第11話 姉の救出作戦(偶然にも上手く進んだ)


 シグが七歳になったことで、父による剣の指導は、なお拍車をかけていった。

 日々、剣の鍛錬が続くことで、シグの自由時間が減っていく。

 その埋め合わせをしようと、皆が寝静まる深夜の数時間、シグは魔法の研究や、エルフの起源の調査、遠くの地まで遥々足を運んで、ついでに悪党をしばいたり、奴隷を解放したり、村を救済していたりと、そこそこに多忙だった。


「……え? お姉ちゃん?」


 その多忙が、ひとつの不運を巻き起こしたのかもしれない。


「そんな、あなた……」

「バッ、馬鹿な!!? オリヴィエ……オリヴィエ!!」


 長女である、オリヴィエ・エルランデルが攫われた。

 屋敷は荒れ果て、戦いの痕跡も見られる。それはそうだ。シグが留守にしている間、礼拝者たちがエルランデル家の守護を仰せつかっている。


「エルガード」

「申し訳ございません、神。まさか、礼拝者たちを退ける者たちがいるとは」

「お前たちの責任ではない。俺も、敗れるとは思っていなかった」


 明け方に屋敷に戻ってきたシグは、三人のエルフたちを瀕死の状態で発見した。

 治癒魔法で一命をとりとめたわけだが、彼女たちの容態から、完敗であったことが見て取れる。


 シグたちはいま、ルンダールにあるエンチャント店の、王の間に集結している。

 売り上げが好調なこともあって、しがないエンチャント店は、五階まで拡張された豪邸となっていた。


 シグが玉座に着き、巡礼者と礼拝者は膝をついて敬礼している。

 シグの傍らでは、側近のエルガードが佇んでいる。


「礼拝者の実力は、王都の騎士団、その精鋭部隊に匹敵する。盗賊や、荒くれ者程度なら、単騎で蹂躙できるはずだ」


 正確な見立てを上げているのは、シルバーレイン。

 彼女も明け方に〝神速〟たる足で、ルンダール周辺地域を走破してみたものの、既に賊は去った後だった。


「父と母は殺害されていない。魔法によって、眠らされたまま放置された。姉もまた、殺害ではなく拉致。これほど分かりやすい、伝言はないな」

「主さま……いえ、私たちを含めた全てを、おびき出しているのですか」


 ブルーウェイヴの見解に、「おそらく」と答えるシグ。


「剣舞祭から、はや一か月。王都では、鶴髪の男と、エルフの軍団が指名手配された。こうも早く〝エルフ〟に目を付けられては、動きづらいな。元々、エルフの数は少ない。王都を練り歩くことはできなくなったか」


「だけど、変成魔法で、人間に化けることはできるぜ!」

「その通りだが、しかし、ブレイズハートよ。変成魔法で姿を変えている間、魔力に特定の揺らぎが出ることは、知っているか?」

「えっと、いや……それは……」


「完璧に変成できるのは、俺とエルガード、シルバーレイン、ブルーウェイヴの四人だけだ。王都に出向く時は、人員が極めて限られる」

「でも、どうするの? 一番怪しいのって、王都だよね?」


 ローズウィスプにしては、かなりまともな意見だ。

 無論、こうなる事態を見越して、シグは先手を打ってある。


「問題ない、王都には鼠を飼っていてな」

「ねずみ、ですか?」

「姉が王都に送られた場合、どこかで消息を掴める。昨晩から一向に連絡がないということは、王都ではないのだろう」


 影の参列者。

 第三部隊として新たに設立された、王都専門の諜報部隊は、元月輪の正教会、ラッセ・オールソンを筆頭に、幾人かの男たちで編成されている。


 巡礼者や礼拝者たちと違い、ただの人間に過ぎない彼らたちだが、凡夫どもであるが故に、逆に素性が暴かれにくい。今後も、諜報員として役立つだろう。


「しかし……だとしたら、オリヴィエさまは、どちらに……」


 怪訝な顔で、穴が開くほど周辺地図を睨んでいるエルガード。

 その真実は、シグさえも知り得なかったのだが、彼女は「まさか!」と、なにかに辿り着いていた。


「この時すらも、見越していたのですね! 流石は、我らが神……一年以上前に、既に先手を打っておられたとは!!」

「……は??」


 エルガードがそう言った途端に、仲間の巡礼者たちも「まさか」と口にした。


「一年前――我が主と、オリヴィエ殿は、〝おままごと〟なる儀式を執り行っていた。その際、フォークが、プレート皿を指していた」


「フォークは指令、プレート皿は地図に見立てられていた! あたしらは一年前に、その座標を調査しにいったんだ!」


「そ、そして、えっと、あの……私たちは、使用されていない牢獄を、発見しました。いったい、誰を閉じ込める地下牢なのかと思いましたが……」


「オリヴィエさまを、拉致・監禁する牢屋だったの! まさか、既にあの時から、気付いていたなんて……これには、ローズもびっくりなのかも!」


 なんだか、勝手に話が進んでいるようだが、シグは「ククク」と、いかにもそれっぽい顔で取り澄ました。


 シグは王として、それっぽさを重視する。

 たとえ自分の知らない方向に話が転がっていようが、王としての尊厳が保てるのならば、どうでもいい。むしろ、勝手に手柄になるのなら万々歳だ。まあ、頬に冷や汗は流れていたのだが。


