第21話

「あまりこの地をヒトの不浄な血で穢したくないものでな」



 見た目よりもさらに低く重い声でそうつぶやいたアデスは、臀部から伸びる二本の竜の尾で、気を失っている2人の探索者を足から吊り上げていた。


 宙ぶらりんの状態になっても目を覚ます様子がない男性2人。


 どうやら完全に気絶してしまったようだ。



「死層冥域を突破した褒美だ。せめて苦しまぬよう刹那のうちに骨の髄まで一瞬で灰にしてやろう」



 そう言って、アデスは自らの目の前に逆さ吊りにした男性探索者2人を並べると、両手から黒い炎を召喚し、止めを刺す体制に入る。


 このままだと確実に、あの2人の命はここで尽きることにだろう。



 :こっちで倒れてる女の子って大僧侶のミーナちゃんじゃない?

 :じゃああっちの2人は豪剣のスレイと閃光のジャンってこと?

 :若手のホープじゃん……

 :人気・実力ともに勇者パーティを猛追してるあのSS級の探索者たちが……

 :配信とかやらない人たちだからこんなとこ来てるの知らなかった

 :冥葬級まで潜れる実力あったんだ

 :おいおいやられちゃうって

 :おっさん助けてやれよ

 :さすがのおっさんでも無理だろ



 ああ。助けよう。


 このまま黙って見てるワケにはいかない。



「ダメですって!勝てるわけないじゃないですか!」


「でもこのまま放っておけないだろ!」



 彼らが冥竜王に虐げられているのは、俺とサツキちゃんが身を潜めている巨柱からおよそ20mほど先にあった玉座がある場所だった。


 さっきは暗くて見えなかったが、彼らがここに現れてから、壁面に備え付けられていた光源が徐々に灯り始めたため、今は全てが見える。


 俺は柱の陰から飛び出して彼らを救い出そうと一歩踏み出そうとしたのだが、サツキちゃんに腕を引っ張れられて止められた。


 このままだとあの2人、死んじゃうよ!



「……させ……ない!」



 アデスに捕まっていないもう1人の探索者、視聴者さんがミーナと言っていた女性がよろめきながら立ち上がった。


 彼女は俺たちの目の前に飛ばされてきたのだが、柱の陰に隠れていた俺たちに気付いている様子はなかった。

 


「ほう。やはりお主だけは少し毛色が違うようだな、大僧侶の女よ。あの異空間であれだけの攻撃を受けてなお、意識を保っておれるとは大したものだ」


「えっ?あの子もしかして……」



 弱弱しく立ち上がるミーナちゃんを見て、サツキちゃんが何かを察したようにつぶやいた。



「オール……ヒール……」


 

 ミーナちゃんは大僧侶らしく全体回復スキルを発動しようとしたのだろう。


 淡い緑色の光が瞬時に彼女と仲間2人の身体を優しく包み込んだ、ように見えた。


 一瞬だけ。



「ふんっ!」


「かはっ!」



 アデスが軽く左足を振り上げると、ミーナちゃんは苦悶の声を上げてその場に再び倒れこみ、回復スキルの使用は中断された。


 彼女がどういう攻撃を受けたのか、見ていただけでは全然わからなかった。


 風圧?衝撃波的なヤツなのかな。



「回復なぞせず大人しくそこで待っておれ。お主には利用価値がありそうだ。しばらく生かしておいてやる」



 余裕のアデス。


 まだ俺たちの存在に気付いている様子はない。



「ミーナ!」


「あっ……サツキ……ひさし……ぶりね……」


「すぐ回復を……」


「私は……いいから……お願い……彼らを……助けて……あげ……て」



 柱の陰からアデスに気づかれるか気づかれないかギリギリの声量で声をかけるサツキちゃん。


 ミーナちゃんは少し応答したが、俺たちに思いを託してすぐに気絶してしまった。


 サツキちゃんの知り合い?友達なのかな?


 それなら、その友達のお願い、聞いてやらないワケにはいかないだろ。



「ダイシさん!」


「サツキちゃんはミーナちゃんのこと回復してそばにいてあげて」


「ダメですって!行ったら死んじゃいますって!」



 サツキちゃんが涙目になっている。


 掴んだ俺の腕に入る力が増している。


 いろんなことがいっぺんに起きてちょっと混乱してるのかな。



「その子、友達なんでしょ?」


「友達っていうか……まぁ、腐れ縁っていうか……」


「じゃあ、友達の友達は友達だから、俺の友達でもあるってことだよね」


「私とダイシさんって友達だったんですか?」


「あー俺が勝手にそう思ってただけか」


「いや、そんなこと……」


「まぁでも、多分大丈夫だから!言ったでしょ?サツキちゃんは俺が守るって」


「でも……」


「こういうのは年長者に任せておきなさい!」



 何故かはわからない。


 ただ、根拠のない自信だけが異常に高まっていることだけは自覚できた。


 感覚が狂っていると言われればそれまでかもしれない。


 でもなんか……アイツ見てても全然……


 いや、そんな事は絶対ないとは思うが、とにかく気合入れて立ち向かおうと思う。



「じゃあ、行って来る!」



 サツキちゃんの俺を引っ張る力が一瞬緩んだ隙を見逃さず、彼女の手を振り払い、俺は冥竜王に向かってゆっくりと歩きだした。



「さて、では盛大に火葬を執り行うこととしようか……ん?」


「あ、えっと……その人たち、放してやってくんないかな?」



 俺はアデスの目の前まで無防備に近づき、軽くお願いをしてみた。



「チョロチョロとネズミが紛れ込んでおるとは思ってはおったが……貴様、一体どこから沸いて来おっ……!!」



 アデスが俺の存在をしっかり認識して絶句した。



「(なんだ……なんだこの男は!?なぜこんな脆弱で古びたヒトの個体からこのような絶望的な波動が滲み出ておるのだ!この感覚はまるであのお方の……)」



 なにぶつくさ言ってんだ、このじいさん。


 てか俺たちの存在には気付いてたみたいだね。無視されてただけだったのか。


 あと特に否定はされなかったから、アデスで間違いないってことでいいよね。



「貴様……貴様いったい何者だ!?」



 両手に黒い炎を構えながらも、後ずさりを始める冥竜王。


 あれ?なんか狼狽えてる?


 俺にビビってんの?



「なにモノって、タダの僧侶だよ」



 何故かはわからないが、俺はこのじいさんにまったく恐怖を感じていなかった。


 むしろすごく……こんなこと思っていいのかわからないが、なんかすごく……雑魚に見えている。


 そして今のこの状況にとてもいらだっている自分がいた。


 ああ。なんかとっても腹立たしい。


 ……俺と、同じ目線で話してんじゃねぇぞ。


 頭が高けぇよ、じじい。


 ああもう!なんかムカつくなぁ、このクソじじいが!!



「いいからとっととその汚ねぇシッポ片づけて2人を解放やがれ!このゴミクズ野郎が!ケシズミになりてぇのか!!」


「は、はいいっ!!す、すいませんでしたぁ!!!」



 突如として豹変した俺が、冥竜王アデスに汚い罵声を浴びせて謝らせている姿は、すでに4万人を超えていた視聴者さんたちの目にしっかりと焼き付けられていた。

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