第二章

第1話

「へ~っくしょい!うい~」



 時空の渦に飛ばされ、目の前に巨大な空洞があったので、「ほえ~」とかつぶやこうかと思ったのに、寒すぎて先にくしゃみが出た。


 そういえば俺、パンイチだった。



「足の痺れは問題ないか……。ていうか、いくら切羽詰まってるって言っても、服くらい着させろよな」



 冬が過ぎ、春先で温かくなってきたとはいえ、陽が落ち始めれば外は当然まだまだ寒い。


 ほぼ裸で、夜に差し掛かっている時の外気を一身に受けるとか本来ありえない。



「アイテムボックス、アイテムボックス……」



 俺は薄暗くなってきた冥葬級入口前で、呪文のように次の言葉を繰り返した。


 ダメ神幼女様が俺をこの地に飛ばす瞬間に言っていたことを少し思い出す。



(宵闇のローブは除菌・消臭してアイテムボックスに入れといたから。あと新しい武器も……)



 少なくとも防具は覚醒儀式で取得した新スキル、【無限アイテムボックス】に収納されているのはわかった。


 ただそれ以外にナニが入っているかは不明。


 一応冥葬級攻略に必要な探索グッズは入っていそうなことを言っていた気もするが、具体的にどんなものが入っているかはわからない。



「そもそもアイテムボックスの使い方も聞いてなかったな……。まぁその辺は他のスキルと同じような感じで……」



 右手をかざし、俺は俺の持つアイテムボックスのイメージを膨らませる。


 ボックスってくらいだから、箱だろう。


 次元の壁を越える某ポケットではないはずだ。



「無限アイテムボックス!」



 Bom!


 わっ!出たっ!


 ほぼイメージどおりのが出た!


 縦横高さ30センチくらいの白い立方体。


 ところどころ“?”の模様が浮き出していて若干不安を覚えるが、ただの柄だろう。


 空中にフワフワと浮かび、黒くポッカリ空いたほうの面が俺の目の前にある。


 ここに手を突っ込んで出せってことね。


 はいはい、わかってますよ。



 :わっ!!映った!!

 :おっさんだぁぁぁぁ!!!

 :パンイチだぁぁぁぁ!!!

 :意外にいい身体してんだねw

 :いやん

 :おっさんの顔見ると安心するわぁ

 :ついに冥葬級まで来ちゃったんだね

 :「ようこそ冥葬級へ!」って看板ついてるw

 :遊園地かよw



 ついでにコメント欄の通信も復活した!


 映像も復活してるっぽい!


 けど、一応確認!



「みんなー!映像、映ってる?」



 :バッチリ見れてるよ~

 :もっこりダイシ万歳

 :ボクサーパンツだったのね

 :ブリーフじゃねぇのかよ

 :震えてるしw寒いんだw

 :はよ服きな!

 :箱の黒い穴に手突っ込んで念じれば出てくるたぶん

 :風邪ひいちゃうよぉ

 :いやもうそのまま入っちゃおうw

 :ノーガード戦法だ!ダイシ!



 心配と茶化す声が入り混じっていて、いつもの感じが戻ってきた!


 やっぱみんなが見てくれてないと調子も上がらない。


 よしっ!んじゃとりあえず宵闇のローブをイメージしながら……



「ほいっ!」



 ボックスの穴に手を突っ込む俺。


 おっ!このモサモサした感触は……



「ほいっ!!」



 中の服っぽい何かを掴み、俺は勢いよく右手を抜いた。


 その手の中には俺の愛服、宵闇のローブが新品さながらの美しさで現れた。



 :おっ!

 :出たぁw

 :それが無限アイテムボックスか

 :またすごいスキル覚醒しちゃったよね

 :ダメ神は何を準備してくれたのかな

 :すんごいの入ってそう

 :いいアイテム拾ったりしたらちゃんとその中に保管するんだぞ

 :冥葬級の鉱石とか高く売れるよ

 :冥王とか冥竜王もその中にツッコンで持って帰ってこい

 :勇者も封印してしまえ!



