第7話 勘違いから始まる恋やら嫁やら任務やら。


 王都が擁する暗殺部隊が、大打撃を受けた翌日。

 結局のところ、エルランデル家は送迎用の馬車で、また片田舎のルンダールに送られた。

 シグは、王都が意固地になって新たな部隊を派遣してくるかと思ったものの、見立てが外れた。結局、彼らの黒幕が誰なのかの確証が掴めず、しばらく泳がせておくことになる。


「すみません、神。何人か生け捕りにして、拷問するべきでした」

「構わん、どうせ下っ端からでは、何も得られまい」


 エルガードたち巡礼者は、続けて王都を監視することに。

 誰が、何のためにエルフを攫っているのか。暗殺部隊の主は、誰なのか。

 答えはほぼ王族――もっと言えば、国王カシミール・ニクラスなのだろうが、証拠がないまま抹殺しては〝平和主義者〟の名折れだ。

 まあいい。どうせ、そのうちボロを出すだろう。

 シグの予想はまた裏切られ、一か月経っても、何の情報も掴めなかった。

 あの事件以降、黒幕は相当怯えているらしく、田舎町ルンダールへの襲撃も、目に見えて減った。


「行動範囲を拡張する。当面は王都ニクラスを、余裕がある時は周辺地域を調査せよ。救い難き悪は、見つけ次第、断罪して構わない」


 シグは週に一度、父と母、姉の目を盗んで、飛行魔法で王都へと出向いた。

 組織の基地は、例のボロ民家だ。世界を正す秘密結社が、ボロい民家を拠点とするなど決まりが悪いが、シグは財政の問題を抱えている。

 まだ六歳のシグでは、商売をすることもできず、エルガードたちもコネはない。貯蓄はあるものの、ここで使い切ってしまうと言うのも……。


「アルバイトでもしましょうか? 日当で、銅貨二〇枚だそうです」

 目を輝かせて、パート募集のチラシに見入るエルガード。

 秘密組織の幹部がこれでは、やや心苦しいものがある。

「よせ、それは俺の流儀に反する」

 悲しいかな、どれだけの強者であっても、無限の富を築くことはできない。

 真っ当に軍資金を稼ごうとすると、やはり何かしらの商いをする必要がある。

「王都を含め、この周辺地域において、最も需要が高い物はなんだ?」

「需要、でしょうか」

「効率も重要だ。数が売れても、単価が低ければ効率が悪い。手早く稼げる商品を、リサーチしろ」


 銀髪のエルフ、シルバーレインによって調査結果は、僅か半日で出た。足が早い女は、仕事も早いということだ。


「剣だ。この地域は、剣が文化として根付いている。良質な直剣なら、一本につき金貨三枚。粗製乱造の剣でも、銀貨五枚は下らない」


 シルバーレインが、調査報告書を縷々として読み上げている。

 ちなみに王都での金銭レートは、金貨1=銀貨20=銅貨30。

 剣一本で金貨3なら、銅貨1800枚にも及ぶ。一日銅貨5枚あれば、最低限(ゲロマズ)の食事は出来る物価のため、安定して剣を作れれば、かなりの稼ぎになる。


「美味い話には、必ずどこか穴がある。なぜ、武器屋がこうも少ない?」

 資源調査を任されていたブルーウェイヴは、あたふたと慌てながら。

「え、えと、そのっ……鉄や鋼が、取れないそうです。剣を作るためには、鉄が必要で、でも、採石場の採掘権は、王家が握っていて……」

「儲けを独占しているわけか。剣を売ろうにも、俺たちにはその権利もない。王家以外に、甘い汁を吸わせるはずもないだろう」


 剣は売ることができない上に、採掘権も持っていない。

 だが〝剣に関する商売〟は、狙い目なわけだ。


「俺に、いい案がある」


 三日後、田舎町ルンダールには、新たなニーズに応える店舗がオープンした。

 属性付与エンチャント店、グランフェルト。

 姉のオリヴィエが、(表向きでは)世界で初めて見出した技術を商品にしている。

 武器に属性を一時付与するだけで、銀貨一〇枚。永続付与なら、金貨三枚だ。

 勿論、この技術を商品にする前に、エルランデル家には確認を取ってある。

 エルガードが変成魔法で姿を変え、冴えない没貴族のおっさん姿で交渉した。

 父レイフとの交渉は上手く進み、売り上げの一割を、毎月支払うことで契約。

 もっと取ってもらっても良かったのだが、それでは貴殿らの取り分が減り、値上げに繋がるとの懸念があり、父は一割で折り合いをつけた。父は、ルンダール全体の経済が活性化することを望んでいた。シグが、わざわざルンダールに店を構えた目的と合致している。


 世界でひとつしかないエンチャント店だ。周辺地域のみならず、口コミが広がれば、遠くの国からも、遥々エンチャントする者たちがやってくる。ルンダールは有名な観光地となり、経済も回る。経済が回れば、王都への上納金もまた復活する。巡り巡って、王家にもルンダールにも利益が出るのだ。


