場で朽ちる

「そろそろ看板でございます」


 と、店の者に声をかけられて、竹庵と東村は連れ立って店を出た。いつの間にか、連れ立って店を出るような間柄になっている二人である。


「竹庵、宿はどっちだ」


 既に呼び捨てである。


「梅屋。分かりますか?」

「さっきも言ったが、もう三日ばかりこの宿場にいるからな。分かるよ。橋の向こうだろ。というか、宿というか遊郭だが。さすがは破戒僧」

「誤解があるかもしれませんが、按摩をする名目で渡り歩いているのです。情報が、集まるので。そのような場所には」

「なるほどな。だから、あの呑み屋に来たんだな」

「ええ。頬傷の男が出入りしている、と、聞きましたから」

「だが、それはおれのことじゃあなかった。おれのことじゃあなかったが」

「知っているのですね?」

「ああ。この宿場に来てその最初の晩にな。会ったよ。そんなに目立つ傷じゃあなかったが、確かに右頬、縦一文字の刀傷の浪人者。やつだと見て間違いあるまい」

「そうですか……」


 寒空の下を、二人は連れ立って歩く。


「そいつに、何をされたんだ、竹庵」

淀屋橋外院よどやばしげいん。私の姉を手籠めにした。姉はそれを恥じて自害しました」

「ふむ。まあ、そんなところだな。憎むべき仇ってわけだ。で、それを見つけてどうする。斬るのか」

「いえ。拙僧は侍ではありませんから」

「助太刀しようか?」

「……それは有難い。しかし、危険ですよ」

「危険が怖くて侍はな、勤まらんのよ。これでも城詰めの身だったからな」

「それがなぜ脱藩などなさったのです」

「いやぁ、城内でこっそり煙管を使ったら、ボヤが出て城が焼けた。残れば切腹は間違いなし。それで逃げたのよ」

「呆れた人ですね。それでそんな火傷があるわけだ」

「そういうこと。ところで、梅屋ならそこだ。おれを雇うつもりがあるなら、おれもここに泊まるが」

「また人の財布を当てにしてからに」

「そう言うな。脱藩浪人なんて惨めなもんでな。たまには女遊びもしたい」

「まあ、いいでしょう。金なら出します。助太刀の相談は、明日にでも」

「話が分かるねえ、相棒」


 そういうことになった。そして、翌日。


「いやー、昨日は楽しかったぜ。で、二人、相談がてら散歩に出ているわけだが」

「ええ」

「そこにいる」

「え?」

「頬に刀傷の男。別の遊郭から出てきた」

「有難い。この日をどれだけ待ったことか」

「おれが斬ってしまっていいのか?」

「いえ。これこれこういう手はずでお願いします」

「分かった」


 東村が怒声を発する。


「淀屋橋外院! 覚えたるか!」


 そっちも素浪人の風体をした男が、ぎょっとして固まる。


「なんだ、お前は? ……いや、前に酒場で見た顔だな」

「おれ個人はあんたに恨みはないんだが、袖すり合うも他生の縁というやつでな」

「なんだ、そりゃあ。要するに仇討ち代理ということか」

「まあそういうこと」

「なら、場所を変えよう。ここは天下の街道筋――」


 と、言ったところで。


 ばーん。


 という、大きな破裂音が響き渡る。


「え?」


 とだけ言って、外院はばったりと倒れた。血が出ている。というか、既に絶命していた。


「携行用の短筒を、盲人杖に拵えて年中持ち歩いているとはな。恐ろしい坊さんだ」

「褒めても、何も出ません。囮になってくれて有難うございました」

「なに、水臭いことは言わんでいい。それで、礼金だが」

「ああ。それなら、拙僧の持ち金の残りを、全部持っていっていただいて結構ですので。それじゃ、有難うございました」


 と、言うが早いか。竹庵は、たーっと走り出して、


「あっ、おい!」


 路傍の井戸に身を投げた。井戸からはしばらく水音がしていたが、やがて静かになった。もちろん東村と名乗っていた男は宿場の役人に捕まって、こってりと絞られたが、彼自身は何もしていないのでまもなく放免となった。


「あーあ。つまらねえ、つまらねえ」


 東村は旅装に身を固めながら、ぼやく。


「ようやく、この旅にも道連れができたかと思ったのに」


 その表情に差しているものは、愁い、とでも云うべきものであろうか。


「あーあ。つまらねえ、つまらねえ」


 そして、男は宿場を発つ。

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無宿 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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