千夜と希夜-チヨとキヨ-

@rolo0001

第1話

「おーい、もちーこれも持ってって〜」

背後から男子生徒が門場千夜を呼ぶ。

〈また、その呼び方。。〉

"もんば ちよ"の頭文字をとって"もち"。

ふくよかな身体つきをしていて色白で、どことなく餅に似ているからつけられたそのあだ名を、自分の容姿に劣等感を抱く千夜は良く思っていない。

睨みそうになるのをぐっと堪え、千夜は愛想良く作り笑いをしてうんと答える。

「ちょっとは動かないとなあ〜いやぁダイエットに貢献できて嬉しいわ〜」

男子生徒の周りの生徒からどっと笑いが起こる。

学生にありがちな相手の気持ちを考えていない発言に、千夜はほとほとウンザリしている。

高校生なのだし、もう少し相手の気持ちに配慮した発言ができないものなのかと心の中では反論することができても、それを言葉にする勇気のない千夜はまた愛想笑いをしてその場をやり過ごす。

昼休み、千夜はいつもの通り中庭の一番隅、日が当たらないベンチで1人で座っている。

春先のこの場所は、まだ風が冷たくて日が当たっていないことがより一層の寒さを演出した。

指定通りの膝下スカートをさらに下に引っ張り、靴下を最大限まで伸ばして寒さを少しでも凌ごうと試みる。

「はあ、いつまで続くのかなこのイジり…」

高校生2度目の春となった今も、変わらないこの状況に嫌気がさす。

案外、いじっている側は気にしていない一言をいじられる側はずっと心に重くのしかかるように残っているものだ。

同級生がコミュニケーションのつもりでとった行動が、受け取る側からしてみたら悪い意味合いが強くなってしまう事は多々ある。

それは、どちらも悪くないのかもしれないしどちらも悪いのかもしれない。ただ、お互いの考えを伝え合うなにか出来事がないとこの両者は一生分かり合えないであろう。


鬱々とした気持ちでお弁当の中に入っている玉子焼きを食べようと箸を近づけた時、自分の目の前でバサバサッと書籍の落ちる音がした。

顔をあげるとそこには今年初めて同じクラスになった吉瀬希夜がいた。

黒くて長い綺麗な髪の毛を耳に掛け、慌てて書籍を拾う横顔は、なにかの写真集の1ページかのようにあまりにも綺麗で千夜は一瞬見惚れてしまった。

ふと我に返る。慌ててお弁当をベンチに置き、希夜の手伝いをしに駆け寄り書籍についた砂をほろこって手渡した。

希夜は驚いた表情で千夜を見上げ、何やら手で合図をしてきた。

希夜が耳の聞こえないことを知っていた千夜はすぐにそれが手話であることに気付いたが、何を意味しているのかは分からないので、いつものお得意の愛想笑いで誤魔化し、お互いにお辞儀をしてその場を離れる。


食べかけだったお弁当を再度膝の上に置き、残りのおかずを食べ始める。

〈吉瀬希夜ちゃん。名前一字しか変わらないのになんでこんなに違うんだろう。あの子はきっと人生勝ち組なんだな私とは正反対…もはやずるいな色んなものを与えられて。まあでも…〉

そこまで考えたところで予定のチャイムが鳴り、千夜は慌てて教室に戻った。

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