2.みんなの想いに報いたい

「キャプテンすみません、今バス乗りました。――はい、寝坊です。体調に問題はないっす。ありがとうございます。本当にすみません」

 バスの後部座席に乗り込んで速攻キャプテンに電話すると、相手もワンコールで出てくれた。

 向こうでも準備があるだろうに、ありがたい。

 完全に俺の失態なのに体調まで気遣ってくれた上に、このまま行けばギリ開会式に間に合うから焦るなと励ましてくれた。

 電話口の向こうからも「待ってるぞ」の声が響いていた――本当にいい仲間たちだと思う。

 俺は小声での通話を切りジャージの袖で顔を拭った。

 揃いの白いチームジャージ。

 背中には紺で『HIGASHI h.s. Track and Field』のロゴ。

 ――暑い。

 バスの窓を開けると、向かい風が俺の前髪と汗を吹き飛ばしていく。

 俺は、俺を400Mリレーの第一走者に推してくれたみんなの想いに報いる義務がある。

 何故なら俺は、この新人戦を最後に陸上を辞めるからだった。


『ごめんヘマした。でも絶対間に合うから。約束どおり一緒に全道大会に行こう』

 七瀬にメールを送り、隣の座席に置いたバッグから紺色のスポーツタオルを取り出す。

 タオルの端には小さく、けれど紺地に目を引く白い糸で俺の名前が刺繍されていた。

 このタオルは七瀬から昨日手渡されたお守り代わりのプレゼントだった。

「絶対、ふたり揃って勝つよ。全道があたしたちを待ってる――ね」

 俺を振り返って見せた、意志の強い眉と自信に満ちた笑顔。

 七瀬は女子100M走のエースで、初めてできた俺の彼女だった。

 ――七瀬。七瀬。

 俺は紺のタオルで目元を覆い、どうしようもないこの現状と、今にも走り出しそうなこの想いを必死に抑え込んだ。

 今の俺にできることは、バスの揺れに身を任せることだけだった。




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