第二話 「羽場白山、山荘密室殺人事件②」




「ふざけんな!俺が犯人なわけないだろ!!」


食堂へ続く扉を開くと、男の怒声が耳に入る。


 高い天井から降り注ぐ照明を受けて、場はまるで昼間のようだった。ただ一つ、真っ暗な外の雪景色と繋がった四角い窓ガラスだけが、今の時刻が夜であり、外ではいつからか吹雪が降り始めたことを物語っていた。


 明らかに剣呑な場の空気を察して、士優は深呼吸した。


聞いていた通り、七人の容疑者が刑事の観察の元で集まっていた。ある者は不安げに椅子に座り、ある者は眉を寄せて不機嫌そうにコーヒーを飲んでいる。先ほどの怒声をあげたであろう男は、立ち上がって刑事の一人に詰め寄っていた。小綺麗な服装や婚約指輪を見るに、恐らく、被害者の交際相手だろう。


 フッと通った紅茶、、、アールグレイの香りが、食堂の方から薄らと漂っている。

士優はその匂いを嗅ぎながら、即座に状況を把握する。半ば無意識のうちに、入り口近くのテーブルに置かれた資料を手に取って、七人の容疑者を確認した。


 考えの通り、今はこちらを見ている男が被害者の交際相手である畠中 晴樹(はたなか はるき)。26歳、大学時代は被害者と同じ登山サークルに所属。資料には、これから登る山の麓で撮ったのか、やや細長の不機嫌そうな顔が写っている。


 「で、どうする?聞き込みか?」


隣で肩を並べる慎也の言葉に頷く。

まずはこの場の七人に、事件当時の詳細な聞き込みだ。


 資料には、あいうえお順に容疑者の名前と顔写真が添付されている。七人分の資料だが、士優はその中から、犯人である可能性の高い人間を四人に絞った。


一人目、畠中 晴樹(はたなか はるき)。26歳、被害者の交際相手で、大学時代は被害者と同じ登山サークルに所属。都内のアパレル店勤務。


二人目、清村 裕一(しむら ゆういち)。29歳、被害者と畠中と同じ登山サークルに所属している独身男性、市役所勤務。なんの偶然か被害者達とこの山荘で再会。


三人目、佐藤 友梨奈(さとう ゆりな)。47歳、被害者と温泉前の自販機にて軽い口論をしていたという証言のある独身女性。山梨県の葡萄農家。


四人目、山背 晴多(やませ はるた)。22歳、被害者に交際相手がいると知らず、ナンパ目的で言い寄った大学生。山荘には四人で訪れているが、他の三人は推定時刻に入浴していることが確定したため、一人拘束されている。



 「誰から行くよ?あの目つきの悪いのとかどう?」


殺人現場から離れたからか、やや余裕のある態度の慎也の言葉に頷き、士優は四人目の、山背 晴多へと近づいた。


 「な、なんだよ、俺じゃねぇよ、、、。俺はナンパしようとしただけなんだって。」


やや俯き、暗い声で言った山背を見て、慎也がうーんと唸る。

士優がこの人物に最初に声をかけたのは、絞り込んだ四人の中で一番犯人である確率が低いからだ。


 第一に、団体連れであること。

資料に追記がなく、他のメンバーがあっさりと解放されているところを見るに、特に危険な集団というわけでもなさそうだし、大学生同士で旅行に来ただけの人物だ。動揺する様子を見ても、このような事態に慣れているとも思えないし、相手が交際相手がいると知ってからは、あっさりと引くだけの慎重さと良識はあるだろう。



 殺人鬼には、特有のオーラがある。

普通では気付かないような物だが、士優にはわかる。

いつの日か間近で感じた。あの強烈な匂い、殺意、圧迫感は、この空間には存在していない。


 だが、被害者は死んでいる。


士優は、予想像を殺意を持った犯行から、傷害致死へと更新した。


となると、、、。


 頭の中を、推理がぐるぐると駆け巡る。士優は、こちらを見ている人の顔の群れへと微笑みかけた。


 まずは四人以外で拘束されている人達を解放しよう。


「田辺裕一さんと佐藤さん夫妻は無実です、もう退室なさって結構ですよ」


「なっ、しょ、証拠は!?」


 「先ほど三人の部屋を見たところ、目覚まし時計がセットされていました。部屋にこもっていてアリバイが確実じゃないとのことですが、殺人を終えたばかりの人間が、明日に向けて時計を設定したりするでしょうか?そもそも彼らは被害者と接点がありません。ベッドを使用した後があることからも、事件の事を知らずに起こされたようですし、アリバイがないというだけで拘束されるのは少し酷なんじゃないでしょうか」


「あのねぇ、、犯人である可能性が少しでもあるのなら、、、、」


「ありません。」


はっきりとそう言った士優の口調に、刑事が目を見張る。



現場に到着して約三十分で、巴部白士優は言い切った。



 「犯人がわかりました。」









 さて、話を整理しよう。


「犯人がわかったのか、、、?士優?」


「そうだね、でもまだ動機が分からない。」


なんで?


 俺まだ容疑者一人も絞り込めてないよ?

なんかそれぞれの経歴とか大学とか色々書かれた資料を眺めてたら、なんか急展開が隣で起こされようとしてるんだけど??