「意味深な地下牢、そして此度の拉致は、偶然とは言えまい。さあ、居場所は分かったな、巡礼者たちよ。万全を期して、取り戻すぞ!」


 敵が礼拝者を打ち破った以上、今回、派遣されるのは巡礼者に限られる。

 予想外の強敵がいるのなら、シグが殴り込みにいく意義もあるだろう。

 待ち受けているのは、月輪の正教会か、その幹部か、或いは……。


「久しぶりに、本気を出すか」


 決行は今宵、月が上った時。

 それまでシグは、姉を失って泣き喚く七歳男児のフリをつとめた。


      ♰


 光も届かぬほど深い地下を、ある男が闊歩していた。

 中年らしく腹が出ていて、顎髭は整えられずに伸びきったまま、口からは酒気が漂い、視線は虚ろだ。不摂生極まりないが、服装だけは貴族らしさのあるドレスコードで、指にも豪奢な宝石をつけている。


「オリヴィエ・エルランデルは、こちらに?」


 鉄製の門前で、中年男は立ち止まった。

 門の前には、見張りの男たちが二人佇んでいる。


「この中です、マルクさま」


 見張りがカギを上げて、地下牢への道を開いた。


「ご注意ください。動けぬようにはしてありますが、非常に暴力的です」

「おほほっ、まるで狂犬ですな! 片田舎の長女らしい、無様さ。慰みものとして、酒を煽るもよしでしょう」


 マルクは地下を進み、左手に持つワイン瓶を口に運んだ。

 最奥には、少女を閉じ込めてある地下牢が。鉄格子の向こう側、少女は手足を鎖でつながれて、狗のように狂猛な吐息を漏らしている。


「オリヴィエ・エルランデルですな?」


 鍵を開けて、マルクが中に入ると、オリヴィエは視線を上げた。清澄に麗しい、青色の瞳だった。


 ネグリジェという薄手の寝間着を身に纏った少女は、一〇歳とは思えぬ美を醸し出している。金色の長髪は、一本一本が宝石の糸で、硝子めいた透明感ある肌は、陶芸品にすら匹敵する。発育はよく、胸元に膨らみが見られる。太腿も、艶冶にふっくらとしている。


 しかし彼女が向ける眼差しというのは、紛うことなき剣士のそれだった。


「エルランデル家の長女として、わたしは社交界に精通しているわ。けれど、あなたの顔は見たことがない。王都から厄介払いされた、没貴族といったところかしら?」


 小娘の戯れ言は、あいにくと的中していて、マルクの面貌には青筋が立った。


「生意気な……剣舞祭で勝ち上がったくらいで、有名人気取りですかな?」

「気取りじゃなくて、有名人よ。みんな、わたしを〝剣聖さま〟って崇めている。少なくとも、没落貴族よりかは、知名度はある」


 マルクは取り繕った笑みで、「おほほっ」と饒舌に振る舞う。


「剣舞祭なら、このマルクめも出場した経験がございますな」

「で? 一回戦負けかしら(笑)」


「ほざけ。この私が出場した部門は、年齢制限なしの、第一部。お子さま専用の第三部など、お遊戯も同然! 児戯で優越感に浸っている程度では、剣聖さまも、たかが知れますな!」


「じゃあ、この枷を解いてくれないかしら。第一部、一回戦負けのあなたと、第三部、準々決勝進出のわたし。ここで打ち合えば、明暗を分けるでしょう」


 マルクは呆れ返ったように、酒臭い息を吐いた。


「まったくもって、舐められていますな。私も子供の頃は、剣豪だの、剣聖だのと、もてはやされてきました。しかし……剣舞祭の初戦。代々として、王国の騎士団長をつとめる、ルンディーン家と当たってしまい、なすすべなく……」


「わたしも、ルンディーン家と当たったわ。対戦は、見送りにされてしまったのだけれど」


「醜態を晒さなくて、助かりましたな」

だから・・・、横やりが入ったのでしょう? 大貴族が、片田舎の木っ端貴族に負けるなんて、受け入れられないもの」


 小癪にも、このオリヴィエという少女は剣筋も切れれば頭も切れる。

 何よりマルクには、この傲岸不遜な少女は、つくづくいけ好かない。


「言っておきますが、お子さま専用の第三部と違い、第一部には、制限がありません。カスケーロ大陸、全ての年齢から選抜された剣豪のみが出場できるのですな。つまり、その舞台に立っただけで、名だたる剣士ということに――」


