第5話

 と思うと布団に潜っていた。

 動かせなかった体が動かせ、布団から顔を覗かせた。

 目にした光景は明らかに見慣れた場所だった。俺が住んでいるアパートのワンルームだった。

「ああ、今までのは夢だったんだな」

 そこで気づいた。妙にリアルな部分が散在していたけど、改めて思うと、おかしい部分も多々あった。

 普段は裸で寝ないし、外出する際は階段使わないし、自転車は持ってすらいないし、総武線にも滅多に乗らないし。

 大学には京浜東北線を使っている。途中、乗り継ぎもするけど、総武線に足を運ぶことはない。

 彼女と付き合う前、一緒に幕張メッセに出かけたときくらいに使った程度だ。それ以外で乗ったことはない。

 あと、遠く見えすぎ。

 俺、目が悪いのに。数メートル離れたら、もうはっきりと見えないのに。横断歩道を挟んだ先にある神社に向かう参道の前にいる彼女とその格好なんて、分かるはずもないのに。

「とりあえず、夢で安心した」

 衝撃がデカかったけど、違うのなら、よかった。新年から幸先悪いけど、彼女と別れていないから、これほど嬉しいことはない。落胆して1年を過ごすことにならずに済んだから。

 誕生日プレゼント・クリスマスプレゼント・その他。

 散々に貢がせる性悪女に引っかかったのかと死ぬ間際で嘆かずに済んだから。

 一度でも疑ってしまった自分を恥じてしまう。

「あっ」

 しかし別れ話が現実になるのかもしれない。

 彼女と初詣デートの約束をしているから、時間を確認しようと、スマホを手に取ると、そこには履歴がズラっと並んでいた。メッセージがたくさんあり、1件の着信が入っており、ご丁寧に留守電も残っていた。

 それも当然だ。

 だって約束の時間になっていたから。

 最新のメッセージが、今ついたよ、だったから。

 これはヤバい。完全に遅刻だ。かなり怒っているだろうね。全てが夢の通りになるわけではないにしろ、これがきっかけで別れ話に発展するかもしれない。

 留守電に答えが出ているかもしれないが、怖くて聞けなかった。別れ話を切り出されるかもしれないと思うと、再生できなかった。

 勇気は持てなかった。踏み切れなかった。

 しかしこれに時間をかけるわけにはいかない。

 今は他にやることがある。早く待ち合わせ場所に行かないと。怒っていると思われる彼女をこれ以上、怒らせるわけにはいかない。

 そう思って、急いでアパートを出た。髪をキメず、最低限の身支度を済ませて、駅へと向かう。寝坊の言い訳は道行くすがらにしようと思い、駆け出した。留守電聞くのは怖かったから、そのままにした。別れ話を切り出されるかもしれないと思うと、出る勇気がなかった。

 そのとき、デジャブが起きた。

 頭上でポトっと音がした。何かが落ちているのを感じた。

 嫌な予感をしながら、恐る恐る触ってみれば、案の定だった。鳥の糞だった。

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元旦から始まる不幸 M-HeroLuck @APOCRYPHA-MH

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