第6話 巡礼者たちの暗躍、魔法の神髄。
草木も眠る丑三つ時、という表現は、彼ら裏の住人には適切でない。
対象を暗殺し、痕跡すら残さず颯爽と立ち去る、影の軍団。
「はあぁ……ったく、退屈な仕事っすねぇー。ド田舎の剣士崩れを殺す仕事とは、俺たちの剣も落ちたものっす」
「油断するな。俺たちの役目は、王都への脅威を排除すること。何でも、噂の剣聖さまは、九歳にしてマルハゲさまと打ち合ったらしい。思いのほか、接戦するかもしれん」
警戒的な眼差しを向けているのは、
「そうっすかねぇー。今日の暗殺対象は……ルンダールから招かれたエルランデル家。特に、父であるレイフ・エルランデルと、長女のオリヴィエ・エルランデルは、最優先抹殺対象らしいっすけど、なにをやらかしたんすかね?」
「盗賊狩りのレイフに、剣聖と崇められているオリヴィエだそうだ」
「あっ、なるほどー。要は、出しゃばり過ぎたってことっすね」
サルバドールは首肯した。
「今年、ルンダールは王都への納税を怠った。守衛は引き上げられ、ルンダールという田舎町は、盗賊たちに蹂躙される手筈だった。――見せしめだ。他の都市でも、納税を渋られては困る。王都へと逆らった田舎町は、分かりやすく、滅ぶはず
それがどうしたことか、ルンダールを襲った盗賊たちは、全て壊滅。
都度、五回にも及ぶ襲撃はことごとく失敗し、万策が尽きた。
となれば、エルランデル家を、直々に王都へと呼び出す他ない。
形式上は、〝盗賊狩りの栄誉を讃える〟としている。片田舎の自称名家は、喜んでこの誉れを頂戴しに来るだろう。目論見通り、エルランデル家はいま、王城で安らかに眠っている。抹殺するには、絶好のチャンスだ。
「へええー……やっぱり、盗賊も国王が仕向けたんすかね?」
「詮索はするな。死にたいというのなら、話は別だがな」
「冗談っすよー。相変わらず、きっつい性格っすねぇー」
「俺たちは、任務だけを意識していればいい。四つに分かれて、確実に包囲してから仕掛ける。そっちは任せたぞ、ムジナ」
サルバドールと別れて、ムジナは二つの部隊を預かることに。
「第三部隊は、こっちから行ってくださいっす。地下は入り組んでいるっすけど、道は分かるっすよね?」
「お任せください、分隊長」
「今日は来賓も多いっすからね、絶対に見られたらダメっすよ。手早く、確実に仕留めるっす」
「はっ、承知しております」
地下から階段を上がり、四方向からエルランデル家を包囲する。
たかだか片田舎の剣士相手に、やりすぎではないかと思うものの、これが自分たちの仕事だ。たとえ相手が女子供であっても、容赦なく首を刎ねる。それが、王都の暗殺部隊、
「しっかし、他の分隊長はどこに行ったんすかねー。亡命なんて、笑えないっすよ。急に三人もいなくなって、おかげでこっちの仕事が――あ?」
ムジナは、足元に何かをひっかけた。
この地下に障害物なんてないし、誰だ、ゴミを捨てたやつは?
