探偵喫茶「白磁」の事件簿

鰹節の会

前日譚  「再会」



上質な豆を使った珈琲の香りが、風通しの良い明るい店内を満たしている。


カウンターを隔てて、カップにお湯を注いでいた青年が、思い出したように言葉を紡ぐ。


「そうだ君、ベルの付け替えをしてくれないかな?少し角度が悪いみたいでね」


「いや俺、お客なんだが····」


呆れを多分に含んで言うと、白髪の青年は、肩を竦める。


「いいじゃないか、僕の事件解決をネタにして小説で賞とか取ってるんだから····」


「あ、知ってたのか·····」


ばれていたならしょうがない。····ここは手伝ってやろう。


さっそく仕事をしようと、ドアに近づくた時、扉が音を立てて開く。


外には半泣きになった女性がいて───


俺、 二十六木とどろき 慎也しんやは、思わず〝探偵〟を見やる·····。


「なかなか面白い事になりそうだね」


どうやら、また新しい小説のタネができそうだ。







 前々から、小学校に入る前から、変わった奴だという認識はあった。

静かでおとなしいが、一般的にイジられがちなタイプでも無かったし、かといって地味で目立たないようなタイプでも無かった。


 麒麟児。天才。


 言葉はなんだっていい。

兎にも角にも、彼は普通の子供とは違ったし、それどころか普通の大人とも違っていた。優れているのはいうまでもないとして、どこか非人間さを感じさせるほどの威圧感、気品があった。


 当時小学三年生であった彼と俺とは、あまり親しいような間柄だったという記憶はない。

でもなぜか、ただ一つだけ約束をした覚えがあるのだ。



 「僕はこれからアフレテリアの大学に行く。君は、夢である小説に携わる仕事につく。」


「大学って、小学生が入れるものなの?」


「僕は入れるんだ。まぁとにかく、次に会う時まで、君と僕とは自分のやることに全力を尽くす。そういう約束をしよう。」


「うん、いいよ」



 その宣言通り、俺は全力を尽くした。

別にガキの頃の約束を律儀に守ったわけではなく、ただ純粋に自分のために夢を追いかけていただけだ。その努力の成果か、大学生活に入る頃には、俺はいくつか本を出すことができた。ちょこっとだが、大学生作家としてテレビにも出た。


 小学生の頃の思い出など、言われても思い出せるかどうか分からなかった。そんな、もう記憶の隅の隅に追いやられていた約束は、突如として急浮上することになる。



 『今年度、”巴部白はべしろ 士優しゆう”さんが日本人で初めて、アフレテリア国立大学を首席で卒業しました!』


「ん?」


 どっかで聞いた気のする名前だ。ニュースで見る学者系の人だったか?それにしてはどこか懐かしい、、、。


『アフレテリア国立大学といえば、現在の世界大学ランキング堂々の一位、ファスカブルク賞受賞者を毎年のように輩出している頭脳の殿堂ですからねぇー。現地と中継がつながっておりまーす。』


 『こちらアフレテリアに来ておりまーす。そしてこちらが、巴部白 士優さんです!では士優さん、大学を卒業した後は、どのような事をするのでしょうか?』


にこやかな女アナウンサーの質問に、マイクを向けられた白髪の美青年”士優”は口元を緩ませて言った。


 『日本に戻って、昔約束をしたある友人を訪ねてみるつもりです。』



「ぶファッッ!!!???」


 念願叶って手に入れた一人暮らしの我が城で、実家では許されなかった”テレビをつけながら夕食を食べる”という蛮行が祟ったのか、俺はテレビに映った懐かしさを残す顔に向かって口の中の白米を吹き出した。


 今なんつった!?

い、いや待て、早合点は良くない。俺ではない可能性は十分ある、というか俺な訳がない。俺にはアフレテリア大学首席卒業の人間に訪ねて来られるほど輝かしい経歴などない、有名人度合いでも何から何まで比較にならん。そうだ、人違いに決まってる。


 そうだよな、うん。

それにしても今思い出したが、なんであんな約束したんだろう。幼稚園から家近かったけど、別に親友でも無かったのに。


 「まいっか。」


レンチンの唐揚げうめー、、、。







 「あっはっは、なにその顔、もしかして本当に来るとは思わなかった?」


驚きのあまり顎の骨が外れて悶絶する俺の姿を見て、俺の住居であるボロアパートの廊下で高笑いする白髪の美青年。その顔は、今から一ヶ月ほど前にテレビで見た時のまんまだった。


