第一話 「羽場白山、山荘密室殺人事件①」
「しかしまぁ、なんでまた探偵なんか始めようと思ったんだ?」
早くも一週間、特に何をするでもなくアパートの俺の部屋で、俺のソファに腰掛け、俺のコップで牛乳を飲んでいる士優へと、シンプルな疑問をぶつけてみた。
俺の生活ルーティンは単純で、大学に通いながら、空いてる時は筆を取るかスマホを取るかだ。基本的に生活が変わったということではないが、部屋にいつでも士優がいるし、飯も一緒に食うので、一人の時と違って自然と会話が起きる。
最初は煩わしくならないか心配だったが、士優の話は俺にとって新鮮なものばかりだったし、話しているだけで知性を感じるので飽きない。逆に俺と話してて退屈させないかと不安になったりもしたが、士優が勝手に俺のプリンを食べた瞬間から遠慮は不要だと思い知った。
「まぁ、あっちで色々あってね」
だが、どんな質問にも即座に返答するそんな士優が、珍しく口をもごもごさせる。
どうした、三日前に食った俺のプリンでも喉に詰まったか?ん?
「いや、、、負けたんだよ、戦いにね」
「なんだそれ」
ソファに座る士優を横に押し込んで、俺は質問をしながらテレビのチャンネルを変える。
小さめのテレビ画面は、経済速報から、録画しておいたバラエティへと切り替わる。
「ちょっと、録画見るなら僕のにしてよ」
「やめろ、お前の録画してるあのキチガイアニメなんなんだよ。てか”負けた”ってなんだ。」
俺の言葉に、隣に座る士優は天を見上げて言った。
「いつか、君に話すときも来るかもね。」
「勿体ぶりやがって。」
「ほら、答えたから、アニメ”パヤヤヌンチョス:零式2000”に変えて!」
「ふざけんな!あんな頭おかしいアニメ見るわけないだろっ!!」
なんなんだよ、魚の頭をした侍が陶芸で世界を取るために奮闘するアニメって。番組説明文読んでも理解できなかったぞ。てっきり間違えて録画したのかと思ってたのに、、、。あんなん見てて天才とか信じらんねぇな。試しに一分見てみたら謎の頭痛に襲われて後悔したからな俺は。
「ん?おい、電話鳴ってるぞ」
士優はスマホを持っているのだが、それとは別にもう一つ、なぜか黒いスライド式のガラケーを常備している。いつもは鳴る事すらないそのガラケーが、どこかで聞き覚えのあるメロディーと共に机の上で振動していた。
「もしもし、士優です。もしかしなくても、出番ですか?」
話を聞く士優の口に、薄らと笑みが浮かぶ。
「分かりました、すぐ向かいます。」
ガラケーを切った士優は、こちらを向いて言った。
「喜べ我が助手よ、最初の依頼だぞ」
アパートのカーテンを捲って、冬特有の澄み切った夜空をガラス越しに確認して、士優は寝袋の横にずっと置いていたリュックを手に取る。燻んだ色のロングコートをバサリと翻し、白く柔らかい髪を軽く撫で付けながら振り返った探偵は、挑むように笑った。
「探偵の十八番、冬の山荘での密室殺人事件だ。」
:
ボロアパートに乗りつけた覆面パトカーの中で、事件の概要を聞かされる。
「なんせ雪山の山荘での密室殺人だ、現場は早くも手詰まりになりかけててな、上層部は早速あんたの実力を見てやろうと思ったんだろう、、、あ、俺は青木、以後よろしく。
被害者は女性なんだが、山荘の部屋の扉がロックされているのを不審に思った彼氏が窓ガラスを割って入ったら、枕で窒息死させられていたんだと。その日宿に泊まっていた人間は全部で12名、しかし、そのうちの5名はすでにアリバイが確定、容疑者は7名にまで絞れている。、、、まぁ、頑張ってくださいな。」
それだけ付け加えて、運転手の刑事は呆れか無感情か、よく分からない息をついた。
「”特殊捜査官”巴部白 士優(はべしろ しゆう)さんですね、確認いたしました。」
「助手も一緒するけど、いいね」
「はい、大丈夫です。助手の、、、二十六木 慎也(とどろき しんや)さんですね。」
丁寧な対応をしてくる警察官を見るに、どうやら俺はかなりの重要人物であると思われているらしい。まぁ相棒が相棒だからな。
とりあえず、本性がバレないように重々しく頷いておいて、数台のパトカーが停まる夜闇を見渡した。
都内にあるアパートから、車に揺られること三時間。
俺と士優は冷え切った山間部の地面を踏み締めた。
今いる場所は長野県鍋代市、「羽馬白山(はばしろさん)」の中腹に位置する。
もはや深夜二時を過ぎているが、闇夜の奥に薄らと浮かぶリフトの線は、この場所がよく賑わう観光地であることを示していた。案内を務めるという刑事さんの運転する車で事前に調べた結果、高原の景色やスキーを目当てにそこそこの観光客が来るようだ。
