第5話 六歳児による魔法の応用。


 王城に戻ったシグとオリヴィエは、まだ大人たちの面倒臭い挨拶が続いていたことに辟易した。貴殿の何々は見事なものですな、いやいやそれほどでも。かくいうヴィリアル公爵も、あの伝説は云々と、どうして大人という生き物は、こうもお世辞大会に没頭できるのだろうか?


「どうか、私の息子と手合わせお願いできませんか」


 それが助け船だったのかどうかは定かではないが、鬼才の剣士、オリヴィエの腕を見込んで、貴族の子供たちによる練習試合が始まった。


「お姉ちゃん、がんばれー!」


 時間の無駄と判断したシグは、自分の分身をその場に残して、王城の書斎に移動した。

 既にシグは、本に載っている魔法は全て扱うことができ、魔力操作も尋常の域を超えている。だが飽くなき力への探究により、シグは更なる高みを目指している。


「魔法も、剣技も、名前を変えただけで本質は魔力操作だ。魔力を、一定の形で練り上げることで、ある時は火球に、ある時は斬撃に移り変わる。要は、法則だ。世界の法則に合致した時、魔力は、魔法や剣技になる」


 本に載っている魔法は、あくまで一例であり、シグが開発した球体光線の魔法や、敵影捕捉の魔力剣など、組み合わせ次第で無限の可能性がある。


 そしてシグは、前のダークファンタジー世界に存在していた奥義を、この世界でも使えないかと考えているが、これはお披露目まで少し先となるだろう。


 大いなる意思は、異なる次元の技を持ってくることを危惧していた。違う世界の法則が交わることで、どんな影響が出るか分からないためだ。しかしシグには、その安全性をおおかたクリアできている。


「まずは実験だ。太陽をモチーフとした魔法陣、これに魔力を注ぐと、火球が照射される。では、この魔法陣に剣を差し込むとどうなる?」


 場所は打って変わって、王城の東塔の頂上。

 シグの剣には炎が宿り、ゆらゆらと刃が燃え盛っている。


「なるほど、こうなるか。魔導書には載っていなかったが……まあ、この程度のことは既に検証されているだろう。では、これはどうだ?」


 炎を生み出す魔法陣と、水を生み出す魔法陣を、融合させた・・・・・

 すると岩石の魔法となり、魔力を注ぐと岩なだれすら可能とさせる。

 大変、危険極まりないため、この場で実践はしなかったが。


「予想通りの結果ではあるな。魔力をそのまま打ち出すと、魔力剣や光線など、無属性の魔法となる。一方で、魔法陣には属性がある。属性は掛け合わせが可能で、新たな属性を生み出すこともできる。……剣と魔法を応用すれば、独自の剣技も生み出せるだろうな」


 これまでのエルランデル家の修行では、剣に魔力を込めるだけだった。飛ばした斬撃も無属性魔法で、これといった味がない。


 しかし、魔法陣を潜らせれば、炎の斬撃や、雷の斬撃も可能となる。

 難しい話ではない。ここまでは基礎だ。


 本気で、剣と魔法の応用技を作るのなら……たとえば、加速し続ける剣撃。魔力の粒α、複素部分多様体のシーラ類の有理数係数の線形結合に反発する魔力βを衝突させることで、剣を加速装置にできるはず。


 あるいは、絶対に防御できる剣。魔力におけるn次元曲面をフィールド一帯に展開することで、単連結な未来を、多次元予想としてひとつの剣に収束させる。


 まあ、それらの技術を会得するだけでも、数年は掛かるだろう。

 そこまで本格的な魔法ではなく、サクサクッとできるエンチャント魔法を、対人で実験したいところだが……。


「そう言えば、おあつらえ向きの場所があるではないか」

 シグは分身に思念を送り、ちょうど練習試合が終わった姉を労う。

「お姉ちゃん、圧勝だったね!」

「やめなさい、シグ。相手は、サンシタ伯爵の長男なのよ。でも……そうね。シグから褒められるのなら、悪い気はしないわ」


 とても九歳とは思えぬ剣技の数々で、大貴族の長男に「参りました」と言わせる片田舎の長女、オリヴィエ・エルランデル。その美貌も相まって、「流石は剣聖さまだ」と称賛の声も絶え間ない。