 いや話エスカレートしすぎだろ。


 冥王とか勇者とか魔界騎士とか入るワケねぇじゃねぇか。


 ちなみに今はコメント欄が割と落ち着いているので結構読むことができている。


 敵もいないし。


 ちなみに同接はというと……。


 はい!ついに!


 100万人到達してました!おっしゃぁ!!


 もうギルド本部とか見てても別に関係ない。


 開き直って行こうと思う。

 

 悟りを開いた今の俺に、敵などいない。


 どんな相手が来ようと、俺に敵意を向けるなら、そいつはもうギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてわからせてやることになる。



「よっし!ピッタリ!」



 宵闇のローブを装備し、寒さも一気に和らいだ。


 この服は防寒性能も非常に高いようで助かった。


 肌触りもいいし。


 時空ウサギは嫌な奴だったけど、この装備をくれたことにはとても感謝している。


 ありがとう、部長!



「んじゃ、早速行きますか!」



 服を着たことでテンションも上がってきたので、俺は足取り軽く「ようこそ冥葬級へ!」の看板下の巨大な穴へと歩みを進めるのであった。







「冥葬級っていうくらいだから、1階の通路からすんごいの想像してたけど……」



 造りが西東京第4初級ダンジョンとまったく同じで拍子抜けした。


 壁面に松明。石畳の通路。じめっとした空気。


 冥王がそう設定したのかダンジョンマスターの手抜きなのかはわからないが、もう少し雰囲気出せよって思う。


 まぁダンジョンの基本構造なんてそんなにパターンないか。


 通路くらい別になんでもいいだろってか。



 あっ!そういえば……。



「サツキちゃんは無事に地上へ転移できたんだろうか……」



 ギルド本部前に転移してくれるってダメ神幼女が言っていたのだが……。


 状況が目まぐるしくて確認する余裕もなかったけど、さすがにあの寺に放置されてるってことはないよね?


 始末するとかなんとか言ってたから少し心配になってきた。


 無事に地上へ戻れてるといいんだけど……。


 などとモノ思いにふけっていると、なんか開けた明るい空間が見えてきた。


 この感覚も初級ダンジョンの時とまったく同じだな。


 もしかすると、ダンジョンの1階というのは全部造りが同一なのかもしれない。



「あ~やっぱこの闘技場みたいなトコなんだね~……ん?」



 既視感を覚えながらも、最初にスライムと戦った時とは違う状況を目の当たりにする。


 部屋の中央。


 魔物じゃない誰かの後ろ姿が見える。


 あれは……髪が長いし女性っぽい雰囲気だけど……。


 まさかサツキちゃん!?じゃないな……。


 後ろ姿だけでも全然違う人物であることくらいはわかる。


 いやでも、あの子なんか見たことあるぞ!


 後ろ姿だけで確信はないけど、あの凛々しい立ち姿と長いストレートロングの金髪美女はおそらく……



「ミーナちゃん!」



 思わず声をかけてしまった!


 でも振り向いてくれた!


 やっぱりミーナちゃんだ!


 いやーこんなところでまた会えるなんて、俺はなんて運がいいんだ!


 相変わらずお美しい……。


 でもなんであんなところに1人で突っ立てるんだ?


 2人のお兄様は一緒ではないのかな?


 とりあえず近づいて、ちゃんと挨拶とかしなきゃ……。



「ダイシさん!近づいてはなりません!!」


「!!」



 すでにミーナちゃんに近づくため歩みを進めていた俺の両足が突然、動かなくなった!


 な、なんだ!


 めちゃくちゃ重い!!



「……」



 ミーナちゃんの前に時空の渦に似た何かが発生し、そこからドス黒い存在のナニかが姿を現す。


 漆黒の鎧、漆黒の仮面、漆黒の剣。


 全身邪悪な黒い絶壁に纏われた恐ろしき存在。


 俺はあいつを知らない。


 だが、俺の脳内の全てのひらめきがアイツの存在を認識している。



 ……アレは、魔界騎士だ。

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