 流石にこれで、王家の機嫌を損ねるとは考えづらい。シグが考え出した一手は、効率的かつ合理的に、軍資金を貯めることが出来るだろう。

 しかし、盗賊たちから押収した金銭や宝飾品は、土地の買収と開業資金に充てたため、底をついた。暫くは、無害な六歳児を演じ切る他ない。

 あと、問題と言えば……。


「シグ、あーん」

「あーん!」

「どう、おいしい?」

「うん! とってもおいしいよ、お姉ちゃん!」

「そう。ならよかった」


 姉のブラコンっぷりが、一層と拍車をかけてきたこと。今は月に一度の〝おままごと〟に興じているのだが、シグは姉にされるがままだ。


「こちらエルガード。現在の状況は?」

 エンチャント店の昼休み、抜け出してきた五人のエルフたちは、木の上から、シグとオリヴィエの遊戯を観察している。

「主の口へと、オリヴィエさまが玩具を運んでおられる。何かの暗号……いや、儀式かもしれぬ」

 厳かな語調で答えているのは、銀髪のエルフであるシルバーレイン。

「食べ物に見立てた玩具を、調理するフリのオリヴィエさま。そして、シグさまはそれを食べるフリをしています」

 ブルーウェイヴに続いて、ブレイズハートも口を開く。

「なあ、あれって暗号なんだろ? だとしたら、あたしたちへの任務じゃないのか?」

「うぇへへっ……食べ物は、盗賊。それを口に運ぶ主さまは、彼らの虐殺を意味しているのかも♪」

 ローズウィスプがじゅるりと涎を拭くと、エルガードが首肯した。

「見なさい。オリヴィエさまが、フォークでプレート皿を指しました。プレート皿は地図、フォークは座標に見立てています」

「ということは、ここより西に五〇キロ渡った地で、何かが眠っていると?」

「おそらく。神は、わたしたちを試しているのよ。でなければ、こんな意味のない遊戯に興じるわけがありません」


 とんでもない誤解が繰り広げられ、シグは冷や汗を流しながら、おままごとを続行している。

 というか、そろそろ〝神〟とか〝主〟という荘厳過ぎる呼び方をするのも、ご遠慮して頂きたいものだ。尊敬のスケールが大きすぎて、時折シグは、背中が痒くなってくるのだ。


「まあ、いまはこの状況に甘んじるしかないか……」


 姉がどこかに行ったのを見て、ようやくのひと息をつくシグ。

 ピルグリムたちは……時すでに遅く、ハートとローズが、任務のためにと駆け出して行ってしまった。五〇キロも西に行ったところで、何があるのかも分からないが、致し方あるまい。ただの勘違いだったと、直ぐに帰ってくるだろう。


「見て、シグ。お姉ちゃん、綺麗?」

 帰ってきたかと思えば、オリヴィエは何故かウェイディングドレスを着ていた。

「えっと……うん、とってもきれいだよ!」

「良かった。それじゃあ次は、〝お嫁さんごっこ〟をしましょうか」

「っ!!?」


 シグが唖然とするのと同時に、遠くからは「なっ!!?」という声が鳴った。

 言わずもがな、巡礼者のエルフたちである。


「おい、エルガード。アレは……」

「ふふふっ。これは、明確な挑戦状ですね」

 言葉の意図が分からず、シルバーレインは首を巡らせた。

「挑戦状?」

「え、えと、その……どういう、ことなのですか?」

「シルバーレイン、ブルーウェイヴ。オリヴィエさまは、わたしたちにこう仰っているのです。〝シグさまと結ばれたければ、わたしから奪ってみなさい〟と」

「「っ!!!」」


 二人は愕然と目を見開き、シグとオリヴィエの夫婦ごっこを洞察する。

 腕を組んで、べったり寄り添って、「あなた」と気恥ずかしそうに言う九歳の少女オリヴィエ。年齢的には、姉はエルガードたちとさして変わりない。つまりあれは、未来の自分たちを想像させている……?


「ふっ……あいにくとオリヴィエさま、容姿ならこの私も負けていない」

「わ、わたっ、わたしだって……その、自分磨きを、怠っていません!」

「いいライバルとなりそうですね。あなたたちは勿論、オリヴィエさまが、立ちはだかるだなんて。ええ、そのつもりですよ、我らが神」


 果たして、壮大な勘違いから始まる恋愛物語もあるのだろうか。

 シグは半分ほど彼らの会話劇を聞き届けると、魔力による聴覚強化を切って、ただの六歳児に戻ることにした。これ以上、背中が痒くなっては堪らないのだ。


「まあ……何とか、なるか……」

「ん? あなた、何か言った?」

「ううん、なんでもないよ、お姉ちゃん!」

「そ。あとね、お姉ちゃんじゃなくて、オリヴィエちゃんでしょ? いまは、お嫁さんごっこなのだから」

「う、うん、オリヴィエちゃん!」

「ふふっ……いい子ね、シグ」


 どちらにせよ、彼の背中が痒くなることには違いなかったのだが、シグは暫し、この遊びに付き合わされる羽目になった。

 勿論シグは、彼女たちが〝本気〟であるなどとは思っていない。

 そう勘違いしているのは、この場においてシグだけだった。

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