キレイにしないと
きょんきょん
キレイにしないと
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。彼女が予定を切り上げて、急遽帰宅するまでの間に部屋に上げていた〝セフレ〟の痕跡を徹底的に消す必要に迫られていたからだ。
自宅まで徒歩三分の最寄り駅についたと電話がかかってきたときは、まだ隣でセフレが寝ていたもんで心臓が飛び出しそうになった。状況を飲み込めていないセフレを叩き起こすと、消臭スプレーを両手に構えて部屋中に噴射する。
容器の半分ほどを消費して、ようやく甘ったるい香水の香りや〝行為後〟の臭いが消え去ったことを確認すると、今度はコロコロクリーナーに持ち替えてシーツやカーペットの上を念入りに転がしていく。
盲点だったバスマットには大量の抜け毛が絡んでいて、見つかったらと思うとゾッとする。
「ちょっと、ワタシが本命って言ってなかった?」
「そんな訳あるかボケ。いいからとっと着替えて出ていけよ」
ブツブツ文句を垂れる脳内お花畑のバカ女は放っておいて、それはもう念入りに腱鞘炎にならないか心配になるくらいコロコロ転がした。
テーブルの上に置きっぱなしだったコップの縁に、唇の跡が残っているのを見つけてシンクの中の食器もついでに洗うと、残された時間はほとんどなかった。
最後まで聞き分けの悪かったセフレが戻ってくることはもうないが、彼女を失うことと比べたら些末な問題でしかない。
「さて……間に合わなかった風呂場をどうするかだな」
回収したゴミは数日後の燃えるゴミに出すとして、固く閉じておけばバレることはまずない。残るはセフレが使用した浴室だが――どう考えても掃除をするには時間が足りない。
とりあえずは浴室に立ち入らないように言い訳を考えていると、彼女の帰宅を告げるインターホンが鳴った。
「ただいま〜」
「お、おかえり。今日は同窓会で遅くなるんじゃなかったっけ?」
帰宅するなりソファに身体を沈めた彼女の顔は、アルコールで少し赤らんでいた。
「なんかさ、集まり悪くて居心地も良くなかったし、途中で抜け出してきちゃった」
「そうなんだ。飲み足りないなら、なにか一杯飲む?」
「じゃあビール。あと適当におつまみ」
テレビのリモコンに手を伸ばして適当な番組をみていた彼女は、鼻をスンスン鳴らすとキッチンに立つ俺を呼んだ。
「こんな時間に消臭スプレー使ったの? 逆にめっちゃ臭うんだけど」
「そう? 俺はあんま気になんないけどなぁ」
テーブルの上にビールと簡単なおつまみを置くと、やたら部屋中を見渡して落ち着かない様子の彼女が、ビールをそっちのけで部屋中を彷徨い始めるものだから、傍から見ていた俺は冷や汗が止まらなかった。
リビングにベッドルーム、浴室を覗いて再びソファに戻ってくると、ようやくブルタブを開けて背後に立つ俺に振り返る。
「もしかしてさ、私がいない間に誰か来た?」
「は? いやいや、誰もきてないよ」
「嘘だね。普段自分から掃除することなんてないくせに、部屋中がキレイすぎるもん。これまで一度でもゴミをまとめたことなんてないじゃない」
綺麗にしすぎて怪しまれるとは、迂闊にも程がある。どうせバレるなら傷口が浅いうちに謝罪しようと、事情を説明して頭を下げたが彼女の怒りが収まることはなかった。
「最低。私がいない間に浮気してるなんて」
「本当にゴメン。何度でも謝るから」
「もういい。とりあえず今日はシャワー浴びて寝るから」
「あ、お風呂はダメ!」
聞く耳を持たない彼女は、俺が引き止める声も無視して浴室に向かう。
しばらくして悲鳴が轟く。後を追うとキレイにしたバスマットの上で腰が抜けた様子の彼女が、半開きの扉の向こうで横たわる女を指指して俺に、「アレはなに?」と視線で訴えてきた。
帰れと言っても聞かず、自分が本命だと勘違いした女の末路は、ゴミとして捨てられるのが相応しい。
「見られたものは仕方ない。七面倒だけど、また掃除をしないとな」
キレイにしないと きょんきょん @kyosuke11920212
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