缶詰とコマ
丸山 令
とりあえず、気になっていたことは やってみようと思った
やってみたかったことがある。
それが、これ。
カクヨム恒例、鬼企画。
お題にあわせて短時間で短編創作。
しかし、いざ書こうとすると、まぁ〜出てこない。
小難しく考えすぎなのか、良いものを書きたいと気負い過ぎているのか。
そんなわけで、丸一日。
何をしていても、頭の中は、お題のことで一杯だった。
ところで、皆さんは料理をするだろうか。
私はする。一応。
今日は我が家のチビたちがスイミングだったため、愛しのハニーは送迎に出ている。
バスじゃないんかい!
我が家は辺境在住故に、スイミングバスのルートから著しく外れている。
しかも送った後、一度戻るのが馬鹿らしい程度には遠いので、レッスン終了まで戻らない。
話を戻すが、そんなわけで、家族が帰ってくる前に、私は夜食の下拵えをしていた。
以前作った、大根とツナ缶を白だし(ヤ⚪︎キ)で煮ただけの代物が、何故かやたらと高評価だったので、今回は、そこに玉蒟蒻と高野豆腐を入れた豪華版を作ることにする。
ちゃんと大根の面取りしたかって?
薄く切って軽く下茹ですれば、ちゃんと火は通る。
これで、柔らかな笑顔で「煮物の大根、シャッキシャキだね〜」などと言われる心配はない。
下茹でしている間も、使った道具を洗っている間も、頭の中はお題で一杯だ。
スタート スタート……。
スタートで思い出した。
自動ボタン押しとこう。ぽち。
それにしてもスタートねぇ。あー。こないだ考えてたアレ、使えないかな?
思い立って、ポチポチメモを取ったり、アクをとったり。
立ったままスマホで、大雑把なプロットを立てる。
うむ。短編だから、こんなもので良いか。
そうこうしているうちに、家族帰還。
しまった!
などと、慌てる必要はない。
つい十分ほど前に自動ボタンを押したから、既に風呂の準備は万端だ。
後は……お、米も炊けてるし、味噌汁も味噌を入れるだけ。
もやしサラダは既に出来上がっている。
そしたら、今回はどのツナ缶を入れようか。
食材棚を物色していると、背面からタックルを喰らった。
カラスの行水の息子である。
後ろ手に頭をわしゃわしゃ撫でてやると、嬉しげにキャッキャと笑う。
猿かっ。無駄にかわいい。
「今、何をしているところ?」
「ツナ缶を選んでいる。オイル入りか水煮か。或いは、この頂き物のキャノーラ油使用のか」
「これが良い!」
「高いのいったな。よし。今日はキャノーラだ。しかも二つ入れる」
「わぁっ! 僕あける!」
「お手伝いか。よし。やってごらん」
「これって、ジュースの缶あける時と一緒?」
……一抹の不安。
いや。ステイオンタブじゃないぞ。
「上側全部開くから。ええと、このタブに指を引っ掛けて、こう」
一つ開けてみせる。
これまで缶詰開けたこと無かったのか。
初めてやるって、こんなにも……。
力加減と力を入れる方向が分からずに、なかなかうまく開かない。
だが、「おい、まだか」とか、流石に言えない。
全身をぷるぷるさせながら、タブを前へ後ろへ試行錯誤。その瞳は、好奇心で輝いている。
何だ、この可愛い生き物はっ!
感じいること数十秒。
ようやくぱかっと蓋が開いた。
「わっ!やった!あいたー!」
初めて缶詰の蓋を開けられて、満面の笑みでこちらに缶を差し出してくる。
その無邪気な顔にほっこりしつつ、そこで はたと気付いた。
『新しいことに挑戦したい気持ち』って、多分成長の始まり、スタートである。
おい。ごりごり寄せて行ったな。
辛辣な突っ込み、ありがとう。
ともあれ、何となく、息子に先を越されてしまった気がして、ちょっとばかり悔しくなった。ぐぬぬ。
お手伝いに飽きたらしい息子は、キッチンの片隅でコマを回し始めている。
手で回す可愛いのではなく、紐で回す本格的なアレだ。
狭いキッチン、割れ物も多い。
にも関わらず、小器用にコマを操る息子。
そういや、コマって回したことがない。
息子にコマを教えてくれたのは、保育園の保育士さんである恩師、A師匠。
新しいことに挑戦。
何かを始める。スタート。
こんな歳になった私でも、挑戦、出来るだろうか。
「それ、格好良いな。やってみたい」
思わず、口に出していた。
息子は、ぱぁっと顔を明るく輝かせて、いそいそとこちらにやって来る。
「やったことないから、詳しく教えて?」
「良いよ!まず、紐の輪を上の棒にかけて、下から巻くの。そしたら、紐のはじを薬指と小指で持ってね、人差し指はここ。親指は……」
滅茶苦茶丁寧に教えてくれる。
この子にここまで関わってくれた皆さんに、無性に感謝したくなった。
「そしたら投げるんだけど、横から投げて、ええと、最後ちょっと上?に引っ張る感じ」
「上?」
「そうしないと、紐外れないでしょ?」
なるほど。物理である。
息子師匠に教えて貰った通り、いざ、挑戦!
何と。一発で回りましたとさ。
持つべきものは良き師匠。
そして、幾つになっても、初めてのことに挑戦するって大事なことだ。
今年は『挑戦する』を始めてみよう。
……めでたしめでたし、で、終われたら良かったんだけど、人間のマルチタスクって限界があるよね?
風呂から出てきて、家族で食卓を囲む。
前回褒めてもらったから、と、早速煮物を口にして、気付いた。
「あ、味見忘れた」
「薄味狙ってるのかと思った。大丈夫。ダシの味がして美味しいよ」
「あー。うん。ありがとう?」
缶詰とコマ 丸山 令 @Raym
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます