第四話

 月明かりの下、シラーの故郷の村に、フードを被ったローブの少年が一人でかがみこんで、作りたての墓前で手を合わせていた。炎自体は鎮火しているが、既に家屋は完全に焼け、人がいた痕跡は消えかけている。

 ふと、少年は足音に気づいた。野生の獣とは違う、人ならざるものの足音。

「何奴だ」

 声がした方を少年が振り返ると、魔物が数匹、こちらに向かって歩いて来ていた。圧から分かることは、それなりに上にいる魔物ということだ。少なくとも、今のシラーやタイムでは勝てないほどに。

「魔王軍第二部隊隊長、メウ。魔王様からとある密命を受けている。残念だが、我らを見てしまったからには生かしておけん」

 そう言って魔物達は臨戦態勢に入る。少年は軽く溜め息を吐き、右の腰にある日本刀を抜く。太刀ではなく、脇差のようだが……。その刀のあまりの歪さに魔物達が一瞬恐れたとき。

 魔物のうちの一体に近づき、刀で胴を両断した。少年のローブには血が飛び散り、次の獲物を見定めるように見回す。魔物が一斉に飛びかかる。少年は指先から炎魔法を放つ。あっという間に全員が狂炎に包まれ、メウ以外の魔物は消し炭になり即死したが、メウはまだ生きていた。だが、既にメウも左腕を炎で失い瀕死だ。メウは魔物特有の魔法を放とうとして、詠唱を始める。それに気づいた少年は、振り向きざまにメウの首を跳ねた。一層大きい血飛沫が少年を染める。転がった生首となったメウは、少年の顔を睨みつけた。少年は刀に付いた血を振り払い、右の腰に納めた。そして、何事も無かったかのように墓に向き直り、再び手を合わせ始めた。

 メウが絶命し、ただの魔力の塊となった頃。

 彼は懐から本を取り出し、読み始めた。文字は次々に書き足されていく。表紙には『♌︎◆︎❖︎♋︎❒︎♓︎♋︎』と書かれている。


 仲間が一人増え、シラーは宿にて次の目的地に向かう準備をしていた。折れた剣はタイムの計らいにより、新しい剣を打ち直してもらった。

 賞金は有事の際の貯金にしておき、次の目的地を確認する。地図も買い、明日はいよいよ出発だ。

 翌朝。ヒンバナガを出発した二人は、早々に盗賊に絡まれた。

「よお、金品を置いて行きな。通行料ってやつだ」

 そう言って盗賊どもは、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。いや、ニチャニチャと言った方が正しいかもしれない。

「六人か。三人ずつで分けようぜ。じゃ、俺はあれとあの二人をやるから、後は頼んだぞ」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる!さっさと金品を置いてけ!」

 激昂した盗賊達は一斉に武器を抜く。タイムは予告した三人に飛びかかり、豪快に戦闘を始める。シラーも剣を抜き、残りの三人と戦闘を始めた。

 一人を剣で相手して、二人を魔法で牽制する。一人倒したら、次の相手。これを繰り返して、三人をあっという間に制圧した。盗賊に魔法を扱える者がほぼいないので、魔法で妨害される心配もないのだ。タイムも三人を同時に制圧し終わったらしい。

「さて、こいつらはどうするかな。縛って道端に放置でも良さそうだが……」

 シラーは伸びている盗賊達の身ぐるみを全て剥がし、頭だけ出して彼らを道の脇に埋めた。剥ぎ取った衛生的とは言えない身ぐるみは、その場で燃やしてしまった。この世界ではうっかり盗賊などを殺しても罪に問われることはないのだが、出来ればシラーは人を殺したくはない。ただし襲ってきたことを許す気もない。

「いいな、これ。身ぐるみを剥がされる気持ちを分からせるのにピッタリだ。誰も救助しなきゃ馬の糞にまみれてすげえ臭いになるし、改心させるにはいいんじゃねえか?次から、皆こうしようぜ!」

 二人の「やられたらやり返す」みたいな考えに付き合っている場合ではない。気絶している盗賊達を放置し、二人は旅路を急いだ。


 二日ほど歩き、ある孤児院に辿り着いた。

「こんなところに用があるなんて……。お前、何しに寄ったんだ?」

 シラーは答えず、扉を叩く。出てきた院長に「ハルジオン」に会いたいという旨を伝えると、すぐに院長と入れ替わり、シラーと同じくらいの少女が出てきた。ツインテールの黒髪に、気が強そうな目。いかにもツンデレ?とかいう部類に入りそうな雰囲気を纏っている。彼女がハルジオンのようだ。

