タリスマンをもって、今度こそ、剣舞祭を制覇するのです!」


 マルクが懐から取り出したのは、紅蓮に輝くあしゆびだ。

 タリスマンからは、凶悪的な魔力が漂い、周囲の大気すら赤黒く染め上げていく。それをぶちぶちと噛み潰したマルクは、やおら魔力が増幅し、肉体もめきめきと膨張していく。先のハゲデブとは思えぬ大男と化し、瞳は殺意の深紅に塗り潰される。


「ほう……その魔力と、膂力、ブレイズハートにすら匹敵するか」


 見る価値もない三下から、超越者へと至ったマルク。

 柔らかに地を蹴り上げただけで、地面は罅割れ、疾風が渦巻く。

 たった一歩でシグの眼前まで到達した男は、抜刀し、彼の雁首へと振り払う。


「うむ。思いのほか、悪くない」

「何ィッ!!?」


 マルクの音すら凌ぐ渾身の一撃は、シグの人差し指と中指に挟まれて止まった。


「なれば、神髄を叩き込みます!! デブでハゲな中年は、ただ酒に溺れていたのではないのだと、その身をもって知るがいい!!」


 風が吹き荒れ、地面と建物が塵屑と化す。

 マルクの猛攻撃は熾烈を極め、一刹那の間にどれだけの斬撃が振るわれたのか、それは本人ですら知り得ぬ領域に達している。


 やがてマルクの直剣は、シグの黄金の剣を弾き、その無防備な懐に、鋭利な切っ先を突き付けた――。


「終わりですな……ヴィルゴッド殿!!」


 シグは、少しだけ大袈裟に、ごふっと血を吐いた。

 ただ、それだけだった。


「感謝するぞ。貴様のおかげで、強さの基準を測れそうだ」

「バッ――」


 心臓を貫かれてもなお平然としている男に、マルクの心胆が寒からしめられた。


「馬鹿な……なぜ、どうして、どうやって、どんな力で!!? あなたは……」


 マルクは後退して、まじまじと観察するも、やはり男は生きている。

 いや、なんなら心臓の傷が完治している――。


「俺のダークファンタジー世界では、生命力が、重複する。他者の命を狩り取ることで、自分の命を増やせるのだが、いかんな。俺は、どれだけの命を有していたのか。一万を超えた時点で、数えるのをやめてしまった」


 シグが生きている理由は、治ったわけでも、攻撃を無効にしたわけでもない。

 ただただ〝生命力〟が法外過ぎて、〝殺し尽くせない〟だけなのだが、そんな神話的存在は、マルクを一層の恐怖に陥れた。


「ぎ、欺瞞ですな!! そんな、こと……あり得ない、あり得ませんぞ!!」


 マルクは小瓶を取り出し、その中の液体を飲み干した。魔力暴走剤だ。

 なお爆増する魔力をもって、全ての魔力を纏い、会心の一撃を振るう。


 銀色の瞳の男は――よそ見をしている?

 いったい、なぜ? どうして? この局面で?

 分からない……だが、千載一遇の好機だ。

 この一撃でやつをも倒し、私は剣舞祭の覇者となるのだ――ッ!


「面倒だな……この世界にも、蚊がいるのか。これは、痒くて堪らん」

「は??」


 ぺちん。

 シグは両手で、蚊を潰した。

 ちょうどそこに突っ込んできたマルクは、シグの両手と衝突した。

 たまたま突きの形を成していたシグの手に吹き飛ばされ、マルクは絶命した。


「……おや? なぜ、息絶えている?」


 王の知らぬ間に、戦いは決着していた。


 姉の回収はまだだが、きっと、エルガードたちが首尾よくやってくれる。

 その期待を胸に、子供の姿に戻った王は、ルンダールへと帰還を始めた。


      ♰


「ハートちゃん、私にも、残しておいてください……っ!」

「独り占めはずるいんだって、ローズも思っちゃうのです!」


 暗剣部隊の師団長スヴェン。

 月輪の正教会、月の刃、イシェルとフィーベ。

 強敵三人との戦いに、ブレイズハートは単騎で応戦していた。


「な、なんだこいつはぁッ!!?」


 スヴェンは余裕の笑みも崩して、防戦一方だ。

 格段の魔力で強化した剣も、一撃で粉砕されてしまった。イシェルとフィーベも同じだ。ブレイズハートの素手には、どんな防御も意味を成さない。


「あははははっ!! そうだ、怒れ、叫べ!! 自分自身の弱さに、もっと打ち震えながら泣き喚け!! お前ら教会は、一匹たりとも逃がすもんか!!」


 ブレイズハートの両腕には、烈日よりもなお紅い、絶大な憤怒が灯っている。

 その怒りの拳の前では、如何なる魔法も通用しない――。


「強いな。アレが、ブレイズハートの罪……〝憤怒〟か」


 観戦しているシルバーレインも、彼女の力を認めていた。

 もしも肉弾戦のみに縛られるなら、ハートには到底及ばないと。


罪法ざいほうは、一部のエルフに宿る異能だと、神は仰っていました。我々、エルフの魔力配列は、人間の魔力配列と異なる。人間の魔力配列が、〇×△となっているのなら、エルフの魔力配列は、XYZ……その正規数の差、複雑性クラスを分離し、非特異な複素射影多様体等を解析した結果、〝罪〟なる法則が現れた」


