じつはまだ夢の中でした。~起こしてくれる義妹は夢の中~

三一五六(サイコロ)

兄貴は義妹の夢を見る

 ここ最近、義弟、否、義妹が毎朝起こしに来てくれる。

 それは妹(義妹)に憧れるヲタクなら夢のようなことだが、実際に体験している俺からしてみれば朝から地獄だぞ、と言いたい。


 理由はその起こし方にある。

 フライングボディプレス――プロレス技なのだ。

 分からない人に説明すると単なる『飛び乗り』。


 想像してみて欲しい。

 いきなり凄い衝撃が体に走って目が覚める瞬間を。

 冗談抜きで死ぬかと思う。


 と言うわけで、晶が来る十分前に起きるのが習慣になった俺だが、今朝は目覚まし時計が鳴り響く前に目が覚めた。

 少し早いが二度寝して死ぬ思いをするのは御免なので、もう夢の中に入る気はない。

 そして今日こそ……今日こそはフライングボディプレスを避けて反撃してやるつもりだ。


          ⚀


 扉が音を立てずに開く。

 当然、その正体は風でもオバケでも、親父でも、泥棒でもない。

 義妹である晶だ。


 薄目で見えた晶の顔は真剣。

 動く姿は忍者そのもの。

 朝から無駄な集中力だ。

 音を立てないためにどれほどの神経を使っていることやら。

 想像するだけで疲れる。


 しかし、この手慣れた感じだとスヤスヤ寝てたら気付くのは絶対に不可能だな。

 改めて晶が俺を朝起こす(フライングボディプレス)のに本気なんだと感じた。


 俺の目の前に到着するなり、ピタッと動きが止まる。

 こちらも警戒態勢に入り、体に力を入れる。


「にーに、おっきしてぇ!!!!!!」

「……」


 大声でそう叫ばれ、両手で勢い良く体を揺さぶられる。

 急なキャラ変に寝起きの頭がついていかない。

 いや、これは寝起きじゃなくてもついていかなかっただろう。

 俺は反応出来ずに寝たふりを続行。


「にーにっ! にーにってばっ!!!」


 キャラだけじゃなくて呼び方もおかしい。


 ――にーに! にーに!! にーに!!!


 脳内で反復するその呼び方。

 それに俺の細胞は異常事態と言わんばかりに震え狂う。

 こんなことは人生で初めてだ。

 親父の再婚発表時でもこうはならなかった。

 如何に俺の脳がこの呼び方を拒絶してるのかが分かる。

 同時に兄貴呼びの安心感を実感した。


「もー! にーにはいっつもお寝坊さん! 毎朝起こす僕の身にもなってほしいよ!」


 や、やめてくれ、そのキャラ。

 細胞が、細胞が……。

 脳が、脳が……。

 

 いつも弟っぽい義妹が、いきなりロリになったとか事件過ぎる。大事件だ。

 小学生の晶はこんな感じだったのかもしれないが、その時代を知らない俺はどうしても受け入れられない。


 これは兄貴失格なのか?

 いいや、違うね。

 兄貴として普通の反応だ、間違っていない。

 受け入れる方が兄貴失格だ。


 とりあえず今言えることは一つ。

 知らない、こんな晶、俺、知らない。

 怖い、なにこれ、怖い。

 超怖いんだけど……。


「仕方ないな。今日も晶がぎゅーして起こしてあげるねっ! ぎゅー」


          ⚀


 ――はぁはぁ……何だよ、この夢。


 額の汗を拭いながらホッとする。

 目覚まし時計の針は、まだ起きる時刻を回っていない。だからといって、油断は禁物。

 再度フライングボディプレスに備える。


 数分後、夢と全く同じように晶が俺の部屋に侵入してくる。

 一つ違う点があるとするなら、普段しないメガネをかけていて既に制服という点。


「お兄様、起きていらっしゃるでしょうか?」

「……」


 ――ど、どこのお嬢様だよ!


 内心ツッコミを入れるも、謎キャラに動揺して実際には反応出来なかった。

 ロリの次はお嬢様。

 落差で風邪を引きそう。


 これも夢なんだろうか。

 そう思いたいのは山々だが、さっき間違いなく目が覚めた。

 かと言って、この状況を現実として受け入れるのは難しい。

 なぜならこれまた知らない晶だからな。


「既に朝食の準備は出来ております。今朝は海の幸を重視したものメイドに用意させました」


 メイド?

 全く知らない新しいキャラまで出て来てしまった。

 ついこないだ、親父が再婚して四人家族になったばかり。

 やっと落ち着いたって時に朝起きたらメイドがいるとか滅茶苦茶だ。


 それと海の幸? 

