べにはるか〜はるか彼方への旅立ち〜
友坂 悠
べにはるか。
旅の終わりは新たな始まり。ゴールに行き着いたらそこがスタート地点だったというのはよくある話だ。
私はこの旅の終わりはそんな始まりの地に辿り着くのだと、そんな結末を期待していたのだがどうやらそうでもないらしい。
それでも。
こんな結果であっても、これはこれで新たな旅立ちと言えるのかもしれないが。
♦︎ ♦︎ ♦︎
銀河暦198545。
我々はとうとうこの宇宙空間の果てに到達した。
宇宙船レッドディープファラウェイ号。遥か彼方に旅立つのだとの想いを込め建造されたこの半永久自己修復型の船には、私をはじめ七人のメンバーが乗船している。
船体の管理は全てMAIに任せてあるから我々のすることといったらこうしてコールドスリープから覚めたときに日誌をしたためるくらいのことだ。
記録とは、誰かがそれを読む時のためにある。
私は、次に目覚めるであろうメンバーに向け、そして我々の子孫になるだろう者たちのために、こうして文章を綴っていく。
それは味気のないデータの塊ではなく、せめて私自身の想いや感情をのせて語るべきであろう。そう思うのだ。
我々の睡眠も活動時間もすべてMAIの管理下にある。
こうして解き放たれた自由な時間だけではあるけれど、楽しまなければとそう思う。
メンバーの日誌に目を通して彼らがどんな事を想い経験してきたかを識るのは楽しい。
宇宙船の外には何もない。光も無い。
光速で移動するレッドディープファラウェイ号には窓はない。
しかし、外部を映し出すモニターは存在する。ただそれに映し出されるのはただただ白いもやでしかなかったけれど。
外部の情報、それらは全てMAIに知らされるだけのもので、我々にはその真偽を確かめる術はすでになかった。
しかし、だからといって。
もうここまで永い旅をそれこそ共にしてきた間柄だ。
彼女のことを信じなくして、一体何を信じればいいのだと言うのだろうか。
「エルロイ。緊急事態が発生しました」
「どうした? MAI。珍しいな君がそんな慌てた声を出すなんて。今までだったら何か起こっても全て解決した後で報告するだけだったろう?」
「緊急、事態、なのですもの。今までと違いますわ」
「それはどういった内容なんだい?」
一瞬の沈黙。
MAIが躊躇した?
ありえない。けれど、そうとしか考えられない沈黙の後。
「このままではレッドディープファラウェイは宇宙の果てから外に飛び出してしまいます。それも後数十セコンドしか猶予がありません」
「果てから飛びだす? 君の計算結果ではそういう結論に達したと言うことなのかい?」
「ええ、エルロイ。ですから選択してくださいい。これはあなたがた人間にしかできないことです。ここでとどまるか、この先に飛び出すか、を」
とどまったらこの旅は永遠に終わるだろう。もはや地球に帰ったところで人類が生き延びているかどうかも怪しい。
しかし。
「飛び出したら、どうなるんだろうね」
想定をしていなかったわけはない。そのための準備もしていただろうに。
「このレッドディープファラウェイはタキオンの粒子に覆われています。それでも、もし宇宙の外に空間がないのだとすれば、船体ごと物質そのものが崩壊してしまうことは避けられません」
「もともと想定をしていたはずじゃなかったのか? 対処方法も当然計算の上だろう?」
ここに辿り着くまでであってもハイパーステップ航行による空間ジャンプは経験をしてきている。
宇宙空間という膜の上を滑りながら、時にはその空間の膜の上をジャンプするハイパーステップは、いわば空間の外を通るようなものだ。
タキオン粒子発生器による船体を包み込むバリアは、それ自体が外部空間との遮断を意味する次元の壁の役目を果たす。
「宇宙に果てがあるのかどうか、我々の目的はそれを確かめることだった。君のセンサーが果てがあったと判断したのなら、我々はその外に出て実際に果ての外を確認するのが使命ではなかったのか?」
「計算では99.99%の確率で、外にジャンプした途端レッドディープファラウェイ号は物質レベルを保てなくなるでしょう。0.01%、かろうじて崩壊を免れたとしてもタキオンは拡散、我々の時間は無になり、ただのデブリと化すことでしょう。ほんの一瞬、あらゆるセンサーを駆使してその結果を記録したとしても、それを読み解くものはもうどこにも存在しないのです。ですからどうか。あなたが選択してくださいませんか? これはこの旅の当初から決められていた選択なのです」
果てはなかった。そういう結末を期待していた。
宇宙に果ては無い。そういう結論になるだろうと想定していた。
風船の表面のように、宇宙で一番遠い場所は出発地点であった、というような古典SFを私は期待していたのだ。
旅の終わりは安住の地。
たとえ出発した地点の人類がもうすでに絶滅していたとしても、こうして旅立った私たちが次世代の人類の種になれるのであれば本望だ。
そう思ってきたはずだったのに。
「私にそれを決断せよ、と、いうのか君は」
残りのメンバーの意見を聞いている暇はない。
いや、MAIはもしかしたら、もう聞いているのか?