「面白そうね。あと三年もすれば、わたしは第一部に立っているわ」


 意味深な微笑を湛えたのは、オリヴィエだけではなかった。


「おやおや……ご自身に、三年後があるとお思いで?」


 さながら脅迫というより、殺害予告だった。

 マルクはそっと腕を差し伸ばし、オリヴィエの頬を撫でようとする。

 しかしその瞬間、ガチンッ! と歯と歯の打つ音が鳴った。

 あと少し、手を引くのが遅ければ、マルクの指は噛み千切られていただろう。


「確かに、あなたに三年後はなさそうね。たったいま、女の子に後れを取ろうとした、あなたには」


「ほざけ、小娘!!」


 建前もへったくれもなくなったマルクは、苛立ちのまま拳を振るった。

 拳はオリヴィエの眉間を捉え、一直線に撃ち抜いた。

 だが、オリヴィエはほんの少し、鼻血を垂らすだけだった。


「あら? 蠅でも、止まったかしら?」


 マルクの怒りは輪に掛けて、頭は沸騰しそうなほど赤くなっていた。


「この……小娘風情が!! お前たちのような、生意気な貴族のせいだ!! 田舎で、大人しくしていればいいものを!! 剣舞祭で敗退してから、私は、何もかもを、奪われたのだ!! 王城に呼ばれることも、舞踏会に呼ばれることもなく、ただ酒を煽る毎日だった!! ただ独身貴族であるという理由だけで、こんな僻地に追い遣られて――」


「違うでしょ。単に、怠けていただけじゃないの?」

「っ!!!」


 マルクは、我を忘れるほど暴力を振るった。

 何度、少女の顔を殴りつけたか分からない。

 が、青痣を付ける程度のオリヴィエを見て、マルクは平静を取り戻す。

 魔力操作だ。魔力を顔面に集中させて、ダメージを軽減している。

 いや、その理屈は分かる。だけど彼女は、この年にしてあまりにも魔力操作に長けている。自分が同じことをしても、ここまで完璧には……。


「エルランデル家、でしたか。どうも、いい指導者がいるようですな」

「ええ、わたしの弟は、世界で一番よ」

「弟?? 指南役は、父か母に当たるはずでは?」


「ろくに剣も振れない弟なのだけれど、弟から学ぶことがあるの。魔力の使い方……不思議なのだけれど、あの子が時折見せる魔力操作は、完璧よ。たまたまか、実力か……ううん、偶発的にやってのけているんでしょうね。それでも、弟の魔力操作を真似れば、わたしは更なる高みに行ける」


 たしか弟は、〝無能〟と悪評が広まっている、シーグフリード。

 剣聖の姉と比較すると、可哀そうなくらい才能がないと、マルクですら知っているくらいだ。


「そんな無能から、学ぶことなんてないでしょうが……まあ、いいでしょう。貴女の身体を、調査させて・・・・・いただきましょう」


 ピリッと、オリヴィエの満身から、焼けるような殺気が溢れ出した。


「わたしの身体を、弄ぶつもり? 冗談は、その薄い頭だけにするのね」

「誤解ですな。ペドフェリアに、なり下がったつもりはございません」

「と、いうと?」

「何かしらの連絡手段が、あるかもしれませんゆえ。エルフの軍勢――暗黒の巡礼者。どうも貴女の背後には、やつらが潜んでいるようですな」


 暗黒の巡礼者――王都を混乱に陥れようと、暗躍する組織の名は、オリヴィエの耳にも入っている。父が言うには、王都で指名手配中らしく、リーダーは謎の白髪の男。


 あの日、自分を助けてくれた長身の彼は、いまどこで、何をしているのか。


「さて、身ぐるみを剥がせていただきますぞ。なに、手荒な真似はしません」


 マルクが手を伸ばすほどに、オリヴィエから溢れる殺気は増大していく。

 この身体は、弟にしか見せたことがないというのに、汚らわしい禿げになんぞ、見せてたまるか。


 しかし、膨大な魔力で強化を施された枷を外すことは適わず、マルクの手が、オリヴィエの柔肌に掛かった、その時のことだった。


「マルクさま!! 何者かが、こちらに向かってきております!!」


 見張りが血相を変えて、ぜえはあと息を上げている。


「何者かが? ……ふふっ、やはり巡礼者たちは、エルランデル家についていると。さて、敵勢の詳細は?」


「不明です!! 調査に出向いた仲間たちが、帰ってこないまま……」


「ならば、私も出向きましょうかな。場合によっては、あなたたち・・・・・にも戦ってもらいます。よろしいですね?」


 影に潜む者たちは、言葉もなく姿を消していった。


「どういうことなの? 彼らが……エルランデル家に?」


 ひとり残されたオリヴィエは、緊張を解いて床に突っ伏した。


 木っ端貴族のエルランデル家が、大層な組織と手を組んでいるなんて、聞いたことがないし、ただの偶然か、連中の勘違いだろう。


 オリヴィエはそう片付けて、眠りについた。

 次に目を覚ました時、愛する弟が目の前にいることを願って。

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