横で眠そうにしていた士優に検索結果を見せたら、小学生の時にニュースで見たから知ってると返ってきた。記憶力どうなってんだ。
あ、そういえば約束のこと聞いてみようかな。
「急ぎたまえ、助手よ」
「あー、はいはい」
つられるままに、俺のアパート二個分くらいの大きさの建物へと向かう。
真夜中の山で寒いが、慌ただしく歩き回る無数の警察官がいるせいか、かなり活気があった。
山荘はかなり古いらしく、壁の塗装もあちこちハゲかかっていたが、元々はそれなりに高級な建物だったのか、入り口は装飾の凝らされた重い木の扉だった。
中に入ると、柔らかなオレンジ色の灯りに照らされたレッドカーペットの廊下がしばらく続き、大広間というほどではないが、仕切りのない受付と暖炉、その横には十数人が広々と食事を取れる食堂へと繋がっている。食堂からさらにもう一つ、同じような廊下が伸びており、二本の廊下にはそれぞれ六つずつの客部屋が用意されていた。
二階はちょっとした博物館のようになっていて、この山荘を所有している人物の集めた壺や絵画などが、申し訳程度の設備で飾られていた。卓球部屋やビリヤードも2階に置かれている。
「いいホテルだな」
「殺人事件が起きたんだ、今後の営業はどうなるかな」
警察官の案内に反し、士優の足取りはゆったりとしたものだった。
その調子でゆっくりと、廊下にかけられた小さな絵や観葉植物の根元を眺めていた。
「現場の部屋です」
「”05号室”」
「容疑者は食堂の方で事情聴取をしていますので、私はこれで。」
広間から一部屋挟んだ位置の5号室の前に着き、案内が去ってから、士優は部屋の扉を眺めた。
そして、ゆっくりと扉を開いた。
「やや重め、しっかりと施錠される鍵、引き戸。」
「それ言う必要あるか、、?」
「僕の予想が正しければ、この扉は重要だけどね」
薄く微笑んで、士優は言う。
その微笑みはいつものそれとは異なり、静かな闘志のようなものを帯びていた。
「中に入ろう」
真っ暗な部屋で死体と対面する覚悟を決めた俺だったが、その心配は杞憂に終わった。
明るい電灯の元、部屋では数人の刑事が、建てられた黄色い札や、被害者の遺体があったであろう白い枠線と血溜まりの周りを見て回っていた。
部屋は想像より広く、テレビとテーブルと、人をダメにするソファの置かれたリビング。その右手にはベッドが二つの寝室がスライド式の扉を隔てて広がっている。
被害者の枠線はテーブルの椅子の足元に倒れていた。
「お、探偵さんのお出ましだ」
寝室のベッドを観察していた刑事の一人、やや髭の剃り残しが目立つ男が、値踏みするように細めた目で士優をそう呼んだ。
「まぁ、推理で事件を解決できるってのは初耳だが、鮮やかにやってくれ」
意地悪と言うほどでもないが、やや挑発するような言い方で続けた刑事は、手をヒラヒラ振りながら一歩下がって、俺たちの動ける場所を開けた。
「30代、柔道の経験あり、最近妻と離婚したが、子供とはたまに会う」
「、、、まじか」
なにもしていない俺が言うのもおかしな話だが、目を丸くして驚く刑事にやや優越感を感じる。
ところで解説プリーズ。
「耳が潰れて餃子のようになるのは柔道をやっている人に多く見られる特徴です。レスリングなどもあるにはありますが、日本の刑事ならまず柔道経験でしょうね。
離婚に関しては、左手の薬指にやや指歯の跡が残っています。そこから推察するに、今までは常時指輪をつけていたが、最近何かの拍子でつける必要がなくなった。人柄の明るさや、皮肉を言える精神状態から鑑みても、離別より離婚が適当かと。ならば、胸から下げているペンダントには子供、、、特に娘が入っている可能性が高い。ポケットからはみ出ている手作りのクマの携帯ストラップもその説を後押ししています。さらに、髭をしっかりと剃っていないことからも女性に対する意識をしておらず、再婚や女遊びをする気がないことがわかります。」
「一瞬で見抜く視力が怖えよ」
「あ、あんたの実力はわかったから、、、。これ以上、同僚の前で俺の家庭事情をばら撒かないでくれ」
周りを見渡してやや焦り気味の刑事を横目に、すでに士優の視線は事件の起きた部屋へと忙しなく動いていた。
「さて助手よ、仕事にかかろう。」
「俺はなにすればいいんだ」
「君は外の温泉前に置かれた自販機で牛乳でも買ってきなさい。」
「やだよそんなの、、、」
軽口を叩きながらも、士優は被害者の枠線近くにかがみ込んでいる刑事の一人に話しかける。
「寝室から持ち出された枕で口と鼻を塞がれて窒息による死亡、といったところですか。」
「ん?おう、そうなるだろうな」
