第43話 エピローグ

 花園さんとの一件を終え、俺は元の日常へと回帰した。

 月宮さんは学校に通うようになり、俺との関係も修復され、これまで通りにまた交流を持つようになっていた。

 朝、迎えに来た月宮さんといっしょに登校する。


 俺はバイトにも復帰するようになった。

 陽川さんは学校でもバイトでも隙あらば傍にくっ付いてきて、夜になると長時間の通話をしようとしてくる。

 薄木さんは懲りずにまたクローゼットに忍び込んでいた。ふと思い立ってクローゼットの扉を開けるとだいたいいつもいた。


「いや、勝手に入るのやめてもらえない?」

「……す、すみません。ふひ」


 俺が注意すればするほど、ドン引きの眼差しを向ければ向けるほど、薄木さんは恍惚の表情を浮かべるのだった。

 こうなったらもう無敵だ。

 逆に構わない方がいいのかもしれないと思い、最近は無視している。

 というか、自宅に帰らなくていいのだろうか。


 休職していた藤沢先生も学校に復帰した。月宮さんの据えたお灸の効果なのか、俺に雑ないじりをしてくることは一切なくなった。

 むしろ手厚くVIP待遇をしてくれるようになった。


 そして迎えた週末。

 今日は月宮さんと出かけることになっていた。

 誘ったのは俺の方からだった。

 今までは月宮さんを遠ざけることしか考えてなかった。

 花園さんの一件があってから、恋愛なんてしないと思っていたから。自分を好いてくれている女子には深入りをしないと。

 でも今は少し考えが変わっていた。


 俺は月宮さんのことが知りたいと思い、出かけないかと声を掛けたら、月宮さんは驚きと戸惑いの表情を返してきた。


「えっ? 私と……?」


 普段、穏やかで冷静な月宮さんが動揺する様子は珍しかった。それが見られただけでも誘った甲斐があると思った。


「……うん、いいよ」


 最終的には了承を得て、出かけることになった。

 思えば、二人でちゃんと過ごすのは初めてだった。


 待ち合わせ場所の駅前に向かうと、月宮さんがすでに待っていた。私服姿の月宮さんは尋常じゃなく綺麗だった。周りの視線を一身に集めている。


「悪い、待たせたか?」

「ううん。全然待ってないよ」


 本当だろうか?

 月宮さんのことだから、一時間前とかには着いてた気もする。


「今日はどうして誘ってくれたの?」

「誘うのに理由がいるのか?」

「今までの相地くんなら、そうはしなかっただろうから」


 しっかり見抜かれていた。

 俺たちがいっしょにいると、月宮さんに周囲の通行客の視線が集まるのを感じる。男子も女子もはっとしたような顔をする。

 その後、隣にいる俺を見て、え、みたいに意外そうな顔をする。

 分かっていたことだが、俺たちはとてもつり合ってはいない。


「なあ、一つ聞いてもいいか」

「ん?」

「月宮さんはどうして俺のことを好きになってくれたんだ?」


 別に俺は月宮さんに好意を抱かれるようなことは何もしてない。助けてあげたりだとかそういうのも全然ない。

 普通にしていて彼女に惚れられるほどの人間じゃもちろんない。


「一目惚れだって言ったら信じる?」

「説得力には欠けるかもしれない」


 お世辞にも俺はイケメンではないと思う。

 顔の良さだけで言うと、月宮さんとはとてもつり合わない。まあ、彼女の好みが変わってるという線はあるけども。


「で、実際のところは?」

「ふふ。ナイショ♪」


 月宮さんは口元に指をあて、蠱惑的に微笑む。

 

 素直に教えてはくれないか。

 まあ、構わない。

 これから少しずつでも知っていければいい。

 

 どんな映画が好きかとか、どんな食べ物が好きかとか。

 そんな他愛のないことを、少しずつ積み重ねていけば。

 

 俺たちは隣に並ぶと、同じ方向に向かって歩き出した。

 

