RE:スタート

一帆

RE:スタート 


何かに追われるように、暗闇を走っていた。

どこにむかっているのか、くだっているのか、登っているのか

それさえも曖昧になり、それでも、走り続けていた……。


もう、どのくらい走り続けただろう


時間の感覚も空間の感覚もなくなってきて、

動かしているはずの手の感覚も、自分の息遣いも

何もかもな曖昧になった

その時、


遠くに淡い光が現れ、それはあっという間に近づいてきて、——————


あまりにも眩しくて、僕は思わず、目を閉じた——————



◇◇◇◇



「始まりの村にようこそ」

「えっ?」

「ここは始まりの村です。あなたはこれから新しい人生をスタートさせることができます。戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」

「??」


 目を開けると、そこは真っ白な光の中。おまけに、ピンク色のウサギの耳をつけた執事服を着たアンドロイドが目の前にいる。


 何、この展開!

 アンドロイドのセリフは、まるでゲームのチュートリアルのようだな。


 そう考えたところで、僕は首をひねった。


 あれっ? 

 今、ゲームの途中だったっけ??

 あれっ??

 さっきまで何をしてたっけ??


「戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」と、僕の思考を遮るように、アンドロイドが同じセリフを繰り返した。


「あのさ、ここはどこ?」


 状況を把握しようと思って、アンドロイドに聞いた。


「始まりの村です」

「どうして、僕はここにいるの?」

「ここは始まりの村です。あなたはこれから新しい人生をスタートさせることができます。戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」

「新しい人生ってことは、僕は死んだの?」

「戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」

「職業を選ぶと何があるの?」

「ここは始まりの村です。あなたはこれから新しい人生をスタートさせることができます。戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」


 何を聞いても、アンドロイドは職業を選べとしか言わなかった。


 きっと、このアンドロイドには、職業を選ばせるというプログラムしか備わっていないんだろうな。


 じゃあ、とりあえず、職業を選べば、何か始まるかもしれない。


 そう考えた僕は、「じゃあ、戦士で!」と叫んだ。


「わかりました。戦士ですね。戦士の場合は、始まりの剣、始まりの盾、始まりの服が付与されます。また、500ゴールドが最初に与えられます。それでは、ご健闘を祈ります」


 アンドロイドがそういうと、真っ白な光は少しずつ消えて、もやが晴れるように世界が広がった。



◇◇◇◇


 目の前には、牧歌的な風景。

ライ麦畑が広がり、少し先に民家が見える。のんびりと牛が歩き、ボクの横を馬車が通り過ぎた。ピロピロと小鳥がさえずり、カァカァとカラスが鳴いている。少し歩いていくと、茶色い髪の子どもがボクの前を横切った。手には棒を持っていて、「シリウス、シリウス、星を降らせ」と叫びながら走り去っていく。


 前にもどこかで一度この風景を見たような気がする。

 どこか懐かしいと思う気持ちと、ぞわぞわっとした恐怖がひろがる。

 

 どうして怖いと思ったんだろう。


 僕は立ち止まり、首をひねった。


 村の外れでスリーテイルフォックスという魔物が出て、さっきの子どもが食べられてしまう、そんな光景が突然思い浮かんだ。


 スリーテイルフォックスは魔物等級8のやや中級の魔物。この剣で倒せるかどうかは怪しいけれど、とりあえず、子どもを保護して逃げればどうにかなるだろう。


 自分のことは何もわからないのに、魔物の知識がある自分を不思議に思いながら、僕は慌てて村の外れまで走った。まだ、スリーテイルフォックスの気配はしない。たしか、スリーテイルフォックスは臆病者で大きな音は苦手だったと思い出し、僕は「ポイポ―――イ、ポイポ―――イ」」と大声をあげた。


「なにしてんの?」


 さっきの子どもが近寄ってきた。


「近くにスリーテイルフォックスがいるから、声で脅してるんだ」

「えっ?  戦士ならスリーテイルフォックスをやっつけちゃってよ!」

「え?」


 今度は僕が聞き返す番だった。


「剣と盾をもっているから、おじさん、戦士でしょ? 戦士は村を守るために戦うんだってとーちゃんが言ってたもん」

「それは……、強い戦士であって、僕のようなかけだしの戦士では荷が重いというか、なんていうか……」


 おじさん呼びされたことを指摘する余裕もなく、僕はごにょごにょと言い訳を始めた。


「そんなの、単なる弱虫じゃん!」

「しかし……」


 僕と子どもが言い争っていると、突然、ざざっっと草むらが音をたてた。ぎょっとして、草むらを見る。茶色い毛並み。真っ赤な目。大きさは普通のキツネより少し大きいくらいだけど、しっぽが3つあった。僕の隣で子どもがカタカタと震えだした。


 スリーテイルフォックスだ!


 僕はあわてて剣を抜くと、とっさに子どもを僕の背にかばった。


「僕がスリーテイルフォックスの気を引いている間に、お前は村に走って大人を呼んで来い」


 子どもは小さくうなずくと、村に向かって走り出した。僕は剣先をスリーテイルフォックスに向ける。


 グルルルル。


 スリーテイルフォックスも殺気をたてて僕を睨みつける。僕はスリーテイルフォックスめがけて剣を振り下ろした。しかし、スリーテイルフォックスはそれをよけて、僕にとびかかった。


「ぐっ……くそ……」


 左わき腹にスリーテイルフォックスの牙が食い込む。僕は必至で払いのけようともがくけれど、スリーテイルフォックスの牙はどんどん深く食い込む一方だった。僕は無我夢中になって、盾でスリーテイルフォックスの頭を叩いた。


「このやろ離れろっ……くそ……」


 何度か叩かれたスリーテイルフォックスがようやく僕から牙を離し、飛びのいた。


 もう、痛みとしびれでなにがなんだかわからない。僕は真っ赤な視界の中、手あたり次第、剣を振り回した。右手も右足も焼けるように痛い。






 もうダメだ……。剣があれば、スリーテイルフォックスを倒せると思ったのに、今回はここで失敗か……。やはり、職業の選択ミスだな。魔法使いならスリーテイルフォックスを倒せたかもしれなかったのに。いや、魔法使いでも……。


 そう思ったとたん、僕の世界は真っ暗になった――――。



 


 ◇◇◇◇


「始まりの村にようこそ」

「えっ?」

「ここは始まりの村です。あなたはこれから新しい人生をスタートさせることができます。戦士、僧侶、魔法使い、博士、盗賊、料理人、商人、好きな職業をお選びください」

「??」


 目を開けると、そこは真っ白な光の中。おまけに、ピンク色のウサギの耳をつけた執事服を着たアンドロイドが目の前にいた…………。



                        おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

RE:スタート 一帆 @kazuho21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画