AI人間 佐々木鉄郎

宮ノ谷桜介

プロローグ

 少し懐かしい感じの風景が視界に広がる。暗闇の中でスポットライトに照らされ、この世のものとは思えないほどの桜の木々だ。そこに人の影らしきものがポツポツと見える。近づくと少しぼやけてはいるが顔が見えてきた。友人や知人、可愛がっていた部下であろう。500人以上の団体に見てとれる。それぞれが紙コップを持ち、談笑しながらビールを飲んでいる。佐々木はなんだか嬉しくなり「おーい!」と言いながら満面の笑みで皆に近づいていく。


 しかし、周囲はまるで佐々木に気付いていないかのようにそれぞれ談笑を続けている。小走りになる佐々木。「おーい、俺じゃ!聞こえんのんか!?」と叫ぶ。

すると集団の中の一人が佐々木に気づくがプイッと顔を背けた。「おい!俺じゃー!佐々木よー!」今度は悲鳴にも聞こえるように叫び声を上げる佐々木。依然として周囲の人間は佐々木を無視する。


 「おい!お前らなんなぁー!あんだけ良くしてやったのに、無視は酷いんじゃないんかー!?」とうとう声を荒げる佐々木。怒りがこみ上げてくる。すると集団の中から一人が佐々木に近づいてくる。顔がぼやけていて誰かはハッキリと分からない。その人間はため息まじりでどこか佐々木に同情するように口調で「あんたぁ口ばっかりの人間じゃけぇ、もう信じれんわ...」


「っ!!」何か反論しようとする佐々木。しかし不思議な事に声がでない。声を出そうとすればするほど息がくるしくなってくる。もう限界だ。意識が遠のいてくる...。


 バサッ!!!

目を覚ますといつもの汚い天井が見えた。体中に汗をかいている。

夢か...。ここ数日同じような悪夢を見る。薬は処方されているが効いている感じがしない。抗うつ薬の副作用で死ぬほど喉が渇いている。

近くにあった麦茶をほとんど一気飲みし、タバコに火をつけた。


 築35年の実家の子供部屋は俺の喫煙により、壁が茶色く変化していた。

かといっても別に壁に感傷するほどの「人間味」が俺にはもうない。

いや、そもそもこの俺の根本に「人間味」というものが過去にもあったであろうか。


 「たいぎぃのう(めんどくさい)」と蚊の鳴くような声で窓を開ける。タバコの煙を逃がすために開けたが日光が鬱陶しいのですぐ閉めた。時刻は14時を回っているが部屋の中はいつも暗い。だいたい毎日この時間帯に起床し、適当に食って寝る。その生活のせいと薬の副作用で体重は20キロ近く増えた。もともと痩せすぎではあったものの、ここまで来ると別人に見える。


 鏡を見ると顔にも贅肉がたっぷりとついている。醜い。以前も決して美男子では無かったが典型的な塩顔で妙に目元に色気があった。特に笑うと染みわたるような善人に見えるので男女関係なく好かれた。ただ、目の奥は笑っていない。いつからであろう。遠い遠い過去のようにも思えるし、最近のようにも思える。


 鏡を見ていると今の自分と過去の自分とのギャップを思い知らされる。

栄光の過去。地位と名声と有り余るほどの金。周囲はいつも人で賑わい、恐れるものなどなかった。自分は特別な人間であり、他のやつらとは違う。あらゆる困難をものともせず、己の力で勝ち取った栄光だった。


 今はどうか?精神病を患い醜く太り、日々押しつぶされそうな希死念慮と対峙している。常に心が重く、風呂も数日入れないほどに行動力が無くなっている。無気力という例えがあるが、そんな軽い表現では言い表せない。


 しいて例えるなら「生き地獄」だ。地獄から来た鬼どもが心に住み着き、毎日毎日おそろしい拷問を受け続けなかればならない。それならいっそ消えてしまえばよいものだが、消える気力さえも奪ってくる。俺がそれほどの罰を受け続けなければならない理由が見当たらない。ずっと思ってきたが世の中、神も仏もない。


 そんな事を考えながらさすがに腹がへったので、のろのろと階段を降りた。俺の部屋は2階にあって天井に窓がついてある。この家が建つとき自分が要望したらしいが詳しくは覚えていない。思い出したらなんだか辛いような気がして自らの記憶にフタをしている気がしなくもない。


 「あんた起きたんね!ラーメンしょうか?塩ラーメンでええじゃろ?」

階段を降りると母がいつもの人一倍大きな地声で話しかけてきた。

「ん」と首を縦にふる、自分が母親に対しての反応はほとんどこれだ。父親がそうであったように身内に対しての言葉の配慮という概念がない。かといって悪気もない。そうゆうものだと思っているし、これからも変わらない。当然、38歳の中年になって病気にかかり、実家に世話になることに対しても当たり前だと思っている。


 「てっちゃん、これ食べる?カボチャの煮つけ!裏のおばさんが作ってくれたんよ。あんた、たまには野菜も食べねゃあいけんで!美味しいし栄養があるんで?あ、あんた野菜食べんけぇ病気も治らんのじゃないん?」母のマシンガントークが終わるか終わらないかのタインミングで「いらん」と表情なく答える。いつものパターンだ。別に母も俺の塩対応に不快がることもなく「ほうね!」と明るく返答する。息子に甘いというのもあるが、母の性格上、他人に明るく接するのは当たり前のことであり、天性のものであるらしい。そんな母の話しは終わらない。


 「あんた、今日が何の日か覚えとる?忘れとろう?じぃちゃんの命日よ!7月21日あんた当分お墓参り言ってなかろう、前はよく行きょーたのに。病気が治るように拝んできぃや。じぃちゃん、あんたの事いちばん可愛がってくれようたのに。覚えてなかろう?」


じぃちゃん...。


忘れているはずがない。

大きくて優しいじぃちゃん。

ゴツゴツして温かい手。

誰からも愛され、そして尊敬されたじぃちゃん。


なんでこんな目にあわんといけんの?

あの日からずっと俺、頑張ってきたんよ。

どんなにしんどくても笑顔でおったんよ俺?

じぃちゃんみたいになりたくて。


つらいわ、じぃちゃん...。

もし今、生きていてくれたら....。





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