4.仰ぎ見た太陽

 バスが止まる直前、俺は七瀬とキャプテンにメールを送った。

『もうすぐ着きます』

 バッグとタオルを掴み運動公園前で降車すると、俺の前をバスが遠ざかって行った。

 俺は目の前の光景にホッと胸を撫で下ろす。

 車道の向こうに、見上げる程大きな陸上競技場――その入場口が俺の到着を待ち構えていた。

 間に合った。

 俺は携帯の時刻を確認する。

 開会式の五分前――間に合った!

 後はみんなと合流するだけだ。

 俺は向こう側に渡る横断歩道を探して辺りを見渡すが、視界に入る範囲には見当たらない。

 運動公園と陸上競技場の間を縫うように走る二車線道路は右に左に緩いカーブを描いている。

 バスで通って来たカーブの向こうに横断歩道があったが、来た道を戻るのかと思うと躊躇してしまう。

 目の前に入場口があるのに?

 それに、時間が……。

 いけないことだとは分かっている。

 けれど俺は、車道を斜め横断しようとして左右を確認した。

 左は大丈夫だ。

 右、来た道の向こう、緩いカーブの先から白いセダンが顔を出した。

 だが距離がある。

 セダンもカーブ続きのこの道だ、徐行している。

 きっと運転手にも、俺のこの白いジャージ姿が見えている筈だ。

 それに俺の足なら一瞬で渡れる。

「宇佐美!!」

 ふいに呼ばれて顔を正面に向けると、入場口にキャプテンと七瀬の姿があった。

 俺に向かって手を振ってくれている。

「キャプテン!すいません、今そっち行きます!!」

 嬉しさのあまり大声で答えて、俺は車道に飛び出した。

「――あぶない!夏翔かけるーッ!!」

 七瀬の絶叫が響き渡った瞬間――時が止まった。

 俺の右側には、いつのまにかバイクが迫って来ていた。

 恐らくセダンを追い越して来たのだろうそのバイクは、俺に気づいて急ブレーキを掛けたみたいだったが、間に合わないだろう。

「――只今より、第25回高校新人陸上……」

 開会式のアナウンスが遠くに聞こえる。

 母さんごめん。

 父さんと離婚してから女手一つで俺をここまで育ててくれて、ありがとう。

 最期に馬鹿やって本当にごめんなさい。

 キャプテン、中武、七瀬。

 申し訳ない。謝っても謝りきれないよ。

 みんなの顔が浮かんで消えて、そして――目の前には太陽があった。

 ギラつく八月の太陽が俺を見下している。

 バイクに撥ね飛ばされた俺の身体はアスファルトに叩きつけられ、嫌な音を立てて車道に転がり、最終的には仰向けに横たわった。

 ふっと視界が暗くなる。

 太陽が遮られる――タオルだ。

 黒い影になった紺色のタオルが、俺の顔に覆い被さった。

 七瀬が俺のために入れてくれた白い刺繍の文字『KAKERU』が、俺が生前見た最期の光景になった。


 ――あの夏から俺はここに居る。

 運動公園のバス停前に縫い留められたように、絶対に入れない競技場を見続けている。

 そんな俺の視界に白い色が閃いた。

 白いジャージ――俺はその色に手を伸ばす。

 ——あぶない……!!

 七瀬の声が聞こえた気がした。

 

 

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