「久しぶりね、シラー。大体五年ぶりくらい、かしら。あの時と比べると、大きくなったのね」

 シラーはここに来た理由……魔王討伐の仲間を探しに来たことと、魔王と自分の因縁について伝えた。タイムは一度聞いた話だからか、すぐに木に寄りかかり、眠り始めた。

「なるほどね……。賢者の末裔としても、私個人としても、旅についていきたいんだけど、まずここから出なきゃいけないの」

 それについてはシラーには考えがあった。

 まずシラーはタイムの名前を紙に書き、寝ているタイムの指紋を朱肉につけ、押させる。

「……なに書いてんの?すっごい嫌な予感がするんだけど、それ……」

 シラーはハルジオンに一日待つように伝え、孤児院の院長に記入した紙を渡した。院長に自分と魔王との因縁を話すと、彼女の境遇や身分なども考慮し、紙に書かれた内容にサインをくれた。

 翌日。院長に受理された紙を見せると、ハルジオンだけでなく、タイムも驚愕した。

『さ、里親……!?』

「私の里親が、この人!?」

「俺の養子が、こいつ!?」

 二人して驚きを隠せないのも無理はない。だって本人達には何も話していないのだから。

 シラーは密かに、ハルジオンの里親としてタイムの名前を書いており、あの紙は里親届であった、というオチだ。ただ、シラーがここまでして彼女を旅に加えたかったのには理由がある。昨日の院長との話を思い出してみよう。


 シラーが院長の部屋で、来訪の理由や彼女を引き取りたいことなどを伝え終えた後。

 火が消えかけていた暖炉に、院長は薪をさらにくべる。

「……シラー君。君は彼女と昔同じ村に住んでいたことから、旧知の仲だと聞いています。彼女の身に……昔の彼女に何が起きたか、君は知っている。そうですね?」

 シラーは頷く。薪をくべ終えた院長がシラーと向かい合うようにしてソファに座った。

「私が彼女をここに迎え入れたのは、仕事の帰りに彼女を見つけたからでした……。初めて見たときの彼女は、雨に濡れ、震える手でナイフを握っていました。近くには、彼女のご両親と思われる遺体と、魔物だったと思われる魔力の塊……。魔物が彼女の一家を襲撃したのでしょう。近づいた私にナイフを向け、威嚇しつつも酷く怯えた様子でした。私は彼女を拾い、この孤児院に連れてきた。その後、ここに慣れ、他の子達と話が出来るようになったときには、彼女は初めて会ったときの記憶を無くしてしまった」

 暖炉の火はパチパチと音を立てて、続きを促した。

「……彼女の身元を調べるうちに、彼女は賢者の末裔であることが分かったのです。君がここに来たことにより、彼女の一家が魔物に襲われたことと、魔王が繋がった。彼女は、記憶が無い間に何があったか知りません。それを伝えるか否かは任せます。……あの子を、頼みましたよ」

 シラーは、今は彼女に伝えないことを告げ、院長の部屋を後にした。


 さて、これでハルジオンを連れ回す口実ができた。賢者の末裔であるハルジオン様がいらっしゃれば、さぞかし魔王討伐も楽になるに違いない。

 納得していない二人を引きずり、さっさと次の国へと向かう。

「……あんたを絶対に父親とは思わない」

「上等だ。俺も絶対にお前を娘とは思わない」

 仲が良さそうで何より、と思いつつ進む。

「あ!あいつらです、俺たちから身ぐるみを剥がして、道端に埋めたやつらは!」

 後ろを振り返ると、三日前に道端に埋めた盗賊が、仲間や親玉らしき人を連れて追ってきていた。

「ようよう、オレサマの子分が世話になったみたいだな。礼をしに来たぜ」

 数は前回の倍ほどに増えている。シラーは剣を抜き、タイムは重心を落として構える。ハルジオンは杖を握り直し、詠唱を始める。

「お前ら!遠慮はいらねえ!この前の借りを返してやりな!」

 その声を引き金に、盗賊達がこちらに向かってきた。

 それと同時に、ハルジオンの詠唱が終わる。三人の体を魔力の膜が包みこむのを感じた。

「防御魔法を張っておいたから、多少の攻撃は大丈夫。思う存分蹴散らしてきて!」

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