第20話
「……さん、ダイシさん!」
遠くのほうから俺の名前を呼ぶ誰かの声がする。
女性の声だ。
ぼーっとした意識の中で、身体を揺さぶられているような感覚だけは感じ取ることができた。
「ダイシさん!起きてください!」
徐々に意識がはっきりしてくる。
この声は……サツキちゃんの声だ。
「早く起きて!死んじゃいますよ!!」
ん?なんか切羽詰まってるな、サツキちゃん。
……ああ、そうだ。
徐々に記憶が鮮明になってくる。
俺は確か、西東京第4初級ダンジョンのユニークハウスってところで時空ウサギに遭遇して、ダーツをして、そして時空の渦から別のダンジョンに飛ばされたんだ……。
冥葬級の……地下50階!
やばい!!
こんなうつらうつらしてる場合じゃない!
「だあああああ!」
覚醒しない脳みそに気合を入れるため、俺は社畜時代に覚えた声を張り上げながら身体を起こす癖を無意識に発動してしまった。
「んぐっ!」
「ちょっと静かにしてください!せっかく誰もいないところに転移できたのに!」
左手で俺の口を瞬時に抑え、右手でシーっの仕草をしながら小声で警告するサツキちゃん。
顔の距離が近くて若干照れる。
いや照れてる場合じゃないか。
:……どう……な……った……
:……お、きた……きた…
:……つながった!
:見れた!
:おお!これが冥葬級地下50階か!
:すげー初めて見た
:話に聞いてたとおり禍々しい神殿だな
:でもどこかギリシャの古代神殿っぽいな
:暗くて先が見えない
:ボスいる?
:巨大な柱の陰に転移できてよかったな
ちょっと不安だったが、どうやら配信用カメラも一緒に転移してくれたようでホッとした。
電波が悪かったみたいだけど、コメント欄もさっきまでの流れを取り戻していて機材に異常はないようだ。
そして流れる視聴者さんのいくつかのコメントから、運よく安全圏に転移したみたいでいきなりボス戦という展開にはならなかったようで安心した。
「えっ?ダイシさん配信できてるんですか?」
「あ、ああ。普通にみんな見れてるみたい」
「私のは繋がらないです。っていうか超級以上のダンジョンは専用の激レアアンテナを使わないと接続できないはずなんですけど……」
警戒心を取り戻した俺は小声でサツキちゃんと会話をする。
俺の機材は特殊なのか?
ギルドから借りてるだけなんだけどな。
なんか間違えていいの貸してくれたのかな。
「まぁいいです。とにかく、視聴者さんのコメント見てわかったと思いますけど、今私たちは冥葬級地下50階の入口付近、巨柱の陰に隠れる形でここにいます」
「う、うん」
「転移してもう1分くらい経ったのかな。感知のスキルでこの辺り一帯を索敵しましたけど、少なくとも半径50mの範囲に敵の気配はありません。今のところ」
前から思ってたけど、サツキちゃんって小技いっぱい使えてすごいよね。
探索者としてはすごい優秀な子なんだろうな。
そして目標の1分はもう過ぎているらしい。
「ところでさ、サツキちゃんはどうして転移してすぐ動けたの?気を失ったりしなかったの?」
「舐めないでください。これでも一応、S級の探索者なんです。転移はそこそこ経験してます」
へぇ。そういのも慣れでなんとかなるもんなんだね。
:サツキたん無事?
:あ、こっちは普通に見れる
:ホントに冥葬級っぽい
:サツキちゃんと馴れ馴れしくすな!
:サツキから離れろおっさん
:おっさんだけ置いて帰ろう
:おっさんだけアデスにやられちまえ!
あれ。なんか質の悪いコメントが急に目立つようになってきたな。
サツキちゃんの推しっぽい人たちがすごい勢いで増えてる気がする。
ああそうか。
サツキチャンネルじゃ見れないからか。
それで俺のチャンネルに移動して状況確認してんのか。
ってことは視聴者数めっちゃ増えてそうだな。
どれどれ、視聴者数はどんな感じに……
「えっ?に、2万人!」
「もう!ダイシさん!大きな声出さないでください!」
「ご、ごめん……」
あまりの増え方に仰天した。
さっきまでの増加スピードも異常だったけど……。
桁違いだ。同接2万人とか人気配信者レべルじゃないか。
俺、というよりサツキちゃんのすごさを改めて思い知った。
さすが登録者50万人を誇る配信者さんは違う。
「このままここで大人しくしていましょう。もしかしたらミッションをクリアできるかもしれません」
「そうだね」
「でも、いつなにが襲い掛かってくるかわかりませんから。ダイシさんはいつでも【回帰】できるように準備だけはしておいて下さいね」
「あ、ああ」
【回帰】の準備はどうやればいいのかわからないけど、意識だけはしておきます。
「じゃあ会話はここまで。なるべく気配を消してやり過ごし……」
突然だった。
前触れもなく空間が割れる。
清浄だった空気が一気に邪気を帯び始め、呼吸が急に苦しくなってくる。
闇に覆われて見えなかった眼前の暗闇が裂け、時空が歪む。
「あっ……」
「サツキちゃん!」
おそらく索敵スキルを使って絶望したのだろう。
サツキちゃんの目の光が失われている!
感知したモノがヤバすぎて声が出せないのか。
ナニかが……来る!
「ぐわあああああ」
「きゃあああああ」
「ぐはぁっ!!!」
突如割れた空間からすごい勢いで投げ出されてくる3つの個体。
女性の叫び声の主は俺たちのすぐそばに。
男性の声の主2人はここから少し先。
ぎりぎり見える範囲の位置に落とされうめき声をあげている。
どうやらこことはまた別の異空間で戦っていた別の探索者パーティがいたらしい。
経緯はわからないが、再びこの場所へ戻ってきたのだろう。
「ほう。やるではないか。我が
裂けた空間からゆっくりと地上へ降り立つナニか。
邪悪ながらも明るめの黒いオーラを纏っているせいか、その造形ははっきりと視界に捉えることができていた。
禍々しさが限界突破した姿形をした異形の老紳士。
口元から伸びる長く鋭利な牙。
似つかわしくない竜の尾が気持ち悪い動きで地を舐めている。
……間違いない。
こいつは、冥竜王アデスだ。
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