第8話 覇者の再誕。


 エルガードたちが隠れ蓑としているエンチャント店は、順調にスタートを切って、初月の売り上げは、金貨30枚、銀貨250枚にも上った。


「ちょろいな」

「流石は、我らが神。目論見通り、このサービスは剣士たちのニーズに応えていると窺えます」


 炎に氷、風、雷、岩など、剣に特定の属性を付与するエンチャント店は、彼ら剣士にもってこいの新規事業だ。剣に炎を纏って、いったいどう利用するのかは知る由もないが、剣士たちはこぞってエンチャント店に訪れた。王都からも多くの剣士たちが押し寄せ、口コミは瞬く間に広がり、二か月目の売り上げは、金貨300枚。初月の10倍という、圧巻の売り上げを叩き出した。


「ふふっ、ニマイジタ伯爵。貴殿の剣は、ただの鉄の塊のように見えますが?」

「おやおや、カクシタ男爵。いまから私の剣には、烈日の如き炎が宿るのですぞ! 貴殿のように、一時付与などという、使い捨ての女みたいな安っぽい真似は」

「なんだと!? ぐぬぬぬ……エンチャント屋! 私の剣も、永続付与に変更だ! 氷属性の剣に仕立て上げてくれ!」


 貴族というのはしょうもない生き物で、エンチャントされていない剣は、時代遅れだという認識が広がっていた。

 親同士のマウントバトルが始まると、当然、子供にも矛先は向く。

 子供たちの剣も身なりの一部とされ、属性はついて当たり前になった。そうすると、家族の数だけ売り上げに繋がるわけで、倍々と売り上げが増えていった。


「ハートとウェイブ、そしてローズもエンチャントは出来るようになったと」

「順調に、魔力操作の技術が上達しています。わたしとシルバーレインは、七属性の永続付与が可能。ハートは炎属性を、ウェイブは水属性を、ローズは暴食の属性を永続付与できます」

「最後は、売り物にはできないな。もっぱら、殺人向きだ」

「はい。これまで通り、商品は七属性のみで運用していきます」


 シグは彼女たちがつつがなくエンチャントできる様子を見て、安心して任せられるようになった。

 剣に永続的に属性を付与する技術、エンチャントは、それなりに難易度が高い。

 一時的なら、魔法陣に潜らせるだけで済むのだが、永続性を持たせるには、剣との調和が求められる。剣に眠る微細な魔力の配列を解析し、まったく同じ配列の魔力で、属性魔法を掛け合わせる。すると属性と剣は一体となり、炎の剣やら、氷の剣やら、いわゆる〝魔剣〟と呼ばれる完成品が出来上がる。


 勿論、客の前でエンチャントを見せるヘマはしない。必ず作業は、工房で行う手筈となっている。技術を秘匿することで、エンチャントはこのグランフェルト店が独占できる。一時付与は真似できても、永続付与という唯一無二は、世界中でもグランフェルトだけだ。


 そうして、一年が経った。


「オリヴィエ、緊張しているかい?」

「問題ありません。お父さま、お母さま、そしてシグのためにも、必ずや栄光を持ち帰ります」


 オリヴィエは一〇歳、シグは七歳を迎えた。


 五年に一度の剣舞祭けんぶさいが、王都ニクラスにて開催される。

 部門は幾つかに分かれており、青年以上のトーナメントは第一部、学園所属の生徒たちで開かれる部門は第二部、一二歳以下の部門は第三部となっている。


 オリヴィエが出場するのは、第三部だ。シグは、ひとつの剣技も習得していない無能な弟と思われているため、出場許可が与えられていない。剣舞祭けんぶさいの招待状も、オリヴィエ宛だった。


「すごい人だかり……シグ、お姉ちゃんの手を離さないでね」


 剣舞祭は、王都の東にある闘技場で執り行われる。辺りは貴族たちばかりで、国内外から名だたる剣豪たちが集まってきている。


 国王の懐刀、フォーリン家の長女、アイノ。

 王都を守る騎士たち、その団長をつとめる長女のルンディーン家の長女、クラース、次女のトゥーラ。

 国外からも名家の剣士たちが勢揃いだ。人間とは異なる種族の剣士たちも、数多い。トーナメントで勝ち上がった者は、彼らを下した強者として、世界に名を馳せることになるだろう。


「お姉ちゃん! ちょっと、トイレ!」

「大丈夫? ひとりで、行ける?」

「心配しないで、すぐに戻ってくるから!」


 ブラコンの姉を振り切ったシグは、観客席を後にして王都の街並みに出る。


「主さま、こちらに」


 見覚えのないエルフに声を掛けられたシグ。彼女が組織のローブを被っていて、エルフという特徴から、誰の差し金かは直ぐに分かった。


「見事なものだな」


 王都の一等地に構えられた邸宅は、首をもたげねばならぬほど大きく豪壮だ。

 コツコツと優雅に靴音を鳴らしながら、赤絨毯の敷かれた階段を降りてきているのは、巡礼者たちのリーダーであるエルガード。周囲には、組織の一員である同胞たちが膝を着いて、シグに敬意を示している。


「お久しぶりです、神。彼女たちは、礼拝者――わたしたち巡礼者の部下です。各地で虐げられていたエルフや奴隷を解放して、彼女たちの意思を問い、我らと共に歩む者であると判断しました」