後で犯人を捜し出して、処罰しないといけないなぁ。
ムジナのそんな能天気な考えは、たちどころに吹き飛んでいった。
足元に引っかかっていた肉塊は、第三部隊隊長のレジーノだった。
「っ?? え、ちょ……はっ? どういう、ことっすか? なんで……みんなは、何か知ってるっすか?」
くるりと振り返った先、ムジナの部隊は既に壊滅していた。
真っ暗闇の中でも、鮮明に分かる。
おびただしい血肉で満たされた、地下道の有様は、この世の地獄とも言えた。
「誰が……どういう、ことっすか!? さっきまで、俺たちは確かに――」
僅かに吹き抜けた風を感じ取って、ムジナは剣を振り抜く。
「誰っすか。お前、は……いったい!!」
すんでのところで、ムジナは背後からの一撃を防いだ。
「我らは、
ローブを纏った金髪のエルフ、エルガードは熱のない眼光でそう言った。
「ざっけるなっす! ダークピルグリム、秘密組織!? いったい、どんな大義名分があって、王都の
「世界平和のために、地上の悪を全て狩り取る。我らの剣は、我らの神のために」
ムジナは力任せに切り払って、無理やりエルガードと距離を開けた。
「この……狂人がぁ!! いいっすよ……そっちがその気なら、分隊長の全力を見せてやるっす!!」
ムジナはその白刃に、凄烈な炎を纏い放つ。
昼にオリヴィエがやっていたように、彼もエンチャントをものにしている。
「その魔法――やはり、そういうことですか」
エルガードはひとつの確信を得て、自身もまたエンチャントした。
「なにっ……どういう、ことっすか」
相手が炎の剣なら、こちらは凍気を纏うだけだ。
エルガードの直剣はいま、絶対零度の性質を秘めており、サンッと大気を切り払うだけで、身が縮み上がるほどの冷気が吹き抜ける。あの冷気と比べると、ムジナの炎などマッチの火も同然だ。
「これもまた、神の魔法の一つです。あのお方は、我らに叡智を授けてくださる」
「あのお方とは、誰のことっすか!!? それに、お前は――」
お喋りは終わりだと駆け出したのは、金髪のエルフ。
咄嗟にムジナも迎撃に出るが、互いの剣が交差した瞬間、ムジナの炎剣は木っ端微塵に粉砕された。絶対零度による、凍結破壊だ。
「ちょっ、まっ!!」
そして命乞いすら許されずに振り下ろされた、最後の一撃。
分隊長の首は宙を舞い、総身は氷像の如く凍て付いた。
名前も知らない男の剣筋は、エルガードの記憶に残らないほどお粗末だった。
「――そちらも終わりましたか、シルバーレイン」
第四部隊が行った別れ道からは、銀髪のエルフが姿を見せた。
「手早く済ませた。
シルバーレインは、たった一歩でエルガードの元へと移動した。
傍から見ると、瞬間移動したとしか思えない速度だ。
「流石は〝神速〟のシルバーレイン。あなたは、ひときわ移動術に長けている。両足に巡る魔力操作が、完璧な証です」
彼女もたった一人で、
音よりもなお速い疾走と斬撃は、男たちに死を理解させる間もなかっただろう。
「――たっ、頼む、助けっ!!」
「弱いやつは、死に方すら選べねえ!! 弱い自分を、恨むんだなあ!!」
第二部隊は、赤髪のエルフ、ブレイズハートと戦闘中だ。
彼女は剣ではなく、
両手に魔力を纏い、時には波動弾として打ち出し、時には束縛用の鎖として、射出する。普段はもっぱら素手での撲殺だが、ある程度の汎用性がある。
「こっ、後衛はどうなっている!? 応援を寄こせ、このガキは俺たちだけじゃ!」
ふと振り返った
「あっ、あっ……その、えと、あと……ごめん、なさい。全員、お亡くなりに、なっちゃい……ました」
青髪のエルフ、ブルーウェイヴは、彼女の等身の倍以上はある、特大の曲剣を持ち構えている。
ひ弱な体躯で、おどおどとした口調の半面、ブルーウェイヴは軽々と得物を薙ぎ払う。特大の白刃に渦巻く破格の魔力は、もはや災害に匹敵して、第二部隊の
「おいおい、あぶねーじゃねえかよ、ブルーウェイヴ!」
ブレイズハートは、片手で魔力の旋風を消し飛ばした。
慌てて謝りに来るブルーウェイヴだが、赤髪はにっと相好を崩した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! ハートちゃんなら、大丈夫かなって……」
「危なかったが、いい一撃だったぜ。流石は、
かくして四部隊中、三部隊が壊滅。
最後に残ったのは、総隊長が率いる第一部隊だ。
「……桃色髪の、エルフ?」
サルバドールは、前方で立ち塞がる少女を、怪訝に睨み据えている。
この通路に、どうして見知らぬ少女がいるのか。さっさと始末したらと思うものの、サルバドールはあの少女の本質を見抜いていた。
目を凝らせば、見えてくる……。
狂気的なまでの、ドス黒い魔力の束が。
何だ、この魔力量は?