 エルガードの言葉には、シルバーレインが顎を引いた。


「罪の力は、ひとりひとつ。その者の欲望に応じて、配列が異なるそうだ」

「魔の奥底に眠る、罪の法則です。権能とも言えるのかもしれません。そして〝憤怒〟が司る力は、廃滅。あの炎の前には、一切の防御が通じません」


「しかし、やけに〝憤怒〟しているな。ハートは、教会と関わりが?」

「恐らく……いえ、詮索するのはやめましょう。わたしたちエルフは、みな、凄惨な過去を負っているのですから」


 怒り狂うハートを、痛々しい目で見つめているブルーウェイヴ。


「ハートちゃん……」


 彼女は背中の特大曲剣に手を添えているが、まさか加勢するつもりだろうか。

 こんな怪物どもが相手では、いかに教会の精鋭でも手に余る。

 月の刃たる二人は、顔を合わせて頷いた。


「〝覚醒したエルフ〟だ。逃げるぞ、フィーベ」

「分かっている。これは我らでは、手に負えん」


 プライドよりも、戦場においては命が大事だ。

 むしろこの情報を持ち帰った暁には、主から褒美すら授かるだろう。

 暗黒の巡礼者たちの中には、覚醒者がいる。

 これはきっと、あのお方が喜ぶに違いない――。


「で? もう終わりか?」


 そんな空想を巡らせていた月の刃たちは、夢の世界のまま終わった。

 スヴェンの足元には、もぎ取られた二人の雁首が転がった。


「なっ――舐めるな、小娘エェッ!!!」


 いざ突き付けられた〝死〟を前に、スヴェンは恐怖を拭い去れた。

 やらねば、やられる。ここで打ち勝つしか、すべがないのだ!


 生存本能を奮い立たせた暗剣部隊の師団長は、影の長たる圧巻の速力をもって、ハートの周囲を駆け巡る。地を蹴る度に、旋風が巻き上がり、幾重もの残像すら発生させる。


 この憤怒のエルフは、破格に強い。だが、あくまで強いのは両腕だけだ。

 速度でまさっている俺なら、確実に先手を打って、首を刎ねられる!!

 スヴェンは現実的な勝算を立てて、ハートの隙を窺った。

 コンマ一秒。瞬きひとつよりもなお短い隙があれば、十分だ。

 その死角をついて、赤髪の少女を葬り去る。

 だから、早く、隙を――。


憤激の崩滅球アルター・エイゴー

「……あ?」


 赤き半球が、カッと煌めいた刹那、大広間は塵屑にすらならない粒子と化す。

 ことごとくを壊し尽くす怒りの一撃は、スヴェンの遺体すら残さなかった。


      ♰


「憤怒のエネルギーを体内に圧縮し、瞬間的に解き放つ技……ブレイズハート、あれは時と場所を選びなさい。万が一、オリヴィエさまに被害があったら」


「大丈夫だって! それくらい、あたしだって調整してる!」

「だといいのですが……」


 エルフたちは教会の塔から、サングインの街並みを見下ろしている。

 既にシグは、この街を去ったらしい。

 姉の救出も終えたのだろう、流石は神たる主さまだ。


「エルガードさま。私たちも、帰りませんか?」


 ふわっと、あくびを漏らすブルーウェイヴ。結局、敵はブレイズハートが全て倒してしまったため、彼女も出番がなかったのである。


「いえ、神は、委細を任せると仰っていました。この荒れ果てた街並みを、見てください。荒らしたのは奴らですが、戦いの影響は、善良なる市民にも及ぶでしょう」


「つまり……復興活動、ですか?」


 エルガードは首肯した。


「わたしたちの魔力で、元の形に戻しましょう。建物や地面に眠る、微細な魔力配列と同期させれば、欠けた分を埋め合わせ出来るはずです」


「まさに、神業ですね!」

「ええ、これも神から授かった、叡智の一端です。神の御業と言えるでしょう」

「だが、エルガードよ。復元したところで、この街の治安は」

「分かっていますよ、シルバーレイン。今後、西の街サングインには、五名ほど、礼拝者を配置します。以降は、犯罪のない街になるでしょうね」


 そうしてエルフたちによる復元作業も終わり、激動の一夜が終わった。


「……どこかしら、ここ」


 翌日の早朝、姉のオリヴィエは、警備の礼拝者たちによって、サングインの街から発見された。

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