第8話

「サツキちゃんの声だ!」



 彼女が進んだダンジョンの奥からその絶叫は聞こえた。


 思わず振り返り踵を返す俺。


 そのまま猛ダッシュで入口とは反対方向へと急いで駆け出した!



 :やべーっておっさん

 :行かないほうがいいよ!

 :サツキが叫ぶなんてただ事じゃない

 :どうなってんだこのダンジョン!



 ほっとけないだろ!


 見ず知らずのおっさんに回復かけてくれた美少女の叫びを無視するワケにはいかない!


 奥で何かのっぴきならない事態が起こっているんだ!


 とにかく急ごう!



 ドーム状の広場から奥の出口を抜け、通路を駆け抜ける俺。


 石畳の床を軽快に鳴らし、息を切らして走る。


 数10mほど進んだところ。再び光が漏れる出口が見える。


 サツキちゃんはおそらくこの先にいる!


 とにかく行くしかない!



「うおおおおおお……!!」



「シャアアア!!」



「おわっ!やっば!」



 通路を抜けた先。


 さっきスライムやオークと戦った広場とまったく同じ空間だと瞬時に認識したのと同時に、攻撃を受けた。


 骨の魔物にいきなり斬りつけられたのだが、無意識に身体がよろめき膝をついた事で偶然その斬撃は受けずに済んだ。


 ただ、そう思ったのも束の間。



「シャアアア!!」



 骨の魔物はすでに追撃の体制に入っている。


 剣を上段に構え、俺を真っ二つにする準備は整っていた!



「やばっ!態勢が……」



 膝が笑っていて立ち上がることができない!


 体力がないのに走ってここまで来たから身体が言うことを聞かないんだ!



 まずい!やられる!



「はぁっ!!」



「バフッ……」



 骨の魔物が背後からの不意な一撃で縦に割れた。


 半身が両サイドに別れ落ち、魔物を倒したサツキちゃんの姿がそこにあった。



「大丈夫?おじさん」


「あ、ありがとう」


「もう!なんで来たんですか!」


「いや、悲鳴が聞こえたから……。気づいたらこっちに走ってた」


「あー……ごめんね。私のせいだよね」


「いや、そんなこと……」


「ちょっとびっくりしちゃって。まさかこんなところでモンスターハウスに出くわすなんて思いもしなかったから……」



 モンスターハウス、だって?



 :マジか

 :確かに魔物だらけ

 :いやほんとありえねーな

 :この序盤でモンスターハウスは鬼畜

 


 サツキちゃんは俺を助けてからも警戒態勢を崩していない。


 膝をついたままの俺を守るように魔物達に対峙してくれている。


 幸いにも今いる位置は後ろが壁になっていたので背後から強襲される心配はない。


 ただモンスターハウスの名の通り、俺が突入したその部屋は、視界に入る至る所が数多の魔物の群れで覆いつくされていた。



「私一人だけだったらあんまり問題ないんですけど……」



 フラフラと立ち上がる俺に聞こえるように、そうつぶやくサツキちゃん。


 ええ。わかってますよ。


 自分のことは自分でなんとかしますから。


 そんな明らかに邪魔者扱いしないでもらえますかね。



「俺のことは気にしなくていいよ。好きにやっちゃってください」


「自分の身だけ守っててください。オーク倒せたんだし、そのくらい大丈夫ですよね?」


「た、たぶん……」


「なるべく早く終わらせますから。死にそうだったら声かけてください」



 そう言って、サツキちゃんは50体はいるであろうスケルトンやスライム、ゴブリンなどの魔物の群れに対して集中力を研ぎ澄ませていた。


 ぱっと見あまり強そうな魔物はいないように思える。


 いや、S級探索者にとっての話ね。


 なので俺がここに来なければ、おそらくサツキちゃんはサッと片づけてすでに次へ進めていたのかもしれない。



 :囲まれないようにね

 :【火葬】で焼き払っちゃえ

 :いや、【成仏】使ってくんねぇかな

 :スケルトンに効果ありそうじゃね?

 :いけるいける



 他人事だと思って……。


 まだ戦闘には慣れていないんだ、こっちは。


 ゲーム実況と違うんだぞ。


 でも、確かに俺も【成仏】のスキルは気になっている。


 スケルトンは普通に考えれば死霊系だし、【火葬】と併用すれば、自分を守るくらいだったら案外いけるんじゃないか。


 なんか自信出てきたな。


 おし!いっちょやってみっか!



「じゃあ、行くよ!」



 サツキちゃんは掛け声と同時に正面の敵に斬りかかる!


 炎を纏った横薙ぎの一撃で3体ほどの魔物を一瞬で撃破していた。


 あれが【火剣】ってヤツ?スゲーカッコいい!


 おっと見とれてる場合じゃないな。


 俺もスキルを発動させよう。



「……」



 でも【成仏】ってどうイメージすりゃいいんだ?


 お経か?念仏?


 ダメだ。全然わからん。


 ええい!浄化ってんだから、光だ光!


 光をイメージしろ、俺!


 天から降り注ぐ淡い輝きを連想するんだ!



「シャアアア!」



 おわっ!来たよ!スケルトン!


 頼む!光降り注いで、悪霊退散してくれぇぇぇ!!!



 パアアアァァァァァ



「……へっ?」



「ショワァ……」



 漏れたおしっこみたいな音と共に、スケルトンは淡い光に包まれて、霧散しながら天へと旅立っていった。



 しかも



「ショワァ……」

「シュワァ……」

「ジュン、ジュワァ……」



 薄暗いモンスターハウスの全域を照らしていた【成仏】の柔らかな光は、20体ほどいたであろうスケルトンの全てを、一瞬にして光の彼方へと消し飛ばしていた。



「嘘、でしょ……」



 立て続けに攻撃を繰り出してすでに数体の魔物を倒していたサツキちゃん。


 いきなり明るくなってスケルトンが消滅していくこの状況が信じられず、彼女は一瞬だけ、天を仰いで絶句していた。

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