鉄のカーテンが下りた列島

スルメイカ

第1話 「祖国、そして敵国」

高島司たかしまつかさはボロボロのアパートの中から、薄汚れた窓を通して外を眺めていた。全くもってこの国は瞬く間に再生していっている。うちの国でもそうなって欲しいものだと、内心つくづく感じていた。もしこんな事を母国で話したら消されるだろうと言う事も。


そんな事を考えていると斉木均さいきひとしが戻って来た。斉木は対外情報局第一課第十三係に所属する諜報員で、高島の部下でもあった。


「もしかしてまた亡命したいとか考えてたんですか?」


「ああ、お前の小言を聞かなくて済むからな」


そう皮肉を込めて言ったつもりだったが、当の斉木は全くもって気にしていない様子だった。


「そういえば情報提供者モグラが言っていたんですが、近々Z機関と情報調査局が合同でガサ入れをするそうですよ」


「ガサ入れ?どこをだ」


「例の千代田区の支局ですよ。まあ、あそこは2ヶ月前に撤収されて、今はもぬけの殻ですから大丈夫でしょう」


「何が大丈夫だ、このあんぽんたん。ガサ入れされて何も出てこないにしても、俺たちの支局の場所が連中に知られちまったんだ。下手したらここも危ないぞ」


「流石に考えすぎですよ。それに仮にもしここへガサ入れが入るとしても、事前にモグラから情報提供がありますし」


「まだあのモグラはコンタクトを取ってから1ヶ月も経っていないだろう。もしあいつがZ機関や情報調査局報調の人間だったらどうする」


「だったらわざわざ情報提供しなくてもいいじゃないですか」


「お前はどこまで頭足らずなんだ。もしあいつが俺たちに情報を渡さずにガサ入れが行われた場合、俺たちは奴をどう思う」


「『わざと情報を流さなかった』とかですか?」


「そうだ。そしてもし今も使っている場所をガサ入れしたら、俺たちはどう思う」


「『今は危険だ。繋がっているモグラとも切ろう』とか」


「そうだ。俺たちがモグラ、つまり奴と手を切る可能性がある。だからもぬけの殻の場所へガサ入れし、その事前情報を俺たちに流す」


「そうすれば私たちはあいつを信頼するようになる」


「ああ、そうだ。まあ今すぐ手を切らずとも、警戒はしておいて損はないだろう」


そこまで慎重になるのは必然だった。対外情報局では敵国に捕らえられた諜報員は一切関知されない。むしろ口を割る前に諜報員を殺す事さえある、高島はそう先輩から聞かされていた。


それにしても何故あそこがバレたのか。対外情報局外情の諜報員は、尾行には最大の注意を払い、わざと様々な店や空き地を通り抜けてから行くように訓練されている。それなのに支局を見つけるとは、相当侮れない相手を敵に回したようだ。この事は至急に連絡しなければならない。


 高島は外套を手に取り、新聞を読んでいた斉木に顔を向けた。


「じゃあ俺はこの事を課長に報告してくる。くれぐれも女を連れ込んだりするんじゃないぞ」


「そんな事分かってますよ」


 高島は不安な面持ちで扉を閉めた。

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