枠線の頭の位置らへんに落ちている大きな白い枕を見下ろした士優の質問に答えて、刑事は被害者の詳細を解説してくれた。
「初瀬(はつせ)春華(はるか)、都内のブティック店で働く25歳。この山荘へは彼氏と旅行に来たらしいが、、、。」
刑事の見せる写真には、やや茶髪がかった髪の活発そうな女性が写っていた。
「お相手は今どちらに?」
「一応、容疑者扱いだ。食堂に集められてるんだろう。」
可哀想に、と続けた刑事の言葉に、士優は顎に手をやる。
「彼女の経歴とかって、わかりますか?」
「あぁ、ついさっき本部から届いた資料が食堂にあるから、それを見るといい。容疑者七名のプロフィールもそこにあるはずだ。」
刑事に感謝を述べて、士優は部屋を物色する。
寝室をぐるりと回ると、割れた窓ガラスの元へと近づく。
「このガラスの割れた理由は?」
「あぁ、彼氏が室内に入るために割ったらしい、部屋の扉が開かないと不審に思ってしばらく騒いでいたが、管理人が合鍵を使っても開かないもんで、わざわざ外に出て窓ガラスをぶち破って入ったんだと。」
「なるほど」
士優は、しばらく足元に散らばった窓ガラスの破片を眺めていたが、ふと踵を返して入口へと向かった。
「もう終わりか?」
背中に声をかける助手(慎也)に、やや呆れた顔をむけて、士優は扉にほど近い壁を指差した。
「君、この壁をどう思う。」
「ん?白いなー、って思うよ」
「もっとよく見たまえ」
「、、、ん?」
よく目を凝らせば、白い壁紙の上から、腰ほどの位置に小さな丸い穴が空いているのが見えた。穴と言っても、壁の向こうが見えるようなものではなく、本当に針で突いたような小さな穴だ。
「これがどうかしたのか?」
「おかしいと思わないかい?恐らく画鋲をつけてできた穴だが、こんな低い位置にポスターを貼るかな?いたずらにしては小さすぎるし、かといって山荘を管理する側の人間がこんなものをつけるとも思えない。」
確かに考えてみれば、この画鋲の跡と思われる小さな穴には用途が見えてこない。あまりにも位置が低すぎる。
士優はさらに集中した様子で、何か小さく呟きながら部屋を振り返った。そして、部屋に入った時、自分へ嫌味を吐いた、あの離婚刑事へと声をかけた。
「君、この扉付近から何か見つかってないかな?些細なものでも構わない。」
「ん?あぁ、、、この小さい赤の塗料だな。何か円形の木でできたものに塗装されていたと思われるものの破片だ。これが扉の下に複数落ちていた。」
そう言って刑事は、ポケットから取り出したビニールを見せた。
そこには確かに、鉛筆から剥がれた塗装のような破片がいくつか収まっていた。
「指紋や頭髪は採取済みだが、この部屋に泊まっていた二人以外のものが出てくるかどうかだな、、、。被害者が鍵を閉めた理由も、犯人が逃走した経路もさっぱり分からん。」
その言葉を最後に、士優と俺は部屋を後にした。
食堂へと続く廊下を歩きながら、士優は尋ねた。
「君、どう思う?」
「うーん、今の段階ではなにも言えないかな。そもそも動機の推察もしようがないし。」
「それに関しては、食堂に置いてあるっていう資料が糸口になるかもね。でも優先順位が高いのは、動機よりも密室のトリックだ」
事件とは関係のない部屋の扉をちょくちょく開いて中を覗く士優は、家主が去り、荷物だけが残された部屋を見ながら続けた。
「一度整理してみたまえ、まず犯人は不明。被害者は彼氏と一緒にこの山荘へ旅行に来ていた女性だ。死因は枕を呼吸器に押し付けられたことによる窒息。犯人は男性である可能性がやや高いが、凶器がその場にあった物である為、計画的な犯行ではないと思われる。彼氏が部屋へ戻ってきた時にはすでに扉に施錠がなされていて、やむおえず窓から入るしかなかった、、、。」
「、、、彼女が鍵を閉めたってのはないよなぁ、犯人はどこに消えたってなるし、まさか死んでから鍵をかけるわけにもいかない。」
「部屋に人間の通れるほどの通気口や隙間はなく、件の窓に関しても、あの部屋はベランダがないので、そもそも内側から外に出られるような作りになっていない。わずかな手がかりは、扉の横に空いた小さな穴と、床に落ちていた赤い塗料だけということになるね」
ううむ、今の時点では全く分からない。
士優は何か掴んでいるようで、やや余裕の表情を浮かべているが、俺はさっぱりだ。というか初めての犯罪現場なので、正直それどころじゃない。事件の概要もいまいち頭に入っていないが、、、、。
まぁ、その資料とやらが手に入れば、俺にも推理の立てようがあるだろう。
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