 見たところ、礼拝者たちの数は二一。

 まだまだ多いとは言えないが、世界平和を目指す秘密結社としては、ようやく動き出したと言える。


「この土地は、ルンダールで貯めた資金で購入しました。ニクラスの拠点は、古びた民家しかありませんでしたから。我らが神に、相応しい拠点となるかと」

「よい、仔細しさいはお前たちに任せてある。好きにしろ」


 シグは屋敷の最上階にて、王都の景色を一望する。

 大衆は無垢なる笑みを浮かべ、剣舞祭を心待ちにしている。

 だが、この平穏は、そう長く続かないだろう。

 五年に一度の式典は、この後に混沌へと陥るのだ。


「準備は、出来ているな」

「抜かりありません。そのために、一年も待ったのですから」

「俺も、そろそろ完成する・・・・・・・・。お前たちも、直に全てを知るだろう。邂逅の時は近いぞ、エルガード」


 シグは懐から、幾つかの錠剤が入った小瓶を取り出した。

 この一年間、彼が心血を注いだ研究結果だ。


「はっ! いかなる試練に直面しようと、我らの剣は、主さまのためだけに」


 シグはその回答に満足して、屋敷を後にする。そろそろ姉が心配して、弟を探しにいく頃合いだ。現に耳をすませば、「シグ、遅いわね……」なんてブラコンな呟きが聞こえてくる。


「さて……鬼が出るか、蛇が出るか」


 シグは噴水広場で、手を濡らした。ぴぴっとパンツに水をひっかけると、いかにも急いで用を済ませた七歳男児に見える。


「やっぱり、お姉ちゃんが同伴しないとダメかしら……」

 観客席に戻ると、予想通りに姉は心配していた。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。トイレくらい、ぼくはひとりで」

「ちゃんと言うのよ、シグ。お姉ちゃんなら、トイレでもお風呂でも、ついていってあげるからね」

「……」

 姉は、シグの濡れたパンツを見て、真顔でそんなことを言った。

 シグは顔を引き攣らせたまま、もうちょっと大人ぶった方がいいかと自戒した。

「――オリヴィエ・エルランデル」

 闘技場を一望するVIP席では、平穏とは異なる憎しみの呟きが漏れていた。


      ♰


「見てください、あなた。私たちのオリヴィエが……」

「三回戦も突破だ! すごい……すごいぞ、オリヴィエ!」


 姉が強いことは知っていたが、それにしても姉は、シグの想像以上の活躍を見せていた。決して相手が弱いということではなく、むしろ剣舞祭の招待状を貰い受けた時点で、それなりの手練れだ。なのに姉は、名家の長男たちを次々と叩き伏せていく。


 しかも、姉は剣をエンチャントしていない。大概の出場選手は、炎や氷を剣に纏わせているのに、姉は純粋な魔力強化と剣筋のみで圧倒している。まさしく、王道の剣士だ。観客たちから〝剣聖さま〟と、一層の賞賛を受けるのも必然である。


「ほう……強いな」


 姉に眠る魔力量は、とりわけ突出しているわけではない。仮に魔法での戦闘になれば、エルガードたち巡礼者が圧勝するだろう。

 だが、姉の剣筋は、王国の騎士たち以上に冴え渡っている。

 単に無駄がないという領域には収まらず、相手の呼吸ひとつで次に何が来るのかを看破する、異次元の洞察力を持っている。

 彼女がこれまでに、どれだけ剣に打ち込んできたのかは知っている。

 だからシグからすると、それほど驚くべきことでもなかったのだが、王都の貴族たちは苦い顔をしている。大都会の貴族さまが、片田舎の少女にやられては、大恥もいいところだ。


 次は準々決勝、王国の騎士団長をつとめる長女、クラース・ルンディーンとの戦いになる。彼女を打ち倒した場合、オリヴィエは間違いなく騎士団への推薦を受ける。将来は、ルンディーン家に変わる、新たな騎士団長となるだろう。


『それでは、第三部の準々決勝、クラース・ルンディーンさま対、オリヴィエ・エルランデルさまの試合を始めます!』


 審判が、そう高らかに謳い上げた瞬間、シグの父を含め、皆が頭上を見上げた。


「あ、あなた、空が!!」

「なんだ……何が、起きている!?」


 円形に吹き抜けた闘技場の空は、紅に染まっている。


「始まったな」


 場内には濛々と濃霧が立ち込めて、観客たちの悲鳴が轟き渡る。

 何者かが濃霧の中を駆け、鞘から得物を引き抜き、金髪の少女の雁首目掛けて白刃を振るう。

 狙いは、オリヴィエ・エルランデル。貴族たちに恥をかかせた、痴れ者の少女を抹殺せんと、裏の者たちが襲い掛かり――。


「っ!!? ……何者だ、貴様!!?」


 その瞬間、暗殺部隊の男による一撃は、音もなく止められた。

 人差し指と中指。

 鶴髪かくはつの男は、剣も魔力も使わずに、さらりと受け止めている。


「ばかな……どうやって、そんな芸当を――」


 盛大な血飛沫を上げて、男の首は宙を舞った。


「……あなた、は」


 尻餅をついているオリヴィエは、その男の風貌に注視した。

 月光の如く白い長髪と、銀色の瞳、雲を突くような長身……翼の生えた天秤十字の模様が描かれた黒ローブを身に纏い、男は不敵に笑んでいた。


「ヴィルゴッド・フィルディーン。ダークファンタジー世界の、覇者だ」


 まさか姉も、目の前の男があのシグであるとは見抜けもしない。

 元のダークファンタジー世界と、この世界の法則の融合。

 一時的にではあるが、元の肉体を取り戻したシグは、内心の昂揚を抑え切れなかった。

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