よし、一旦落ち着こう。


容疑者は四人、、、。


①被害者の彼氏。

②偶然再会した、元同じ登山サークルのメンバー。

③事件前に被害者と口喧嘩してたオバハン。

④ナンパしようとしたけど無理だった大学生。


 この四人だ。


被害者は鍵のかけられた部屋で殺害されており、犯人の脱出経路は不明。扉がどうしても開かなかったため、交際相手が外に回り込んで窓をぶち破った、、、。


「では、清村裕一さん、あなたは被害者に部屋に呼ばれていたということですね?」


 やべ、置いていかれてる。


士優が、椅子に座って静かにコーヒーを飲んでいたがっしり体型の男に質問している。あれは確か、被害者と偶然再会した人か。


「はい、、、温泉に入ろうと思っていたら、連絡があって」


「、、、連絡は死亡推定時刻の一時間前ですか。」


「はい、ちょうどその時は部屋で動画を見ていたので、、、通知に気がつかなくて。」


見せてもらったメールには、ただ一言「話したいことがあります」と書かれていた。


 ちなみに、清村さんは一人旅行でこの山荘に来たらしい。仕事の話をしたらものすごく暗い顔をした。市役所ってブラックなのかなぁ。


「連絡を見てからすぐに部屋のほうに行ったんですが、、、鍵がかかっていて。声をかけても返事がなかったので、ガチャガチャとしてみたりしていたら、畠中が来て、、」


「外から入っていったと」


 清村さんと畠中さんは同じサークルメンバーで、清村さんが先輩に当たるわけだ。

後輩が死んで、もう片方がその交際相手となると、、、この人にも結構暗い話だ。


 「初瀬と、死んだ弟は仲が良かったんです。」


「弟さんは、サークルの活動中に亡くなったんですよね」


「!?、、、よく知っていますね」


資料によると、八年前に弟を山岳事故で亡くしたらしい。

一層、沈鬱な顔になった清村さんへと、士優は続ける。


「ドアを開けようとした時、どのような状況でしたか?」


「あの時は、、、。私が何度かドアを鳴らしていると、畠中が来て、しばらく二人でやっても無理そうだったので。」


「、、、何度もドアを”鳴らした”んですね?」


「?、、、はい。」


「そうですね、では、他の場所で畠中さんと被害者の姿は見かけましたか?」


「えぇ、、、再会したのが廊下で、私が食堂へ行こうとしていた時に、二人は二階へ向かおうとしているところでした、恐らくビリヤードか卓球場へ向かったんだと思います。」


「ありがとうございます。」


 すっかり冷め切ったカップへと顔をを落とす清村さんを置いて、士優と俺は食堂の部屋付近へと戻った。


 「君、どう思う」 


「うーん、さっきの山背さんにしろ、清村さんにしろ、あんま犯人じゃなさそうだな。感覚的なことだけど。」


内容のない俺の推理に頷いて、士優は顎に手をやった。


「さて、後二人だ。」


「お前はもう分かってんのか?」


「うん。動機もトリックも大体ね」


 士優は口の端を吊り上げてそう言った。 






 残りの二人の証言は割愛させてもらう。


なんせ二人ともあまり内容のある会話はできなかった。

 被害者と揉めてたらしいオバハンは重度の更年期患者らしく、士優に話しかけられた瞬間に、溜め込んでいた不満が爆発して、なぜ自分が拘束されなければいけないのかと怒鳴り出したし、被害者の交際相手の方は、自分がそんなことするはずがない、早く犯人を捕まえてくれの一点張りで、とてもまともな会話ができる状況ではなかった。


 というわけで、特に犯人らしい目星をつけることもできていない俺は、士優と共にビリヤード部屋へ来ている。


「オバハンが犯人はなさそうだな、、、人を殺しそうな迫力はあったが。」


顔面ドアップで俺まで怒鳴られた時は血の気が引いた。いやまじで。


「となると、犯人はあの目つきの悪い大学生か、清村さんになるか?畠中さんからはあんまり話を聞けなかったけど、自分の交際相手を殺すってのはなさそうだしなぁ、、、。」


「なら、密室のトリックに関してはどんな方法を使ったと思う?」


なぞなぞを解けずにいる子供を見るような目で、士優が俺を見る。


その視線に悔しくなりながらも、全然分からないので仕方なくビリヤードの球を突く。

カツンと気持ちの良い音を立てた赤色の球が、茶色の球へとぶつかった反動で、数センチ後退する。


 「てか、さっきからなんとなくやってるけど、俺ルール知らないからね?」


「大丈夫、今僕が君を完封して勝利したとこだから」


「え、俺そんな負けてた??」


ビリヤード、なんて不可思議なゲームなのだろうか。


 「君、この糸屑をそこのゴミ箱に捨ててくれるかな」


「は?なんで俺が?」


「いいからいいから」


腹が立つには立つが、断る理由もないので糸屑を受け取る。

灰色のゴミ箱を除くと、いくつかのペットボトルのキャップと、丸めた紙が入っていた。


「その紙、拾って読み上げてくれるかな」


「ええと、なになに”ビリヤード、卓球台は、三十分ごとに別のお客さんと交代してください。 羽場白山荘より”」


なんということはない、ただの警告ポスターだ。

赤いフォントの文字が、雪で白くなった山を背景に書かれている。


 「そこのコルクボードから落ちたものだろ?」


「そうだね、でもそれを貼り付けていた画鋲が見当たらないじゃないか」


「、、、ほんとだ」


士優の言う通り、部屋の壁にかけられた大幅のコルクボードに、使われていない画鋲は一つもない。どれも、何かしらのチラシを貼り付けるのに使われている。


 ん?画鋲の穴、、、。


「現場の部屋の扉近く、、、?」


「さぁ、下の階に戻ろうか」


 艶やかな木の階段を降りる間中、二十六木 慎也の頭の中では、士優に現場で見せられた、扉近くの低い位置に付いた小さな穴のことが消えずにいた。



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探偵喫茶「白磁」の事件簿 鰹節の会 @apokaripus

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