第6話 エアコンと川の字
我が家は5人で川の字になって寝ている。左からあちゃ子、ワシ、あちゃの助、あちゃ太、ワイフの順番だ。しかし、暑い夏の日にはその隊列が乱れる事があるのだ。
「へぶしっ!?」
あちゃ子の裏拳で目が覚める。頬に乗っかった腕を退けて、身体を起こす。Tシャツが汗でビタビタだ。
7月の熱帯夜。リビングのエアコンも扇風機も稼働しているはずのに、和室は蒸し暑かった。
子供達も暑いのか、寝返りを打って布団の上をゴロンゴロン転がっている。あちゃ太なんか上布団から脱出して、ワイフの頭の位置で横になっている。親子二人で『T』の文字を作るなんてもじもじ君か。なんて感心しているとまたケリが飛んできた。あちゃの助だ。このお陰で暑い夜はぐっすりと眠れない。翌日、ワイフと会議した。
「エアコンの設定温度を変えない?」
「じゃあもう少し下げてみようか。扇風機も増やすね」
「それか寝室で寝る方が」
「それはイヤ」
我が家にあるエアコンは二つ。寝室とリビングにある。じゃあ寝室で寝れば問題は解決、とはいかないのだ。寝室にはベッドが一応あるのだが、家族5人で横になるには狭い。もう一つベットを足すスペースはない。
そうなると家族5人で寝るには和室に布団を敷くしかないのだ。エアコンの効いたリビングの空気を扇風機で送るという方法を採用している。和室用にもう一台エアコンを買うという選択肢は、資金不足のため今はない。
ワイフとの作戦会議の結果、温度を下げることになった。
だが暑い。夜中になるとめちゃ暑いのだ。扇風機を三個稼働させても子供達の寝返りに変化はない。寝相攻撃に何度も叩き起こされる。もうこりゃいかん。我慢の限界だ。 寝ているワイフを揺さぶって、もう一度提案した。
「エアコンの設定温度をもっと下げよう」
「これは以上はちょっと…………」
ワイフだけは暑さにめちゃくちゃ強かった。あまり涼しいのは好みではない。だがワシは限界なのだ。子供達にゲシゲシ踏まれ蹴られ、たとえコシの強い讃岐うどんだってこんな扱いはされていないはずだ。
「じゃあ次からは寝室で寝るわ。二組に別れよう」
「いーや。和室で寝よう」
「だって暑いんだよ。ワイフだってあちゃ太に蹴られてるでしょ。あれで何回も目が覚めて寝不足じゃない。お互いの睡眠の為に夏の間だけ寝る場所を別々にしない?」
ワイフは視線を布団に落として言った。
「だって、家族で一緒に寝られるのって限りがあるんだよ。子供達は毎日成長してるし、これ以上大きくなったら別々の部屋で寝る事になるよ。『今』しかできないんだよ、5人で寝るの」
子供達が小さい頃の映像が頭に流れた。
夜泣きで抱っこした時も。 あちゃ太のオムツを替えたのに、またおしっこされた時も。あちゃの助がお化けが出るって怖がって寝れなかった時も。あちゃ子がイタズラして叱って仲直りした時も。夫婦ゲンカして子供達も気まずくなったあの日も。いつも5人で川の字になって夜を過ごしたね。
子供達は大きくなる。あちゃの助が中学生にでもなったら、5人で寝る事なんてないだろう。
ワシは暑さに負けてワイフの気持ちを気付けなかった。怒りが湧いてきた。なんでこんなに悩まなきゃいけないのか。それもこれも夜中が暑いせいなのだ。
こんのエアコンめぇ、チミがちゃんと動いていれば!
ピッピッピッ。
なんと、リモコンをメタクソに押したら動きを止めていたエアコンが動き出したではないか。なんでだ。
ワシが押していたボタンには『不在ECO』と記されていた。つまりあれだ。リビングに人が誰もいなくなるとエアコンがOFFになる設定だったのだ。これじゃ和室にみんな移動して寝ていればエアコンが止まるのは当然だった。こりゃおやすみタイマーが効かないわけだ。
不在ECOモードをOFFにする。エアコンはごうごう音を立てながら涼しい風を提供してくれた。暑い空気は徐々になくなり、快適な空間が身体を冷やしてくれた。
それからというもの、夜に寝苦しくて起きる事はなくなった。次の日。
「ぱぱ、ねんね」
「あちゃ太、昨日も寝たじゃん。今日はぼくだよ」
子供達がどちらがパパかママの隣で寝るかで揉めている。以前は「どっちでもいいじゃんそんなこと」と思っていたが、いつかこの揉め事が終わると思うと寂しい。
「わかったわかった。パパが真ん中であちゃ太とあちゃの助がその脇にしようじゃないか」
「じゃあママはどこで寝るの」
「パパの隣だ」
「それはダメ~」
でも、いつか終わるとわかっているのなら、この『今』を大切にしていこうと思う。さあ、今日も川の字で寝よう。
ああた家のひとコマ ああたはじめ @tyomoranma2525
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