 俺の家で朝からそんなものは生きてて一度も出たことがない。出ても困るけど。

 シンプルに朝からそんなに食べれる自信がない。

 出すなら夕食にしてほしい。

 夕食だったら大歓迎だ。


「真面目なお兄様がここまで起きないとは珍しいですね。恐らく夜遅くまで勉学に励まれていたのでしょう。しかし、寝坊は許されることではございません」


 凄い、なんか俺も超優秀な優等生設定になってる。

 昨夜も深夜まで勉強を頑張ってたことになってるし。


 俺の記憶ではずっと漫画を読んでいたんだけどな。

 後、晶もいた。

 そう、晶もいたのだ。お嬢様じゃない方の晶だけど。


「このままでは学校に遅刻してしまいます。それはわたくしたち兄妹、いいえ、家族の名誉に関わること」


 ――わ、わわわ、わたくし!?


 一人称の違和感が凄まじい。

 普段の一人称は僕だから尚更だ。

 最初からこれだったら義弟と勘違いなんてしなかった自信がある、否、自信しかない。

 でも、もし本当に出会っていたのが、お嬢様の晶だったら、今ほど仲良くなってなかったとも思うから、結果的には僕の晶に会えて良かった思う。


 まあその話はおいといて、俺の家が貴族か何かになってるんだが。

 それと『名誉』って言葉、普段生きててなかなか使わないし、なかなか聞かないぞ!

 ここまで来ると転生系のラノベや漫画の世界に転生した気分だ。


「もう仕方ありません。あの手を使わせてもらいます」


 晶はそう言うとメガネをクイっと上げて、ゆっくりと膝を曲げてしゃがむ。

 それから俺の背中と太ももに腕を入れて持ち上げた。


 ――お、お姫様抱っこだと!?


 これ転生系でも女性人気のある令嬢ものだ。

 今の感じだと晶のポジションは兄を慕う王子様系妹というところだろうか。

 と、どうでもいいことを考えて頭を冷やすのであった。


          ⚀


 ――はっ、またまだ夢か。


 何となく分かっていたが、それでもホッとする。

 後、お姫様抱っこってされるとこんなにもドキッとするもんなんだな。

 乙女な女の子の気持ちが少し理解出来た気がする。


「あ、兄さん、おはよう」

「ああ、おはよう」

「じゃあ、僕、先下行くから」

「え、あ、うん」


 何故か開いていた扉の先からそれだけ言って去る晶。

 フライングボディプレスされると思っていたせいか何か違和感を覚える。

 絶対にフライングボディプレスされる方がおかしいけど。

 そこは気にしないでおく。気にすると負けだ。


 それにしても、あの晶があっさりとしていたな。

 出会った頃のようだった。

 体調でも悪いのだろうか。

 と思いながら、さっきの会話を頭の中で再生する。


「兄さん?」


 呼び方が……兄貴じゃない。

 距離を取られた?

 だとしても、いくら何でもいきなりすぎやしないか?

 昨夜までは間違いなく兄貴呼びだったし、距離が出来るような出来事は何も起きていない。

 それに積極的な晶が距離を取るとも思えない。


 俺は急いで飛び起き、階段を飛ぶように駆け下り、晶の元へ。


「晶っ!」

「そんなに慌ててどうしたの、兄さん」

「俺なんかしたか?」

「別に何も。母さんたちはもう仕事に行ったみたい」

「そんなことはどうでもいい! 何で急に兄さん呼びに変えたんだ?」

「何言ってるの? 兄さんが最初にそう呼べって」


 不思議そうに首を傾げる晶。

 ふざけた様子はない。表情は真剣そのもの。


「そう言えば、今朝は何でフライングボディプレスしなかったんだよ!」

「なにそれ?」

「毎朝、プロレス技で起こしに来てただろ!」

「いやいや、そんなことしないから。まず何で僕が兄さんを起こさないといけないんだよ」


 プロレス技どころか起こすことまで否定。


「晶」

「ん?」

「俺のこと好きか?」

「急に何? てか、それはどういう意味の質問?」

「お、男として、俺を……好きかって意味だ」

「……弟だよ僕? こないだ気付いたよね?」

「え、風呂場で?」

「そう、風呂場で」


 逆じゃん!

 俺の知っているのと逆パターンじゃんか!


          ⚀


 ――俺、夢から出れなくなった?


