第五話

「やれやれ……」

 タイムは、伸びている盗賊を再び埋めようとするシラーを呆れながら見ていた。

「えっ、ちょっと!」

 慣れた手つきで身ぐるみを剥がすシラーに対して、驚きと恥じらいを感じるハルジオン。

 お察しの通り、三人は盗賊に勝った。それも、ハルジオンの防御魔法のおかげで、傷一つ負わなかったほど圧倒的だった。さすがは賢者の末裔、といったところだろうか。

 シラーが盗賊どもを前回よりもさらに深く埋め、一行はまた進み始めた。

「……そういえば、お前らはいつから知り合いなんだ?」

「ああ、そういえばまだ詳しく言ってなかったわね……。私も昔、シラーと同じ村に住んでたのよ。大体三歳から七歳くらいまでね。あの時のシラー、ずっと私にベッタリでね。今より随分可愛げがあったのよ?その後、両親と共に祖父の実家を受け継いで、しばらく暮らしてたんだけど……。ある時から記憶が全くないのよね。気づいたら、あそこにいたというわけ」

「そんじゃ、今何歳なんだ?」

「十四。おっさんこそ、幾つなの?」

「おま……!おっさんとはなんだ!これでも俺は二十一だ!仮にも俺の娘だろ、お前!」

「言ったでしょ?私はあんたを父親とは思わないって」

「ぐ……!じゃあせめてお兄ちゃんだとおも……」

「それも生理的に無理」

 シラーが大会で見せた大技よりも高い火力の前に、あえなくタイムは撃沈した。


 そんなこんな話しているうちに、一行は次の国「ルーベリー」にたどり着いた。

 この国は世界でも有数の学術都市で、特に魔術に関する学問が発展している。ここで色々な魔道具を揃えるのが目的だ。

 そこら中に魔法陣が張り巡らされた街並みを進む。

「……なかなか楽しげな街だな。ま、俺は全く学問ができねえが」

「初歩の魔法くらいは覚えたら?便利よ?」

「生憎と俺には魔力がほとんどねえんだ。生まれ持ったバカには難しいこった」

 そんな話を聞いていると、前方から雪崩のような人の山が悲鳴をあげながらこちらに向かってきた。

「なんだ!? 何があったんだ!?」

「あそこ!火が出てる!」

 ハルジオンが指さした方向を見ると、確かに出火している。かなり大きい炎で、建物ごと焼きつくそうとしているほどだ。

「どいてくださいっ!」

 人混みをかき分けて、一人の女性がこちらに向かってきた。迷うことなく火の前に立つと、

「ごめんなさい!手加減できない!」

 そう言うと、彼女は詠唱を始める。

「あんた、危ないから早くこっちに……」

 タイムの忠告が終わる前に、詠唱を終えた彼女が魔法を発動する。みるみるうちに建物を覆っていた炎を氷が覆い返し、代わりに建物が氷漬けになった。比較のために例を挙げると、大会の結晶にてシラーが全力で詠唱してタイムを足止めした、あの魔法の十五倍ほどの出力だろうか。これほどまでの出力の魔法を、詠唱だけで使ってしまうとは……。

「大丈夫ですか?」

 彼女は振り返り、ようやく顔を見せてくれる。かなり整った顔立ちで、肩と腰の中間くらいまで伸ばしたチョコレート色の髪。すらりとしたスタイルが、魔法研究者を示す藍色のローブとよく合っている。一言で言うなら、美人である。

「あ、ああ……。すごいな、あんた……」

「お褒めに預かり光栄です。その格好を見るに、旅をしていらっしゃる方ですよね?この国へは何をしに?」

 シラーはここに来た目的を話した。

「なるほど……。魔道具が目的ですか。それなら、私がいくつか見繕ってあげましょうか?」

 ありがたい申し出である。こうして、彼女と共に行動することになった。


「申し遅れました、私、ルーベリー魔法院古代魔術科所属のカトレアと申します」

「お、おう……。なんか凄そうだな……」

「この国は魔術学が盛んですから、新しい魔法具も日々生み出されています。旅に役立てられる魔法具というと……。この店でしょうか」

 辿り着いたのは、モダンな雰囲気の中に幻想的な空気を含んだ魔法具の店だ。中に入ると、澄んだ鈴の音が響いた。

「わぁ……。本当に色々な魔法具があるのね……。これは携帯式の火種……。魔力がない人でも使えるみたい。こっちは魔力を込めると水が無制限に湧き出す瓶……。高度ね……」

「他にも、魔力で特殊な紙に焼き目をつけて、目に見えたものを保存する『写真機』なんてものもありますよ」

 どれも確かに魅力的だ。しかし、金は有限なのだ。さらに言えば、大会の賞金は日々の生活費に充てる予定のため、使えないのだ。高価な魔法具の中で何を買うかは慎重に考えなければならない。

「そういえば……。ここにも『アゴラ』の支部があるみたいだな」

 そうか。金は稼げばいいのだ。

 大半が忘れているであろう組織「アゴラ」についておさらいしておこう。この組織は民間の便利屋みたいなもので、困り事やちょっとした仕事などを斡旋してくれる。こちらの世界で例えるとバイトを紹介してくれるスマホのアプリが一番近い。

「あの……。お金のことでしたら、私がどうにかできるかもしれません。研究室で余っている経費があるはずですので、上手くやれば……」

「そんなことして、本当に大丈夫なのかよ?見ず知らずの俺たちに経費を横流しした、なんて知られたらまずいんじゃねえか?」

「ええ、そのことなんですが……。私の頼みを一つ、聞いていただきたいのです」

「頼み……?」

「私だけでなく、魔法院も困っている問題なのです。でも、私に白羽の矢が立つのは分かるのですが、私もどうにもできない、というのが現状でして……」

「あんまり大きなことはできねえぞ、俺ら……。新しい魔法を創れとか言わねえよな?」

「ええ、内容自体は至極単純なのですが……。私の、兄を捕まえてくれませんか?」


 彼女の話を要約すると、彼女の兄・プラタナスは魔法院でも随一の才能の持ち主であるが、極度の面倒くさがりで、未提出のレポート、課題、研究の報告書を百件近く溜めているらしい。ひとつでも提出すれば魔法学が十年は発展してもおかしくないほどのため、魔法院は必死に彼に提出させようとしている。が、教授ですらも魔法で負かしてしまい、ことごとく逃げられているそうだ。

「私の兄は、ここにある魔法具の値段よりもはるかに大きい利益をもたらします。だから多少余っている経費を横流しするくらいは目を瞑ってくれると思います。引き受けて、くださいますか?」

 正真正銘の天才を相手にするのは骨が折れそうだが、やるだけやってみるしかあるまい。

 シラーは承諾した。どうやって捕縛するかはまた考えようと、店を一旦出ようとしたとき。

 再び、澄んだ鈴の音が響く。

「あれ?カトレア?」

「……お兄ちゃん!?」

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ブバリア あませき @amaseki

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