おじさんが就活生に送る言葉

黒鬼

おじさんが就活生に送る言葉

 俺は駅のホームのベンチに座りながら、スマホを取り出して、本日のニュースをチェックした。


 ◯◯芸人の不祥事、◯◯会社の社長が詐欺、◯◯国の情勢悪化。


 どのニュースも悪いニュースばっかり。


 画面を指先でスライドさせて追いやり、スマホゲームを起動する。


 受付嬢の期間限定衣装ガチャに無意識のうちにガチャボタンを押す瞬間だった、


「はあー……」


 隣にドカッと座った就活生らしき、ショートボブヘアの若い女が、クソデカため息を吐いた。


 ガチャボタンを押す指先が止まる。


 こいつのクソデカため息のせいで、俺の運気が下がって下手したら運営が配布している無料ガチャチケットを使い果たし、命の次の次の次くらいに大事なガチャ石を消費する羽目になるのでは無いか?


「はあー……」


 クソデカため息二発目だと⁉︎ わざとやってんのかよ……。


 チラリと気付かれないように女を見ると、割と可愛く整った小顔の女だった。


 これ以上、運気を減らされてたまるか。


 ベンチを立ち上がると、女にむんずとスーツを掴まれた。


「な、なんだよ……」


「おじさん、私がこんなに落ち込んでいるのに理由とか聞かない訳?」


「ふん。俺は宇宙の神様は信じないし、悪徳マルチのネズミは、やらねーからなっ!」


 女は、きょとんとした顔で俺をみて、すぐに笑い出した。


「あはは! 違う違う! 私、そういう感じに見えんの? うけるー」


「俺に寄ってくる女は大体そうだったからだ。おまえの知り合いの居酒屋と喫茶店にも行かないぞ、どうせ怖いお兄さんが出てくる」


「おじさん、結構女に騙されてんねー。カワイソ、ぷぷっ」


「うるせぇ」


 女はひとしきり笑い終えると、視線を地面に落として口を開いた。


「私、秋田から上京して友達の家に居候しながら就活してるんだけど、全然ダメでさ。あと一時間後に面接受ける会社でダメなら諦めて、実家に帰ろうかなーって思ってるの」


 秋田には俺の実家があるが、女の話す言葉になまりは感じない。


「ふーん。まあ、暇だし面接の練習でもしてろうか」


「……いいの? じゃあ、こほん」


 女は背筋を真っ直ぐに伸ばして、俺を真っ直ぐみた。


「お名前、出身校をお願いします……知らないおっさんに言わなくていい、適当なので言えよ」


「はい、じゃあ……桜木 百華。出身校は、えーっと東大法学部です!」


「えっ、マジで?」


「適当です!」


 桜木は、一瞬笑いそうになったが口を真っ直ぐに戻した。


 ちょっとだけ意地悪してやろう。


「はいはい、桜木さんね。なんでウチ選んだ? 他にも色々な会社あるでしょ?」


 この質問に俺は、当時上手く答えられなかったが、彼女は平然と笑顔を見せた。


「はい。小学生の頃、友達にカバンに合った服を選んで喜んでくれたのが、すっごい嬉しくて大人になったらアパレル関係の仕事をしたいと考えて、業界でも有名な御社を選びました」


