第37話

 サツキちゃんは落下の最中、浮遊のスキルを使って俺も一緒に落下の重力加速度を和らげてくれた。


 どのくらいの時間落ちていたのかはわからない。


 感覚的には永遠に続くようにも感じた。


 だが終わりというのは突然やってくるもの。


 ふっと足元に地上を踏む感触が蘇る。


 何m落ちたのか見当もつかないが、俺とサツキちゃんはようやく浮遊のスキルを解除できる位置まで辿り着いたようだ。



「何階分くらい落ちたんでしょうね……」


「地下100階まで落ちた気分だよ」



 さっきサツキちゃんがすごく暗い顔をしていたので、ちょっと冗談っぽくそんなことを言ってみた。


 苦笑するサツキちゃん。


 よかった。なんか機嫌治ったみたいだ。



「手、もう放してもらってもいいですか?」


「あっ!ご、ごめん!」



 調子に乗ってサツキちゃんの手をずっと握りしめていた俺。


 若い女性の手を握るなんて滅多にないことなので、つい。


 気持ち悪いな、俺。



 :見……れな……あっ!きたきた

 :また電波悪かったぞ

 :大丈夫か?二人とも

 :突然いなくなるもんだから何事かと

 :何があったの?

 :あ、もしかして落ちたのか

 :ここは……

 :見たことねぇな

 :寺?あれ、寺だよね?

 :神社仏閣?

 :ここ本当にダンジョンの中なのか?

 :モロ参道じゃんw

 :どこだよここw



 ずっと落ちてたからまだフワフワしてたけど、ようやく俺にも周りを見渡せる余裕が出てきた。


 コメント欄のとある方が言ったとおりだ。


 苔が生した石造りの参道。俺たちが今いる場所だ。


 20mほど先に、屋根が立派な黒瓦で覆われた重厚な木造建築が見える。


 明らかに寺。本堂だと思う。


 周囲は緑の木々で囲まれていて、ここがとてもダンジョンの中だとは思えない。


 よく見渡すと、本堂の脇には庭もある。


 小さな池もあり、そこには色とりどりの高そうな錦鯉が泳いるのだろう。たぶん。


 遠くからは木々の間を抜ける風の音や小鳥の鳴き声が聞こえ、心はどこか穏やかな気分にさせられた。



「もう……ここは、ダンジョンの中ではないかもしれませんね」


「なんとかルームじゃないの?」


「こんな部屋ないですよ。明らかにガチのお寺さんですよね、アレ」



 どうやらお寺ルームとか神社ゾーンではないらしい。


 サツキちゃんが本堂を指さし、ため息をついている。



「でもここに留まっているワケにもいかないですし……」


「何がでるかわからないけど、とりあえず本堂まで行ってみよっか」



 そう遠くない距離に、その荘厳な木造建築の建物は建っている。


 ものの1分も歩けば目的の場所まで辿り着くだろう。


 ただ正直、なにが待ち構えているのか見当もつかない。


 いや、今までも想像できたことはなかったんだけど。


 今回はダンジョン内かすらもわからない風景だから、ちょっと今までとは違って心境も複雑だ。


 木々が生い茂って鳥のさえずりなんかも聞こえるもんだから、ついちょっと心が落ち着いて油断してしまう。


 だめだぞ、ダイシ。


 さっき画面に映し出された『最終試練』の文字。


 戦闘か、あるいはそれに比類するなにかが起こることは必至。


 落ち着いている場合ではないはず。


 いつでも戦える準備はしておかないとな。



「着きましたね……」


「うわぁ……立派だぁ……」



 本堂と思わしき建物の正面まで来て、俺は思わず感嘆の息が漏れた。


 遠くでもすごい建物だと思っていたけど、近くで見ると迫力と厳格さがまるで違う。


 歴史が襲い掛かってくるようだ。


 ねじれ煎餅のような瓦の一枚一枚が意思をもっているかのように、その存在感を主張してくる。


 由緒あるとても素晴らしい建物であることは一目瞭然だ。



「中、入ります?」


「畏れ多いけど……」



 ビビってても仕方がない。


 入口の扉は目の前だ。


 意を決して飛び込もう。


 おそらくそこで最終試練とやらが待っている……はず。




(ちょっとまだ入っちゃダメよ。最終試練は外でやって)




 ん?まただ。


 また例の幼女の声が聞こえた。はっきりと……。



「この扉、開きません!」


「最終試練は外でやってってどういう……っ!!」




 ドスンッ!ドスンッ!ドスンッ!




 地面を叩き割りそうなほど大きな足音が地を揺らす!


 どこからともなく響き渡るこの地響きの根源は一体どこから……


 !!


 一瞬、目を疑った。



 嘘だろ、オイ……。



 :あっちから迫ってきてるぞ!

 :巨人族だ!

 :寺の裏手のほうから!

 :でけぇ……

 :でもあれ、仏像だよね?

 :阿修羅像?

 :ちがう。あれは羅刹天だ

 :破壊と滅亡を司る神か

 :ダンジョンの魔物じゃない!



「霊視!」



 考えている暇はない!


 敵を知れ!



―――――――――――

種族 鬼神

―――――――――――


 

 えっ?それだけ?


 全然わからんじゃないか!


 霊視つかえねーぞ!おい!



「あっ……」


「サツキちゃん!」



 マズい!サツキちゃんが完全に戦意を失っている!


 その場にへたり込んでしまった!


 声も出なくなっている!


 こんなところに座り込んでたら……



「グブブブ……我、鬼神、也」



 うわっ!ジャンプして裏手から寺を飛び越えて来た!


 着地点は間違いなく俺たちだ!


 そのまま踏みつぶす気だ!


 サツキちゃんを担いで一旦逃げて……


 いや、間に合わん!



 ドォォォォォン!!



「また、つまらぬ、モノを……っ!!」


「くそがぁ……」



 クッソ重ぇぇぇ!!!


 けど、耐えた!!


 こちとら能力値カンストしてんだよ!


 負けてられっかよ!!こんなところで!!



「なっ!なに!?」


「元サラリーマン、舐めんじゃねぇぞコラぁぁぁぁ!!!」



 そう気合を入れなおした俺は、超重量級の石像、おそらく羅刹天と呼ばれる鬼神像の一撃を止め、攻撃してきた足をつかんでそのまま参道のところまで投げ飛ばしていた。



 

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