彼女ひとりで、いち部隊の……いや、
馬鹿な――そんなことが、有り得るはずがない!
「ねえ、ねえ、お兄さん! ローズの、お父さんと、お母さんはね? なんか、とーぞく? たちに、殺されちゃったの! ざくざくって、斬って、へし折られて、お肉と血を、もぐもぐって食べられちゃったの!」
そして少女は、要領の得ない笑顔で、過去を語り明かす。
彼女の出来事自体は、哀れむべきものなのだろう。
だがローズウィスプは、なぜか嬉々として語っているのだ。
あたかも、その過去が〝楽しかった〟ものみたいに。
「ねえ、ねえ、どうしてだと思う? エルフのお肉って、美味しいの? それとも、殺した相手は、
「……っ!」
サルバドールの背筋には、この世ならざる悪寒が駆け抜けていく。
彼女が狂ってしまったのは、仕方のないことだったのかもしれない。悲愴な現実に耐えられぬあまり、そう解釈してしまったのかもしれない。
だが、サルバドールの脳裏には、そんな些事よりも、なお確かな答えが響いている。――逃げろ、と。
「ふっ……ふふっ、そうか。いまの俺では、分が悪いと。ならば、最初から全力で行かせてもらおう!」
彼は懐から、赤色の液体が満たされた小瓶を取り出した。
それを一気に飲み干すと、どぐんと全身の血管が脈打ち、たちどころに魔力の奔流が起きていく。瞳は深紅に染まり、皮膚は裂けて、そこから赤黒い線が煌めいている。人間という生物の枠組みから外れた男は、妄執めいた眼光で少女を睨み据える。
「くっ、くはっ! くはははははははっ! これが、魔力――絶大なる力の束よ! さあ、恐れおののけ! 〝魔力暴走薬〟によって得たこの力で、貴様は抵抗の余地もなくひれ伏すの――」
「ばくんっ」
ローズウィスプが、右手で、目いっぱい虚空を掴んだ。
こう、五本の指を口に見立てて、相手を喰らうように。
すると次の瞬間には、サルバドールの顔面の九割が、
「ひっ、ひひゃっ――だ、だれかお助けっ――」
そして、第一部隊による悲鳴と絶叫は、二秒ほど続いて静寂に変わった。
〝暴食の魔法〟
予てより、ローズウィスプが切望していた、凶悪なる魔法だ。
彼女ひとりでは、魔法の理論構築が成し得なかったが、シグの入れ知恵により、この魔法を現実のものとした。最も惨たらしい魔法は、ピルグリムの中でもローズが抜きんでている。
「――実験結果が出たな。やはり、魔法には性質がある。燃える、凍える、速くなる、風が吹く、喰らうなど、世界で起きる〝事象〟を、魔法陣に組み込むことで、魔法はその属性を宿す。そして、異なる魔法種を掛け合わせて、全く新しい魔法を生み出すこともできる」
王城の頂上に座しているシグは、いとも簡単にうそぶいているが、特定の性質を持つ魔法を生み出すだけでも、本来は膨大な時間が掛かる。
たとえば〝暴食の魔法〟は、右手を口に置き換え、閉じた瞬間の座標軸に存在する物体を噛み千切る。法則として、魔法陣に描かれるのは、神獣のベヒモス。魔法陣に右手を差し込むことで、右手を口に置き換える。剣に炎を纏ったように、シグは人間の身体にも〝エンチャント〟できないかと打算し、結果は成功。
だが、誰であれエンチャントは可能な魔法ではない。その属性に適応する魔力配列を持つ者――今回はローズが、〝暴食〟の性質を有していた。
「赤子からやり直しと分かった時は、どうなるものかと思ったが……おかげで、理論を構築する時間が出来た。実験は成功し、ピルグリムたちは、着々と成果を出している。そして、成果は
朝日が昇る前に、エルランデル家を暗殺する。
その最優先事項を遂行するため、新たなる暗殺部隊が動員されている。