 三度も夢オチが続き、流石の俺も怖くなっていた。

 もちろんリビングから位置も戻り、俺は眠り付いている。

 これが現実か夢かは分からない。

 だが、一つ言えるのは、晶が既に俺の部屋に侵入して、すぐそこで静かに俺を見つめているということ。

 すると、ゆっくりと俺の横に寝転び、頬を優しく指でなぞってくる。


「可愛い寝顔。兄貴の無防備な姿を見れるのは僕の特権。絶対に誰にも見せたくない。ううん、見せない」


 と囁きながら、晶は唇を舐めるように濡らした。

 そのまま流れるように俺の頬に手を当て、顔を近付けてくる。


 また夢だと思いながらも、義妹の行動に鼓動が早くなる。

 次の晶は積極的で独占欲強め。

 一番現実味のある晶ではある。でも、独占欲はどうだろうか。

 普段はそこまで強い感じがないから……うん、やはりまた夢に違いない。


 はぁ……起きてもないのに既に疲れた。

 正直、早くフライングボディプレスをされて夢から覚めたい気分だ。

 この夢が続けば続くほど、晶と起きて会った時の反応に困る。

 なのに、終わる気配はなく、晶の顔は息がかかるところまで来ていた。


「兄貴……涼太、大好き。愛してる」


 その言葉に思わず体ピクリと動き、瞼を開けると晶と目が合う。


「兄貴!?」

「……」

「起きてたの!? いつから? いつから???」

「晶は目開けながらキスするのか?」


 どうせ夢だと思い、少し意地悪な質問をする。


「なっ!? き、ききき、キスなんか別にするつもりなかったし!」

「じゃあ、この距離はなんだ?」

「え、えっとね、新しいプロレス技を仕掛けようとしてただけ!」


 その言い訳は無理があるだろ。

 と思いつつ、この距離感でいるのは色々とヤバいと思い、一旦体を起こす。


「それでその新しいプロレス技って?」

「毒霧!」


 この場を乗り切るのに都合の良すぎるプロレス技を口にしたもんだから、思わず感心してしまう。


「え、もしかして兄貴はキス期待しちゃってたの?」


 ニヤニヤと嬉しそうに聞いてくる晶。

 さっきまでの焦りは消え、とても上機嫌である。


「で、兄貴どうなのさ~! 本当に期待しちゃったぁ?」


 最高の一手で形勢は逆転。

 完全に主導権は晶に移ったと言える。だが、問題はない。

 晶は俺が焦り困るのを期待てるだろうが、そんなことは起こりえない。

 だって、これは夢だからな。


 てなわけで、ここから俺はどうにだって出来てしまう。

 夢であると分かっている以上、選択肢は無限大。

 最悪、選択を間違えてどうなろうと構わない。

 起きれば綺麗さっぱりリセットだ。


 ――よし、それじゃあ普段言えないことでも言ってみようと思う!


「ああ、期待したさ。晶にキスされて起こされるなんて最高だからな!」

「えっ……」


 晶は目を大きく開け、耳まで真っ赤にして完全に固まる。

 開いた口は塞がらないようで、その表情はアホっぽくて可愛い。

 夢と決めつけてしまったせいか俺の脳内のどこかのネジが緩んだようで、そんな晶を背中から包み込み、頭を優しく撫でる。


 数分後、晶はいきなりハッと動き出し、俺の体から慌てて距離をとり、こちらを珍獣でも見たような瞳で見つめてくる。


「やっと動いたな。全然動かないから地蔵になったかと思ったぞ」


 冗談を言いつつ笑顔を向けると、晶は目をパチパチとして自分の頬を引っ張り出した。


「夢……?」

「ああ、夢だ」

「……でも、ほっぺ痛い……」

「気のせいだろ」

「そ、それよりさ、あ、あああ、兄貴どうしちゃったの?」

「何がだ?」

「キスされたかったとか普段言わないじゃん」


 そら普段は言わない。

 でも、これは夢だ。

 普段ではない。


「夢の中ぐらいは本音を言おうと思ってな」

「夢の中?」

「そうそう。こんなフライングボディプレスしないでキスしようとする晶なんて夢の中でしか拝めないだろ?」

「……ごめん、兄貴」

「ど、どうした晶。急に謝って」

「僕、いつもフライングボディプレスの前に、兄貴の、頬に……キスしてるよ?」


 まったく、夢の中の晶は積極的すぎて困ってしまう。

 そんなわけないっていうのに。

 何回フライングボディプレスを食らっていると思っているんだ。

 もしそれが本当だったらキスされた回数は凄いことになるぞ。

 夢とはどこまでも非常だな。


「そうかそうか」

「何でそんなに余裕そうなの!?」

「いや、これ夢だし」

「兄貴はさっきから何言ってるの!」

「何って? これは全て夢って言ってるの! 早く覚めてリアル晶のフライングボディプレスを今日こそは避けて反撃してやるのさ」

「悪いけど、これ夢じゃないよ?」

「またまた夢の晶は嘘ばっかりだ。ほら、早く夢よ、覚めてくれ!」


 腕を組んで目を閉じる。

 待つこと数分。


「ブーブーブ♪ ブーブーブ♪」


 設定していた目覚まし時計が部屋中に鳴り響く。

 晶はそれを静かに止めた。

 それから数分。


「二人とも! 朝食が出来たから下りてきなさ~い!」


 一階から美由貴さんの声が聞こえてくる。

 晶はゆっくりと立ち上がり、無言で部屋から出て行った。


「……え、嘘だろ?」


 その後、何分、何時間経とうが夢が覚めることはなかった。

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