無宿

きょうじゅ

頬傷の男

 頬傷の浪人を探している、と盲僧は言った。その途端にがたっと云う音がして、その盲僧、長谷部はせべ竹庵ちくあんが見えぬ目をそちらに向ける。


小さな街道の小さな宿場、その片隅にあるうらぶれた酒場。侍らしい侍が来るような店ではないから、そのような人相風体の男を探すのには都合がいいのだろうと、誰の目にもそうと思われるような場所である。さてその竹庵の風体はといえば、僧形にも関わらず総髪で、艶の良い長い黒髪を垂らしている。年の頃をいえば、どう見ても而立を過ぎているようには見えない。青年と呼ぶが相応しかろう、と思われた。


「頬傷の浪人、だって?」


 と声を上げたのは、いま音を出した男のふたつ隣の床几に腰かけて飲んでいる町人の男。


「そりゃ、そこにいるそのお方の事かね」


 と町人が云うと、ふたつ隣のその男が悲鳴を上げた。


「おい! そいつはめくらだろ、言わなきゃわかんねえじゃねえか、黙ってくれよ、人情だろ!」


 竹庵の表情は不審から怪訝に変わる。彼は自分の探している相手と面識があるのだが、このような言動をする人物ではなかったはずであった。


「拙僧の名は長谷部竹庵。仇持ちの身なれば、その頬傷の男を探しております。失礼だが、貴殿は」

「こりゃ参ったね、どうも。おれは、東村ひがしむら。ケチな脱藩だよ。確かに頬に傷はあるが、坊さん、あんたが探しているのはおれか?」

「右頬に、縦一文字の刀傷。そのような男を探しています」


 なんだ、じゃあ違うわ、面白くねえ、ここで仇討ちの斬り合いが始まるかと思ったのに、と言ったのはさっきの町人であった。東村は、不精の髭がむさくるしい、いかにも素浪人という言葉の印象をそのまま人の姿にしたような容貌の、三十絡みの男である。


「そこのおさむらいの傷は、どう見ても火傷の痕だよ。刀傷じゃない」

「そうだよ。と、言っても分からないとは思うが」


 竹庵は、ふむ、と頷いて言った。


「重ねて失礼を申し上げるようだが……何しろ、このような目で。触って確かめさせていただいてもよろしいか」

「む、むむ……まあ、これでも一応武士の面体なんだが、しかし仇持ちのめくらが相手じゃあ、この際そいつもやむを得ねえか。仇かもしれないと疑われたまま、同じ宿場で夜を過ごすのも寝覚めがわりぃしな」


 東村はずい、と自分の顔を差し伸べた。竹庵が手を伸ばす。


「……なるほど。思ったより重い火傷ですね。これは目立つわけだ。お気の毒をなさった」

「いやまあな。ま、誰にも事情はある。あんたもそうだろう。袖すり合うも他生の縁というもんだ。とにかく、ここは酒を呑むもんの来る場所だ。あんたも、呑むのか。そのなりだが」

「呑みます。銭もある。ま、破戒僧というやつです」


 ちゃりん、と竹庵の懐から音がする。


「お銚子を二本、熱くしてお願いしたいのだが」

「破戒僧か。いいねえ、そういうの」

「疑ったお詫びに、一本は東村殿に差し上げたく」

「おっ、そいつは有難い。おい、早くしな、錢はあるぜ!」


 あんたの錢じゃあねえだろう、と呆れた声を出したのは町人であった。店の者がいそいそと酒と肴を用意する。酒肴には目刺の焼き物。普通の僧が相手ならば店の者も多少は気を遣うのだが、本人が破戒僧だと云うのだから意とはしなかった。


 夜が更ける。


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