 ☆

 

 子役だった頃の私は、毎日が灰色だった。

 母親や大人の顔色を窺い、求められた振る舞いをする。演技をする時と同じ。撮影の時以外も私は都合のいい子どもを演じていた。

 私はたまたま才能があったらしく、すぐに頭角を現した。

 大金が転がり込み、名声が舞い込んだ。

 

 母親はまるで自分のことのように調子に乗り、大人たちの媚びへつらいの眼差しや、他の子役たちの嫉妬の念を一身に浴びることになった。

 ろくに学校にも通えず、毎日現場で自分ではない誰かを演じた。そしてその後は母親の望む従順な娘を演じていた。

 

 端から見れば私は順風満帆な成功者だった。

 だけど、息苦しくて堪らなかった。

 

 そんなある日、とうとう耐えきれなくなって飛んだ。

 知らない電車に乗って知らない駅に辿り着いた私は、知らない公園に駆け込み、滑り台の下の影に膝を抱えて蹲っていた。

 

 夕方になるまでそうしていると、ふと声を掛けられた。

 同じ年くらいの男の子がそこにいた。


「一人で何してるんだ?」


 私は家出をしてきたと告げた。何もかもが嫌になったのだと。

 その男の子は詮索はせず、代わりにこう告げてきた。


「やることないんなら、いっしょに遊ぼうぜ」


 その男の子は私に媚びることも、嫉妬することもなかった。

 一人の人間として真っ直ぐに分け隔てなく接してくれた。

 いっしょに過ごした時間はとても楽しかった。


 何もかもを忘れて夢中で遊んだ。

 彼といると世界が色づいて、胸の中に幸せな熱が広がっていった。


 日が沈み、夜が訪れた頃だった。

 ユウト、と向こうから大人の女性に呼びかけられた。


「ごめん。そろそろ帰らないと」

 

 ユウトと呼ばれた少年は、私にそう断りを入れてきた。

 まだ別れたくなかった。

 でもそこで感情的に引き留めるほど私はもう子どもじゃなかった。

 だから代わりに尋ねていた。


「また次に会えたら、私と遊んでくれる?」

「ああ! もちろん!」


 その後、彼と再会することはなかった。

 何度も公園に通ったけれど、彼の姿を見かけることはなかった。


 でも彼と過ごした時間は私にとってのよすがになっていた。卵を温めるように毎日毎日胸の中で大事に思い返し続けた。


 ほんの数時間過ごしただけ。

 けれど、思い出の中ではずっといっしょに過ごしていた。

 彼のことが好きだった。


 そして高校二年生になったある日、私のクラスに転校生が来た。

 相地結斗と名乗った彼にはあの少年の面影があった。

 首筋のほくろを見た時、私は確信した。

 また出会うことができた。


 私はそのことを彼には明かさない。

 私にとっては宝石のような大切な思い出でも、彼にとっては取るに足らない普通の一日でしかないかもしれないから。


 でも構わない。

 私は相地くんのことを愛している。

 これまでもずっと。

 そして、これからもずっと。


――――――――――――――――――――――――――――


第一章、完結です!

ここで一区切りとなります!


書き溜めもなくその日の分をその日に書くような綱渡り更新でしたが、

皆さんの応援のおかげで何とか走りきることができました!

応援コメントも全て読ませていただいていて、とても力になりました!

本当にありがとうございました!


貞子vs伽椰子のようなヤンデレ同士の争いが書きたくて

本作の執筆を始めまして。

第二章を書く際には現ヒロインや新ヒロインも入り乱れて

主人公を取り合うような内容にしたいなあと。


よろしければ作品のフォロー、下の欄から★レビューしていただけると、今後の励みになります!


書籍化の打診などもぜひぜひお待ちしております…!

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【一章完結】なぜかヤンデレにだけ好かれる俺が、ヤンデレ女子ばかりのクラスに転入してみたら 友橋かめつ @asakurayuugi

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