吸血鬼とシスター

ありさと

第1話 ヨハン・エリクソンの場合

「シスター・アンナ、どんな気分だい?君が敬愛して止まない神父の手で穢されるのは……。」


 私はアンナの灰色の頭巾を破りさり、その下から現れたシミ一つない滑らかな首筋に容赦なく己の牙を突き立てた。口腔内に広がる待ち焦がれたその甘美な蜜に、自然と頬が浅ましく歪んだ。


「…ヨ…ハンさま。」


 私の唾液には強力な催淫作用がある。私は突き立てた牙を引き抜くと、弱々しく抵抗するアンナの両手を片手で捻じ伏せて、俯くアンナの顎を無理矢理にこちらへ上向かせた。

 上気した頬。溢れる熱い吐息。

 長い銀の睫毛に縁取られた空色の瞳は、これまで見た事もない情欲を孕みながらも必死で私を睨め付けていた。その本能と理性が入り乱れる視線に、私の背中がぞくりと震えた。


(ああ…これはクる。)


 アンナの白い首筋に私が開けた二本の穴から流れる真っ赤な甘露に、きっちりと一つに結わえ上げられたうなじから乱れ落ちた銀の後れ毛がへばり付いている。

 普段、誰にも見せる事のないその隠された箇所を私に暴かれ、腕の中で震えるこのか弱き供物を前にして、私は早く次を寄越せと荒れ狂う本能を辛うじて飲み込み、アンナの白い襟掛けに爪を引っ掻けた。


「お止め…くだ…や!やぁああ!」


 無残に引き破かれ先に現れた真っ新な肩に、私は先程よりも深く深く牙を差し入れた。

 首よりも弾力のある筋肉が私の牙を押し戻す。私は大きく口を開けて下の牙をアンナの鎖骨の窪みに打ち込み、更にきつく噛みついた。


「あ、ああ!っ!」


 上下四本の牙から溢れ出る大量の生き血。アンナの体温をそのまま移した取ったそれを、私はゴクゴクと本能のままに貪り飲んだ。


 気が付くと、掴んだアンナの肩先が冷たくなり、抱えたアンナの身体が重みを増していた。ついうっかり命を刈り取る一歩手前まで啜ってしまったらしい。


(まずい…!)


 血を吸うだけで終わらせては勿体無い。私は慌てて牙を引き抜くと、アンナの胸元で頼りなげに引っ掛かっている赤く染まった襟掛けごと彼女の上半身を包んでいた灰色の修道服を引き裂いた。

 まだ熟れていないピンクベリーの粒を中心に置く、程よい質量の白い二つの丸みが私の目の前にまろび出た。


(おお!!……っ!)


 しかし、歓喜したのは一瞬。その谷間に挟まる小ぶりの銀の十字架に、私の瞳が怒りで真っ赤に燃え上がった。

 アンナは形ばかりで腐敗しきった教会からの支給品だけでなく、彼女の真の信仰の対象であるを身に付けていたのだ。

 現に神父を騙った私の胸にあるは、見た目は豪奢だが何の聖力もない。触る事も壊す事もいとも容易い。

 弱々しく脈打つアンナの心臓の上で、彼女と体温を共有している矮小なそれに、私の本能が警鐘を鳴らした。

 触ってはならないと。

 しかし、私は忌々しいそれを躊躇なく掴んだ。

 ジュグっ!!

 その小ささからは想像も出来ない青い浄化の炎が、私の左の掌を容赦なく焼いた。


 真祖の一柱である私は、広く知られている心臓に杭を打つ、首を切り落とす、銀の弾丸で撃ち殺す…などで死ぬことはない。例え細切れにされ炎に焚べられたとしても、夜を迎えれば何事もなかった様に私は復活する。

 そんな私の凄まじい再生能力を持ってしても、この小さな聖物には全く歯が立たなかった。

 彼女の持つ深い信仰心が、私の掌の肉を焼き骨をも溶かし始めた。


「っつ!」


 数百年ぶりに感じる鋭い痛みに私は一瞬だけ仰け反ったが、強い意志でそれを押さえ込むと、彼女の首から十字架を引き千切って床に叩き付けた。それは甲高い音を幾度か教会内に響かせて床を滑り、遠くの闇に溶けて消えた。