「おーっ、いいじゃないか。君は個人的に採用だから明日から来なさい」


「やったー! ってなればいいんだけど」


 桜木は肩をガックリと落とした。


「質問にしっかり答えれるし、エピソードの話も悪くない。単におまえを担当した面接官が、ふし穴なんだろうよ」


「おっ。おじさん、私を慰めてくれてんの? このこの」


 俺の脇を肘で突く桜木。


「違う」


「違うの?」


 桜木は目を潤ませて、俺を見上げてくる。


「……わない」


「だよね!」


 出会って数分で大変慣れ慣れしい奴だが嫌じゃない。こんなのが後輩にいたら絶対楽しい職場になるだろう。


「私、無事に就職したとしても、この先上手くやれるか不安だよ」


「そうか……バイトとかした事あるか?」


「あるよ。コンビニのバイト」


「俺は就職するまでにバイトとか、金を稼ぐ事をした事が無かった。多分、おまえより不安だったし正直、自信が無かった」


「えー、バイトしないとみんなで遊びに行けないよ」


 この陽キャ脳め。こいつは友達が沢山いやがるようだ。


「おじさんは、昔から孤高の一匹狼だったから平気だったのさ」


「それは、ただのぼっちじゃん……」


 なんだか哀れみの視線を感じて、目線を逸らした。


「俺からしたら変な客の相手とか、コンビニのレジ打ちや品出しとか、商品めちゃくちゃあるのに、よくミスらないで出来んなと思うよ」


「あんなの教わったら、誰でも出来るよ」


「そこだよ」


 俺は桜木を指差しながら話を続ける。


「知らない仕事でも、実際に自分でやってみると大体は普通に出来る。だから心配いらない。今の問題はこれからの面接だけだろ? ネガティブな思考ってのは、くっついて巨大化しやすい。まずは切り分けて考えろ」


「おじさん……中々言うじゃん」


 これは読みまくった自己啓発本の影響である。もちろん、彼女に言わないが。


「おじさんに話を聞いてもらって、少し緊張感が無くなったかも」


「そりゃ良かったな」


「おじさんって、何か夢とかある?」


 突然、桜木は真っ直ぐした視線を俺に向けた。


「……あるって言えばある。昔、クラスメイトに話したら笑われたから言わない」


「私は絶対笑わないから! ねっ? 言ってよ? ほらほら!」


「……ラノベ作家」


 桜木の笑顔が難しい顔に変わっていく。


「私の友達でラノベ作家を目指していた子がいたの。でも、毎回コンテストに応募しても落選するし、投稿しても誰も評価してくれないってよく言ってた。私が流行っている異世界転生モノとか、ハーレム最凶拳士とか明るくて楽しいの書いたらって言ったんだけど、自分が書きたいジャンルしか書かないって喧嘩になっちゃった」


「なんか俺と似てるような……」


「それから私が転校になって、喧嘩別れになっちゃった。私が言いたかった事がちゃんと伝わってなかったまま」


 右手を銃の形にして軽く叩いた。


「代わりに聞いてやるよ。……おじさんで良ければ」


「あ、うん」


 最近の若い子は、あの神SFの作品のネタを知らないのか⁉︎ そんなにマニアックなネタだったか?


 桜木はその言葉を俺に耳打ちして、ホームに入ってきた電車にぴょんと飛び乗った。


「おじさん、じゃあーねー!」


 まるで遊んだ後の子供の別れ方みたいに幼稚だった。周りの人達が俺と彼女を交互に見て不思議そうな顔をするが、どうでもいい。


『◯◯行き、発車します』


 駅員のアナウンスが聞こえてくる。


 俺はもう桜木とは恐らく一生会わないだろう、そんな彼女に俺はなんて言えば……。


 おまえなら受かる? 違う。


 頑張れ? 違う!


 上手くやれよ? 違う‼︎


 目の前で桜木を乗せた車両の扉が閉まっていく。


 ははっ、もうこれしか無いよな!


「おまえも楽しめよーー‼︎」


「いや、私と同じじゃ」


 閉まった扉越しでお互いを見ながら、なんだか可笑しくて大爆笑した。


 桜木が大きく手を振ったので、こちらも負けじと振り返す。


「……こっちも楽しくやるよ」


 電車は、彼女を乗せてゆっくりとスタートしていった。


            ※


 おい、桜木。こんな感じでいいか? おまえが『自分が楽しくないのに他の人を楽しませられる訳ないじゃん』とか言うから、おまえとのやり取りを小説風にしてみたよ。


 面接は上手くいったか?


 仕事は決まったか?


 社会人は慣れたか?



 一応書いておく……こっちは、これを書いていて楽しかったよ。

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