第30話

「あら、サツキじゃない!久しぶりね!」


「ご無沙汰ぶりです!ライカさん!」



 部屋に入るなり、中で忙しそうに動き回っていた少し年齢を感じる女性と挨拶を交わすサツキちゃん。


 どうやら顔見知りらしい。



「あら、後ろのいい男は彼氏?」


「ち、ちがいますよ!ただの監視対象です!」



 もう隠さないんだ。


 監視対象言っちゃってるよ。


 友達くらい言ってほしかったな。


 それにしてもここ、ホントにダンジョンの中なのか?


 ここはまるで……



 :グルメハウスで間違いなさそうやな

 :うまそぉ

 :相変わらずカウンターテーブルに並ぶ魔物食が美しい

 :お、キメラの煮つけあんじゃん!

 :イノーシシの丸焼き!

 :イカルゴの刺身もある!

 :毎回思うけど、ここ普通にバイキング形式の食堂だよなw

 :ライカさんの色気すげー

 :エルフ族だっけ?ライカさん

 :年齢不詳

 :ダンジョンできた頃からすでにいたという噂が



 エルフという言葉が目に留まった。


 確かにライカさんの耳は人間のそれとは全然ちがう。


 大きさがまるで違うし、先が尖ってる。


 眼も緑色だし、俺のゲーム知識と照らし合わせても彼女がエルフであることを否定する要素はなかった。



「今日はいい食材が揃ってたから美味しくできてると思うわ。好きなの食べてって!」


「楽しみぃ!」



 早速カウンターテーブルの小イスに腰掛けるサツキちゃん。


 テーブルを挟んだ対面で皿を運んだり洗い物をしたりするライカさんを尻目に、サツキちゃんはテーブルに置かれた箸と皿を手に持ち、「どれにしよっかなぁ」などとチョイスを始めていた。



「ダイシさんも早く食べましょうよ!」



 すでに皿に食べたいものを取り分けながら、俺を促すサツキちゃん。


 いくら顔見知りで来たことがある部屋とはいえ、速攻でメシにありつくとかお行儀悪すぎない?


 てかそもそもタダなんだろうか。ここ。



「お兄さん、名前なんていうの?」


「あ、阿尻ダイシっす」


「ダイシ君ね。覚えておくわ。アナタここ初めてよね?ルール知ってる?」



 矢継ぎ早に早口で話してくるライカさん。


 よくしゃべる関西の……いや、やめておこう。



「俺初心者なんです。ルールとかあるんですね。教えてもらってもいいですか?」


「あは。やっぱりそうなんだ。あっ!サツキも食べる前に聞いてくれる?ちょっとルール変わったのよ」


「はっ!え、ええ」



 サツキちゃんはもう料理を口に入れる寸前だった。


 口を閉じ、箸でつまんだ魚みたいなヤツを残念そうに皿に戻す。



「ここはグルメハウス。ランダムに変わるダンジョンの各部屋において、稀に出現する腹ペコの探索者たちを至高の料理でおもてなしするラッキーな部屋なの」


「ま、ユニークルームと同じような感じです。あの性悪ウサギの部屋と違ってここは安全ですけど」


「性悪ウサギって時空ウサギのこと?」



 ライカさんがサツキちゃんに問い返す。



「はい。地下1階で私の探索史上初めて遭遇しました」


「この初級ダンジョンで?それは災難だったわね」



 ライカさんも時空ウサギは既知らしい。


 この辺りの仕組みとか横のつながりってどうなってだろうな。


 今更ながら疑問が湧いてきた。


 ……まぁいいか。腹減ったし。



「料理は好きなの食べてもらっていいわ。ただし、ここはお腹が一杯になるまでは出られない仕様だから、必ず満腹になるまで食べていってね。クリアの条件はそれだけよ」



 なんてハッピーな部屋なんだ。


 魔物食うとかちょっと抵抗あったけど、こんなうまそうな料理なら話は別だ。


 満腹にしないほうが難しいというもの。


 クリアは必然、だな!



「あとね、ここの料理は空腹だけじゃなくてHPやMPが回復したり、中には能力が上がる料理もあるから、ステータスは都度チェックしながら食べると面白いかもね」


「おお!それはすごい!じゃあMP回復したいんだけど、どれ食べたらいいですか?」


「さて、どれかしらね」


「えっ?」


「そこまで優しくないわ。それはランダムよ」



 柔和なようで少し意地悪な笑顔でそう教えてくれるライカさん。


 さすがにそんな都合よくはいかないか。



「それとね、サツキ。そこまでは以前と同じなんだけど、実は今日から急に仕様が少し変わってね」


「えっ?そうなんですか?」


「ええ。実は今まではステータスが上がるか上がらないかしか選択肢がなかったんだけど、それだとさすがに甘すぎるからってもう一つルールが追加になったの」


「なんですか?」


効果のある料理も追加されたのよ」


「……えっ?」



 サツキちゃんの表情が明らかに変わった。


 さっき食べようとしていた魚料理っぽい魔物食をマジマジと見つめだす。



「ゴメンね。こればっかりは私じゃ決められないことだから」


「どれが下がる料理なんですか!?」


「それも私にはわからないわ。ちなみに下がる時どれくらいの数値が下がるかも未知数よ」



 これはなんか一気に難易度上がってないか?


 満腹食べるだけでめっちゃ弱くなったり、下手すると命落とすリスクもあるってことでしょ?


 やばくね?



 :ランダムでステータス下がるは草

 :霊視で視れない?

 :メシ食って■ぬのは勘弁な

 :またおかしなことになってきたぞぉ



 実はこの事を聞く前からすでに、一応霊視は使って料理をちょっとだけ視ていた。


 ただ、なんの肉かとか味がどうかってのはある程度わかったが、ステの上がり下がりに関することについてはわからなかった。


 こればっかりは食べないことには始まらないらしい。



「あ、でもひとつだけおねぇさんから助言。あまり参考にはならないかもしれないけど」


「なんですか?」


「あの端っこに置いてある、アレだけは絶対食べないほうがいいわよ。アレはダメ」



 ライカさんが視線を移した先。


 明らかに端っこに寄せられた小机と皿の上にナニかが乗っている。


 ズズズズズズ……と、空間を軋ませるような雰囲気を醸し出すそのナニか。


 今は霊視を使って視ているワケではないが、その食べ物?からは明らかにとても邪悪なオーラを感じ取ることができた。



 そして……。



 俺はそう遠くない過去において、そのナニかに雰囲気がとてもよく似たアレを食した経験を、とても鮮明に思い出していたのだった。

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