第4話

蝶ネクタイが前に出てマイクで言う。

「それでは勝者、裁判長からお言葉をいただきます」

騒がしかった傍聴席が一気に静まり返った。


裁判長はマイクを持つと語り始めた。

まっすぐ前を見るその姿には、先ほどまでのふざけた姿とは別人のように、凄まじい気迫がこもっていた。


「争いを無くすことはできない。なぜなら命を奪い生きているからだ。食べているもの全てに命がある。植物にも、魚にも、鳥にも、牛にも豚にも命がある。それらの命を奪うことによって、生物は辛うじて生きていける。誰もが描く楽園のような世界、つまり、全ての生物が微笑みあう共存などありえはしない。少なからず、今の地球では到底無理な話だ。だから容赦しちゃいけない。生きることを脅かすものは迷わずその命を奪わなくてはいけない。それが本当の生きる事なんだ」


裁判長は訴えかけるように、皆の顔を見渡しながら語りかける。


「だけど、人間には心がある。どうしようもないほど揺さぶってくる感情がある。なんでだ?なんで人間だけがこの心に支配されているんだ。なぜ本能で生きることができない?なぜ生まれてきた目的を果たすだけで生きられない?命を容赦なく奪うと同時に、一方で命を救いたくなるのはなぜだ?なぜ、共存を模索するんだ?不可能だとわかっていても、何度も何度も挑戦する者が絶えないのはなぜだろう。もし、全てを、この地球で、いや宇宙で起きている全ての事を言葉にできるなら、それは愛だ。愛以外に全ての救いは無いだろう。神から人間に託された最後の願いが愛だ。愛には不可能を可能にする力がある。私はそれを信じている。今は無理かもしれない。何度も失敗するかもしれない。でも、何年も何世代も受け継いでいかなくてはいけないもの、それが愛だ。愛はいつか全てを包み、辿り着けなかったその場所へ誘ってくれるだろう。そこにはもう争いは存在しない。もう、命も奪わなくていいんだ」

誰もがその言葉の衝撃に打ちのめされ、何もできずその場で涙を流すだけだった。


「主文、本件を簡易裁判所に差し戻す」

裁判長は涙を流しながらそう宣誓するとマイクを投げ捨て、奥の扉へと消えていった。


皆泣いていた。

自分も気づけば涙が溢れ続けていた。

良くわからない茶番劇からの魂に訴えかけるメッセージ。

全ての意味が今はわからなくとも、いつしかその全てを知れるような気がしてやまなかった。


謝ろう。

私は、争いはもう止めようと思った。

あの人に謝って、償って全てを終わらせようと心に誓ったのだった。

落ち着いたら、今度裁判を傍聴しに来ようとも思うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裁判 遠藤 @endoTomorrow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