第2話

「被害者は枕を顔に押し付けられ、窒息しているように見えました。けれども、被害者の横に転がされていた枕には跡がなく、凶器ではあり得ません。

 それどころか、別荘のどこにも、そうした跡が残った枕が存在しなかったのです」

 佐米警部はリビングを歩き回りながら、話し続ける。

「もちろん、枕そのものじゃなくても良いんですけどね。洋服の入った風呂敷だとか、丸めたパーカーだとか、代わりになるものはたくさんあります。

 けどね、昭飯さん」

 ここで、警部は部屋の中にいる、もう一人の前で立ち止まった。相手は椅子に腰掛けたまま、自分の爪先を見つめている。

「私が気になったのは、顔の下半分に火傷の跡がついていたことです。枕や服なんかでは、あり得ない」

 昭飯と呼ばれた男は、のろのろと顔を上げた。警部は、ぐいっと顔を近づけて、男の目を覗き込む。

「炊き立てのごはんを使いましたね。おそらく、チャック付きポリ袋にでも入れたんでしょう。

 犯行後、中身を食品用ラップフィルムで小分けして冷凍してしまえば、証拠隠滅ってわけです」

 にっこりと笑ってみせる警部から、昭飯は目を逸らすことができない。ただ、二度三度と瞬きを繰り返した。

「凶器さえ分かってしまえば、証拠を見つけることは簡単です。近いうちに逮捕して差し上げますよ。

 しかし……」

 佐米警部は腰を伸ばし、ドアへと向かって歩き始める。昭飯の横を通るとき、ぽんと肩を叩くことは忘れなかった。

「ごはんが冷めるまで待てば良かったのに。私に不要なヒントを与えてしまいましたよ」

 昭飯は顔を上げた姿勢のまま、ぼそりとこう言った。

「炊き上がったら直ぐに冷凍しないと不味くなってしまうだろ」

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ごはん殺人事件 @rona_615

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