王城を取り囲む、盗賊崩れ、無名の殺し屋、裏世界の荒くれものたち、予備の
「おやおや、魔法使いは王都にて、御法度ではなかったのか? いや……皆まで言うまい」
いかにもな長杖を持ち、耐魔法製のローブを着用している。
彼らは杖先に魔法を送っているが、王城に攻撃を仕掛けるつもりなのか。
王城を爆破し、混乱に乗じて、盗賊どもと
「前世界の秘儀を、この世界の魔法に組み込む、技術の融合……まだ、完全ではないか。仕方あるまい」
シグがダークファンタジー世界の技を、魔法として行使しようとすると、ぐにゃりと時空間が捩じれて、歪みを正す世界の修正力が働きかけた。
大地は揺れ、雲が割れる。深夜だというのに一筋の陽光が差し込み、それは、二つの世界が干渉したことによる、矛盾が招いた天災だ。
無理やり行使すれば、この世界が歪んでしまうかもしれない。
だが、シグは直に二世界の融合魔法をものとするだろう。むしろ、この程度の影響で済んでいるということは、完成が近い証である。
「ならば――ピルグリムたちの成果を、試すとしよう!」
「――おい、ちゃんと攻撃しろ!」
「やってるよ!! だが……なぜだ!? なぜ、攻撃が通らん!!?」
「魔法か!? だが、魔法陣は展開されていなかったはず……」
王城の周囲に展開された絶対零度の旋風が、幾多の魔力光線を弾き飛ばす。
シグは大気中に存在する水素原子を魔法の起点とすることで、煩雑な属性魔法の魔法陣を省略している。
この子供に掛かれば、大気そのものが魔法陣だ。原子に練り込まれた魔力と属性条件を拡散させることで、瞬間的に氷と風の融合魔法を発動させた。
見兼ねて、王城へと特攻しにいった
だが、彼らの激たる喊声は、次の刹那には断末魔へと変わっていた。
「なにがッ、起きて――」
自動で敵勢を捕捉する魔力の球体には、人らしい口が与えられている。
たちまち虚空から出でた幾千の魔力球は、ばくんっと奴らの頭部を喰らい付くし、前衛は一瞬にして崩壊。
後衛の
これも、異なる魔法の掛け合わせによる産物である。
「シグ、シグ!!」
もう少し、考察する時間が欲しいところではあったが、王城の四階から、姉の声が聞こえてくる。
ベッドにいない弟を不安に思って、探してくれているのだろう。手には直剣を携えており、弟に対する愛の重さが見て取れる。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
直ぐにトイレから顔を見せたシグは、シグの分身体だ。
「良かった……ここにいたのね」
「うん、でも、その……ちょっと、まだ終わってないから」
「ごめんね。お姉ちゃん、心配性だから」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、お姉ちゃん」
トイレの窓を開けて、本物のシグが華麗に入場。
分身体は魔力の粒子となって消え、完全犯罪成立である。
「ねえ、お姉ちゃん。ちょっと、くっつき過ぎなような……」
「ううん。だって、わたしはシグのお姉ちゃんだもの」
「そっか、お姉ちゃんだもんね」
「ええ、わたしはお姉ちゃんなのよ」
「お姉ちゃんなら、ぼくに何をしてもいいの?」
「ええ、わたしはお姉ちゃんなのよ」
「うーん、そっかあ」
このまま育っていくと、姉のブラコンぶりが心配ではあるが、シグはあえて何も言わないことにした。
それから次の朝が来るまで、シグはオリヴィエの抱き枕にされた。
彼の寝顔は、血も、戦いも、女も知らない、無垢な六歳児にしか見えなかった。
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