第33話

 それにしても、先ほど聞こえた幼女の声は一体なんだったんだろうか。


 気のせいかとも思ったけど、それにしては何を言っていたかもはっきりわかるくらい、大きな声として聞こえていた。


 口はめっちゃ悪かったが。


 幻聴と呼ぶにはあまりにも明確過ぎた。



「ねぇ、サツキちゃん」


「なんですか」


「さっきのグルメハウスでさ、なんか幼女の声聞こえなかった?」


「えっ?いや、聞こえませんでしたけど」


「そっか」



 次の階層、地下4階を目指しながらいつものように螺旋階段を下っていく俺とサツキちゃん。


 彼女にもさっきの幼女の声が聞こえたんじゃないかと思って確認したが、どうやら俺の耳にしか届いていなかったみたいだ。


 アレ、なんだったんだろうな。


 せっかく用意してやったとかなんとか言ってたけど……。



「いろいろありすぎて空耳でも聞こえちゃいましたか?」


「そう、みたい……」


「ここまで大変でしたからね。そういう事もあると思います」



 他人事だな。


 なんかもうちょっとこう、心配とかしてくれてもいいんでない?



 :よくやってるよ、おっさんは

 :生きてるのが不思議

 :イケメンはよくないと思う!

 :応援してます!

 :おっさんにだけ聞こえた幼女の声

 :案外これ仕組んでる主だったりしてw

 :おっさんの娘?

 :幼女好きはアカンぞ



 コメントに規則性があまり感じられず、読めてはいるが、流れが早いのもあって全然頭に入ってこない。


 ただ、視聴者数は17万人と堅調な推移を見せている。



「さあ着きましたよ、ダイシさん。次は何が待ち構えているんでしょうね」


「ふぅ。もうなんでも来いって感じだわ」



 これまでの軌跡を思い出してちょっとため息が出てしまった。


 ほんと、よく生きてるよな、俺。



「じゃあ、開けますね」



 少し重たそうな鉄の両扉をゆっくりと押して開けるサツキちゃん。


 いや、俺が開こうと思ったんだけど、彼女がやるって言うから任せてあげてるんだよ?


 女性に開けさせるとかないわ、とか言わないでね。視聴者さん。



「……なんか普通だな」



 重い扉を押して疲れたのか、膝に手をついてはぁはぁ言っているサツキちゃんを尻目に、部屋の中の様子を確認する俺。


 言葉通り、一見では特筆するような景色ではなかった。


 正直、地上1階でスライムやオークと戦った部屋と造りや広さは同じに見えた。


 古い闘技場のような、あの感じだ。


 しかも魔物の類もぐるっと見回した感じ、今のところ出てくる気配はない。


 奥のほうには次の部屋か下層へ降りる階段へ続く、ぽっかり空いた黒い穴がここからでも見て取れる。



 :おや?なんか既視感ある光景

 :地上1階の造りと同じだね

 :ここに来て正常に戻っちゃったとか?

 :油断するな

 :絶対なんかある

 :もう出口まで一気に駆け抜けちゃえよw

 :いや、この感じは……



「ダイシさん……」


「なんか余裕そうだよね、ここ」


「いえ、そうはならないと思います」



 ズズズズズズズ……



「な、なんだ!」


「入口と出口が塞がれています。やっぱりあの部屋っぽいですね」



 サツキちゃんはすでに察しがついているようで、思いのほか冷静だ。


 彼女が言う通り、背後を見ると入口の扉に大きな×の紋様が刻まれている。


 奥の出口も、さっき見た時はそのまま奥へ行けそうな感じだったのに、今は入口と同様の処置が施されている。


 どうやら、俺たちはここに閉じ込められてしまったらしい。



 :バトルルームだね

 :へぇ。そういうのあるんだ

 :ルールは単純だよ。出現した魔物倒せばいいだけ。

 :倒せば出られる

 :なにが出るかはわからない

 :結構強敵しか出ないイメージ

 :基本1体しか現れないから問題なし

 :今のおっさんなら何出ても楽勝だろ

 :もっとすごい部屋が来るかと思ったけど

 :軽く突破して次だ、次



「バトルルームっていうの?ここ」



 かろうじて拾えた視聴者さんのコメントを頼りに、サツキちゃんに確認してみる。



「間違いないですね。今から中央の空間に1体魔物が召喚されてくるはずです。それを倒せばここから出られます」


「もしかして、経験あり?」


「もう10回くらいは遭遇してますね。そこまでレアな部屋ではないです」



 とはいいつつ、ちゃんと剣を構えて戦闘に備えているサツキちゃん。


 この辺りは見習わないとな。



「でもこれまでのこともありますし、めちゃめちゃ強い魔物が出てくるかもしれません。油断しないでくださいね」


「了解!」



 火葬くらいはすぐ放てるようにしとかないとな。


 ここまでなんとか生き延びてきたんだ。


 どんな魔物が来ようがなんとかなるだろう!


 よし!がんばろう!



「来ます!」



 時空ウサギが俺たちを冥葬級へ送り込んだ時と同様の時空の渦が、部屋の中央に発生し始める。


 歪み、渦巻き、中から1体の魔物がその姿を現した!


 ……って、えっ?


 なんだアイツ。



 :うっそぉぉぉん!!!

 :いやそれはないだろwww

 :超ラッキーじゃん!

 :この部屋でその魔物は僥倖でしかない

 :いったい何レべ上がることやら

 :ゴールデンエンペラースライムwwww

 :しかも逃げられない部屋でwwww

 :相変わらずの強運



「あんな魔物出ることあるんですね……」


「アレ、すごいヤツ?」


「倒すと経験値めっちゃもらえるヤツです。もともとすごい出現度が低い上にすぐ逃げちゃうから、倒せることは基本ないんですけど……」


「でもこの部屋は……」


「逃げられません。そういうことです!!」



 サツキちゃんの目の色が変わった。


 目の前にはさりげなくないキンキラキンのスライムがこちらを伺っている。


 たぶん、彼女は自分で倒す気マンマンになっているのだろう。


 腰を落とし、魔物を刈り取る準備を整えている。


 これは……勝負だな。


 俺も強くなったとはいえ、レベルはまだまだ上げたい。



 絶対に負けられない戦いが、そこにはある。

 

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