 私は聖物を失い、己の腕の中で身じろぎ一つしない血の気の失せたアンナの上半身を眺めた。

 胸は微かに上下している。しかし、このまま放置すれば…。

 私は自身が開けた六つの穴の全てに舌を這わせ、血の一筋まで残さず丹念に舐め上げるのと同時に、誰にも摘まれた事のない薄桃色の実が熟れるまで指の腹で押し潰した。


「あっ…。」


 暫くすると、アンナの口から色めいた吐息が漏れ、真っ白だった頬に赤みが戻った。

 命の危険を感じたものは本能的に己の子孫を残そうと必ず足掻く。

 傷口から送り込んだ私の唾液がアンナの身体を巡り情欲を引き出して、その命を繋ぎ止めたのだ。

 アンナの瞳が薄く開かれ、その視線が私と絡み合った時、私の動かない鼓動がドクンと高鳴った気がした。


 私はゆっくりとアンナのスカートをまくし上げ、顕になった白い太腿を自分の爪で傷付けない様注意しながら、脚の付け根までゆっくりと撫で上げた。

 ビクンっとアンナは素直に反応し、再びその澄んだ空色の瞳の奥に情欲が浮かんだ。

 それを見た私はアンナの身体をギュッと抱き込むと、無意識のままその薄く開いた口に己の舌を捻じ込んでいた。


 吸血鬼にとって口付けとは、己の血を分け与え同胞を増やすための行為。それ以外に意味はない。

 しかし、何故か私はアンナに深く口付けし、アンナの歯列を舐め回し、その奥に引っ込んでいたアンナの舌を傷つけない様に注意しながら前歯で引っ張り出していた。

 ちゅくちゅくと粘着いた水音で私達は繋がり続ける。


 アンナとの口づけに夢中になっていた私は、いつの間にか自分が目を瞑ってこの行為に没頭している事に気が付いて驚いた。

 夜を支配する吸血鬼は己の寝床以外では決して目を瞑らない。

 新参者の吸血鬼が人に紛れて生活するために、一番初めに覚える事がなのだ。


「なっ!!」


 悠久にも等しい長い時間を生きてきた真祖たる私に起こったこれらの変化。

 それに戸惑った私は、思わずアンナを突き放してしまった。

 私の強大な力はアンナの軽い身体を簡単に吹き飛ばし、アンナは教会に設置されている長椅子に容赦なくその身体を打ち付けた。


 ダランと頭を垂れたまま動かなくなったアンナ。私は慌てて彼女に駆け寄ると、その胸に耳を当てた。

 幸いなことに彼女の心臓は規則正しい音を立てていた。


(…良かった。)


 人間の身体は儚く脆い。手指の一本すら再生しない。

 私は安堵し、アンナを抱えて天を仰いだ。

 まるで神に感謝しているかの様な自分の姿にふっと笑いが込み上げた。馬鹿馬鹿しい。神などいない。例えいたとしても感謝などしてやるものか。

 私はアンナの命が消える前に、アンナを極上の状態に高めてさっさと喰らってしまおうと決めた。

 欲望にその身を委ねた女の血は美味い。それが神に身を捧げた処女であれば尚更だ。

 

 私は何ものも受け入れた事のないアンナの浄らかなそこに、自分の穢れた指先を差し入れた。

 狭くて固い。

 しかし何度も執拗に出し入れを繰り返すと、次第にアンナの身体が私の指先に翻弄されてビクビクと震え始めた。


(だいぶ解れたか?)


 出来る事ならアンナの空色の瞳を覗き込みながら、この身体を貪りたい。

 そこで私はアンナのに己の舌を捻じ込むと、大量の唾液をそこに流し込んだ。


「あ、ああーーー!!」


 アンナの両目が大きく見開かれ、一際大きな嬌声が上がった。足先がぴーんと張りつめた次の瞬間、アンナはくたんと弛緩した。

 私はペロリと己の唇を舐めると、張りつめた自身を露わにする。そして強い催淫作用で目線の定まらないアンナの目の前に、それを差し向けた。

 ほんの一瞬、怪訝な顔をした彼女の顔が、それが何かを認識した途端。恐怖と羞恥ではげしく歪んだ。

 その表情は、私の嗜虐心を大いに煽った。


 私は先程とは反対の首に噛み付くと、嫌がる彼女の脚を大きく広げて一気に硬く滾った己を突き差した。

 狭すぎるそこは容易に私を受け入れず、私は無理矢理に何度も何度も抽挿を繰り返して穿ち続けた。


 アンナの美しい空色の瞳は空中を彷徨い、その目尻から涙が零れ落ちる。

 私は彼女の首から牙を抜き、ベロンとその落ちた涙を舐めた。彼女の頬は彼女自身の血で穢れ、その光景に私はぶるりと身震いした。


 そして最奥を突き破り、迎えた絶頂。

 私の目の前がチカッと真っ白に染まった。いや比喩ではない。

 本当に真っ白に……私の身体は欲望を吐き出した己を中心に、白い炎に包まれていたのだ。

 何が起こったのか分からない。

 戸惑う私の目と、こちらを伺い見る怯えた空色の目が交わった。

 白い浄化の炎に焼かれているのは私だけで、アンナは全くの無傷。その口元が綺麗な弧を描くのを私は信じられない面持ちで見つめた。


「まさ…か…聖…す…い。」

 

 


 シスター・アンナは敬愛する神父ヨハンが失踪した日から、きっかり十月後に男の子を出産した。

 妊娠が発覚したアンナは不義密通の罪で教会から破門を言い渡され、孤児だった彼女は教会を出て、教会のある町の隣の村に住む壮年の女医の手伝いとして、住み込みで働き子供を懸命に育てた。



 以降妊娠は望めない。それでも本当にやるのか?

 アンナが子供を産む十ヶ月と少し前、アンナの無茶な願いを聞き入れ、彼女の子宮口を銀の糸で縛り、中身が漏れ出ない様に施術した女医は、そうはっきりと宣言した。


 そう言われたアンナが子供を授かったのは、もしかしたら神が起こした奇跡……かもしれない。






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吸血鬼とシスター ありさと @pu_tyarou

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