 彼らの注目をさらに引き付けるには、またとない好機だ。


「ねえ、ねえ、お姉ちゃん。気になってたことなんだけど、聞いてもいい?」

「いいわよ、何でも言ってみなさい」

「何でもは、言わないけどね」

「何でも言ってみなさい」

「たしか、火球を作る魔法ってあるよね?」


「あるのだけれど、お姉ちゃん、魔法はあまり得意じゃないわ。それに、王都において魔法使いは、異端とされているの。この地域では、剣士が主流とされていて」


「その魔法陣に、剣を入れてみると、どうなるのかな?」

「……魔法陣に、剣を?」


 あくまで魔法の知識は、付け焼き刃程度でしかないオリヴィエだが、火球なら魔法陣も簡単だ。自分の魔力を外に紡いで、太陽をモチーフとした魔法陣を描くだけで錬成できる。


 王都において、魔法使いは異端だ。

 しかし、剣を使用するのなら、それはすなわち剣士と言える。

 物は試しにと、オリヴィエが火の魔法陣に剣を突き刺してみると……。


「な、なんと!? サンシタ伯爵、見なされ、オリヴィエさまが、炎の剣を!?」

「あり得ない……どういうことだ!? いったい、どこから炎が……」

「流石は、稀代の剣聖……いいえ、烈火の剣聖さまよ! 彼女は、神さまに祝福されているのだわ!!」


 シグの目論見通り、オリヴィエは炎の剣士としてさらに注目を浴びた。

 どうやらこの世界の魔法に対する探究は甘く、こんな簡単な実験さえしていなかったらしい。


「オリヴィエ・エルランデル! どうか、手合わせをお願いしたい!」

「あなたは、まさか……」


 騒ぎを一蹴する大声で割って入ってきたのは、王子の三男、マルハゲ・ニクラスだ。きれいさっぱりとした頭髪に、背丈一八〇の長身、今年で二〇歳を迎える青年が、九歳の少女と練習試合など、冗談でも笑えない。


 だが、マルハゲの表情は真剣そのもの。本当に、彼はやる気のようだ。


「お姉ちゃん……」

「王家の者から、直々のご氏名とあれば、断るわけにはいかないわ。でも、大丈夫よシグ。お姉ちゃんを、見ていて」


 試合は直ぐに開始され、互いの剣が幾度となく衝突する。盛大に火花を散らせ、かまびすしい金属音を打ち鳴らす。末恐ろしいことに、たった九歳のオリヴィエの腕前は、青年のマルハゲに肉薄していた。


「クソガキ、さっきの手品を教えろ。どうやって、剣に炎を灯した?」


 二人にしか聞こえない間合いで、マルハゲはそう呟いた。


「あなた……やっぱり、それを狙って!」


「当たり前だ! 片田舎の長女風情が、目立ち過ぎなんだよ。さっきの技は、俺が生み出したということにする。そしてお前は、俺から伝授してもらった」


「ふざけないで! あれは、シグの功績よ! 決して、あなたのものなんかじゃない!」


 剣が打ち鳴らす音のせいで、彼らの怒声はほとんどかき消されていたのだが、魔力で聴覚を強化していたシグには、全て筒抜けだ。


(なるほど、そうなるか。だったら俺は、一段と〝子供〟を演じるとしよう)


 シグは子供らしい笑顔のまま、わんぱくに走り出してこう叫ぶ。


「すごい! お姉ちゃんが、マルハゲさまと戦ってる! お父さんと、お母さん、それと国王さまに知らせてこなきゃっ!」


「なぁっ!!?」


 二〇歳の男が、九歳の少女をいびっている。

 もしもこんな醜態を、国王とエルランデル家の両親に見られたら、流石に恥じらいの念が湧いてくるだろう。マルハゲにはもう、逃げ出すしかない。


「ま、待て、ガキ! ……ふ、ふふん、噂の剣聖さまに、少し指導してやっただけだ。俺は、少しも本気を出していない。なかなかの、腕前ではあったがな」


 そう言ってマルハゲは試合を放棄し、逃げるように会場から立ち去っていった。


「マルハゲさまとも、打ち合えるとは……剣聖、オリヴィエ・エルランデルさまですか。彼女は将来、必ずや大成するでしょうな!」

「ええ。いまの内に、ご挨拶をしておかなくては」

「いい? あの子には、礼儀正しく振る舞うのよ」


 反対に、オリヴィエは一層と賞賛を受けた。

 姉は表舞台で光を浴び、弟は名前すら知られぬ無能を演じる。

 何もかも、シグの手のひらの上だ。


「あれ? ……シグ?」


 分身が消えて、オリヴィエは弟を見失った。

 本物のシーグフリード・エルランデルは、王城の頂点で、夕暮れに染まる街並みを見下ろしている。


「今宵、王都は混沌に陥るだろう。暗黒の巡礼者――お前たちの初任務だ」

『はっ、仰せの通りに』


 五人のエルフは散開して、きたる脅威に備えていった。

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