 「な、なぜここが、、、。」


「自分の犯行に絶対の自信を持ってる犯罪者みたいなこと言うね、君。」


 ポツリと漏らした俺の言葉に、他ならぬ巴部白 士優は軽く返して、右手に握るキャリーケースを引っ張る。そしてそのまま、我が城であるアパートの部屋へと、、、。


 「おい待て」


「ん?どうした。」


 なんで無言で俺の部屋に入るんだ。

あとなんでキャリーバック引っ張ってんだ。


 「いやー、しばらく泊まる場所とか無くてさ、君一人暮らしだろ?」


「ホテルかどっかに泊まれよ!」


 てかなぜ俺の情報を持っている。

もしかして流出?流出なのか??


 頭の中で、自分の所有するキャッシュカード類の中に怪しいものがないか高速シャッフルする俺へと、士優は両手を合わせて言った。


 「頼むって、幼馴染だろ??」


「お前が女ならまだ考えたがな」


「猿め」


「表出ろコラ」


 閉めかけたドアを、士優が押さえる。


、、、こいつ力強え。


 「君、あの時の約束を忘れたとは言わせないぞ」


「だからそれとこれとは別だろうが!」


「隙あり」


 力の緩んだ一瞬を突かれ、狭い玄関へと滑り込まれる。


「喉乾いたな、お茶とかある?」


 「テメェ、、、」


まぁ、幼馴染であるのは事実だし、約束したのも事実だ。しばらく泊めてやるくらいは、、、。


 「しかし狭いな君の家は」


「やっぱり外でろテメェ」


 「お、預金通帳だ」


しまった、机の上に出しっぱにしておいたのが不味かった。


 「さて、返してほしくば、扉の外のキャリーバックを運び込み、この狭い部屋の一角を僕の領土とさせてもらおう。」


「お、脅しには乗らねぇぞ」


「おや、コップにお茶が入っている。なになに?預金通帳くん、君は紙なのにお茶が飲みたいのかい。」


「分かった!泊まっていいから!!返して!!!」


「返してほしくば、扉の外のキャリーバックを運び込み、、、」


「分かった!分かった!」



 クッ、負けた。







 「なんと卑劣な。」


「計画的といいたまえ」



 キャリーバックから取り出した寝袋を展開して、瞬く間に部屋の窓際を占領した士優は、お茶の入ったコップを床に置きながら嘲笑った。

そこ、俺がいつも布団敷いて寝る場所なのに、、、日当たり良くて昼寝もできて寝覚めもいいお気に入りの場所なのに、、、。


 涙目の俺へと、士優は宣言する。


「まぁ久しぶりだから自己紹介でもしようか。」


「もう何でも好きにしてくれ」


 真っ黒な目で睨む俺を華麗にスルーして、士優はつらつらと身の上話を始めた。

その話をふんふんと聞き、胸を張った姿にどこか懐かしさを感じながらも、俺はこの再会に悪くないものを覚えていた。



 「僕は世界一の探偵になろうと思っている」


「ん??」


「すでにFBIだけじゃなく、日本の警察にも席を手に入れてある。」


「は?」


「今なら相棒を絶賛募集中だよ」


 唇を引き締めて、冗談ではないと強調する士優に、俺はため息をつく。


 「ワトソンが欲しいってか?」


「君がいいならね」


「、、、茶化さないんだな」


「本気だからね」


てっきり「君に助手が務まるかねぇ(笑)」とか言ってきそうだったが。


 だが、それならこちらとしても利点は大きい。

ちょうど小説に書くネタが無くなってきた頃だ。不本意ではあるが、なってやろうじゃないか、ワトソンに。


 「はぁー、しょうがねぇな、よろしくホームズ」


「ふん、僕はすぐにシャーロックもポアロも飛び越すさ、せいぜい着いてきたまえ」


「へいへい」


 巴部白 士優は、、、これから世界一の探偵になると、そう嘯いたその男は、右の拳を白い天井に突き上げて声を張った。


 「まずは再会と、僕の門出と相棒に!」


「乾杯乾杯!」


 士優はお茶をグッと飲み干した。


俺はコップも何も持っていなかったので、わざわざ立ち上がって水を取りに行った。士優にも笑われたし、なんとも格好のつかない滑り出しだった。

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