海と煙草
春野訪花
海と煙草
海を見つめていた。
海面は日差しで光っていて、あの日、ヤツを掻っ攫っていったとは思えないほどに穏やかだった。
懐から煙草を取り出す。ヤツが好きだった銘柄。いつまで経っても俺は好かなかったが、ヤツに染みついたこのにおいはヤツそのものを表していた。
かち、とライターに火をつけ、燻らせる。
そしてそれを海へ放ろうとした時、
「ポイ捨てはダメ!」
と、真横から腕が伸びてきた。
幼い子どもだ。純真無垢な瞳が、俺を睨み付けている。
ふ、と笑いが零れた。
「側から見りゃポイ捨てか」
その場に屈み、煙草を置いた。
「ちゃんと拾って帰るんだよ!」
子どもが言って、背を向けて去って行った。
寄せては返していく波を見下ろす。
「わりぃが、ここまで取りに来てくれ」
上がっていく煙が、まるで線香のようで。だがまあ、線香をまんま置いたらヤツは怒るだろう。俺がこの煙草をやめろと言ったように、線香が嫌いだったヤツなら。
小舟一つひっくり返せないだろう、大人しい波音を聞きながら、煙草が小さくなっていくのを眺めた。
やがて、半分ほどになったそれを摘まみ上げ、車へと戻る。消さずに放置された煙草のにおいが、車内に充満していった。
海と煙草 春野訪花 @harunohouka
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