■Q4. この気持ちはどうしたらいい? /

 乾いた風が強く吹いて、首元を撫でる。思わず震えた木乃香このかは、コートの襟を立てて身を縮めた。

 駅前の広場には、同じように暖かそうな恰好をした人たちが大勢いる。その人たちと同じように時計を見上げると、待ち合わせまではあと五分というところだった。


「木乃香、お待たせ」

しゅん。ううん、全然待って……な……?」


 呼びかけられて振り向いた木乃香の言葉が止まったのは、待ち人のベージュのコート姿が似合っていたからではなかった。

 ――その隣に、知らない女性が、仲睦まじそうに腕を組んでいたからだった。


「こんにちは、茅間かやま先輩! 私、経理課二年めの二宗にしゅうです」


 少し幼い顔立ちの女性が、にこにこと笑いながら頭を下げる。その隣で、旬は少し赤い頬を誰もいない方向へ向けていた。


「えーっと……。いきなりでごめん、木乃香には伝えておいた方がいいと思って。夏帆かほ……二宗さんと、お付き合い、しています」

「え、あー……ああー……そう。そうなんだ。そっか。え、私聞いてないけど? いつから?」

「今言ったでしょう。……少し前から」


 旬の表情が、僅かに赤く染まっているのは、二月の寒さのせいではないようだった。

 木乃香の視線が、旬と夏帆の間を無遠慮に行き来する。しばしの無言の後、ぱっと笑みを浮かべた。


「そっかぁ。おめでとう。やるじゃん」

「あ……ありがとう」

「それじゃ、これはお礼とお祝いになるね。……はい、旬」


 木乃香が提げた紙袋から、小さな箱を差し出す。銀の細いリボンで飾られ、金の箔押しでブランド名が刻まれた、チョコレートの白い小箱だ。

 今度は旬がきょとんとする番で、差し出された小箱を思わず受け取ってしまってから、数秒してようやく頷いた。


「お礼って……もしかして、チョコレート?」

「そ。色々教えてくれたお礼……と、ついでに彼女が出来たお祝いね。食べて?」

「あ、ありがと――」

「ありがとうございますっ、茅間先輩! 仲良く、いただきますね」


 夏帆の手が旬の手に重なって小箱に触れる。

 苦笑する木乃香と、笑顔の夏帆の視線が、しばし絡んだ。


「それじゃ、私はこれで」

「あれ、カフェにでも、って」

「ばーか。若い二人を邪魔する役なんてできるか」


 ひらりと手を振って広場を離れた木乃香は、そのまま少し足を速めて歩く。

 目的地はない。ただ、早く二人から離れたかっただけだ。

 駅ビルの中、チョコレートの特設ショップが目に入る。バレンタインデーのポスターも。華やかで甘いそれらに視線を取られて足を止め、木乃香は笑った。


「本当に、ばか」


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百合で学ぶ高級チョコレート 橙山 カカオ @chocola1828

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