3.揺るぎない決意
「宇佐美くんは真面目で学習意欲もあります。部活動もよく頑張っている。ただ、志望校は国立だったね。今のままの成績では少し厳しいかな」
高校二年になって初めての三者面談での担任の言葉だった。
そう言われて俺は、陸上を辞めること決意した。
「何もすぐに陸上辞めなくても……。まだ二年生になったばかりじゃない。あんたは頑張り屋だから、これから伸びるって母さん信じてる。それに、私立なら問題ないって先生も言ってたじゃないの」
母親、陸上部の仲間、それに七瀬。
みんな同じような言葉で俺を引き留めてくれた。
けれど、誰に説得されても俺の決意は揺るがなかった。
俺は、どうしても国立大学に進学しなければならないからだ。
別に将来やりたいことがあるって訳じゃない。
そんなんじゃない、そんなんじゃないんだ。
俺はただ、働きづめの母親に、学費で苦労を掛けたくないだけだった。
今時、こんな北海道の片田舎であっても大学くらいは出ておかないと、まともな就職先も見つからないだろう。
大企業じゃなくていい。高望みはしていない。
ただ、俺はちゃんとした職に就いて親を楽させたいだけだ。
私立なんて冗談じゃない。
そりゃあ俺だって陸上は辞めたくないさ。
小学三年生から走って来たんだ。
何の取り柄もない俺の唯一の自慢は、足が速いことだった。
運動会での俺の活躍に、友達も母親もみんな喜んでくれた。
初めて単距離スパイクを履いた時の衝撃。
中学時代の大会では、100M走の表彰台の真ん中だけは逃し続けていた。
だから高校では絶対にゴールテープをぶっち切ってやるって、がむしゃらに部活に励んできたんだ。
これからだ。これからだったんだ――何もかも。
何もかもを捨てて、俺は受験に専念する。
そんな俺の想いをみんなは受け入れてくれた。
それどころか、少しでも長く俺を走らせてくれようと、400Mリレーの第一走者まで任せてくれた。
監督もコーチも俺を信じてくれて、その日からメンバーで入念にバトンワークにも力を入れてきた。
もともと絆は固い。
俺たちなら勝てる。
だから何としてでもレースには間に合わなくては。
緊張して朝方まで眠れなかった自分の馬鹿さ加減を嘆いていてもしょうがない。
ありがたいことに郊外に向かうバスは渋滞とは無縁で、定刻どおり順調に目的地に近づいている。
――待っている。待っていてくれる。みんなが。
みんなが俺のスタートダッシュを待っている。
車内アナウンスがひとつ前の停留場を告げて、俺は顔を上げた。
開いた窓の向こう、後ろに流れる景色の先に背の高い木々が揺れている。
陸上競技場に隣接した敷地にある『広郷運動公園』――俺のとりあえずの目的地だ。
もうすぐ着く。
俺の夏はまだ終わらない。
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