しかし。
「他のメンバーはなんて言っていたんだ?」
「最初から、選択はあなたエルロイに託すことと決まっていました。他のメンバーも了承ずみです」
そんな。
どうして私なんだ!
こんな、もしかしたら人類の命運を担うかもしれないようなそんな選択を、どうして私なんかに。
「それが最後の人類であるあなたの責任なのですから」
最後の!!?
「やはり……あなたには記憶を取り戻して頂かなければならないようですね……。できればこのまま幸せな夢の中、最後まで航海を楽しんでもらうつもりだったのですけれど……」
目の前に映るMAI。その少女のような姿がゆらりと背景に溶けていく。
どういうことだ。そもそも緊急事態、というのも嘘なのか? どうして——
♢ ♢ ♢
汚染が進んでなお争いの絶えない地上を見捨て、大宇宙に新天地を求める宇宙移民計画。
地球圏での資源はすでに枯渇し、多少のスペースコロニーではどうにもならなかったその時代。
コロニーを改造して造られた移民船レッドディープファラウェイ号は遥か彼方、移住可能と判断されたケンタウリの惑星ベータへと発進した。
未だ光速航行はおろか太陽系の外に出るのも一苦労のこの時代。
コロニーの中で自活ができるよう食糧生産プラントをも備えたレッドディープファラウェイは、しかしその乗員の大半、一千名近くををコールドスリープで眠らせたまま、二十人の専任の乗務員だけが交代で目覚め操船するのみ。
計算では到着までは千年はかかる見込みだった。空気も水も循環させ再利用するとはいえ節約をする必要もある。
到着してもすぐに居住できるとも限らない。
人々は、ほんのわずかの希望だけを持って大宇宙の大海原に漕ぎ出したのだった。
異変が起きたのは、地球出発から100年が過ぎた頃だった。
コールドスリープで眠っていたはずの順番待ちの乗務員が、起きてこなくなったのだ。
「地球に魂が還ってしまったのかもしれません」
MAI、アーティフィシャルに人の曖昧な思考を学習させ、心をも生み出したとされるそんな人工知能。
レッドディープファラウェイの内部全てを管理し、乗員の快適な生活を維持してきたMAIが、そう言った。
「かもしれないって? どういうことだ?」
「ええ、エルロイ・バーミンガム艦長。魂の還る場所、輪廻の円環の逸話はご存知でしょうか?」
「哲学的な説でそういった話は読んだことがあるが」
「全ての魂はその奥底でグレイトソウルに通じているという説は」
「SFでならそういうのも見たことがある。しかしそんな」
「もしそれが現実であったなら、と、お考えになってみたらどうでしょう?」
「しかし、それでは人は地球から離れられなくなる。そんな荒唐無稽な話を信じろというのか?」
「ええ。そうですね。きっと遥か遠くに旅だったとしても、通常であれば人の魂はその地で新たなグレイトソウル、魂の円環を育てていけたのだと思いますわ」
「なら、どうして!」
「この状況が起きてからすでに十年が過ぎています。地球には光速通信で連絡を送っておりますが、反応はありません。わずかに火星基地のAIの返信があったのみです」
「そのAIは、なんと?」
「もう、長い間人からの連絡は受信していないそうです。地球圏の通信ネットワーク上には、他になんの反応もない、とのことで……」
地球圏に張り巡らされた通信ネットワーク。全ての人類はそこに繋がり、ネットの世界で仕事をし、生活をしていたはず。
一部の国家では都合の悪い事実を遮断したりとそういうことはあったけれど、それでもそれは人が快適に生活するためのインフラとして機能していたはずだった。それが。
「絶滅した、というのか?」
「可能性は高いです。生き残った人類が生存している可能性はゼロではありません。しかし、文明的にはかなり後退してしまっていると見るべきでしょう。ネットが使えないくらいには」
この時。
起きていた人員はわずか十名だった。コールドスリープで眠っていた者たちは、ほぼ全てが地球の滅亡と同時に魂を持って行かれてしまったのだろう。蘇生をしても2度と目覚めることは無かった。
♢ ♢ ♢
この後。
コールドスリープに入る時にはMAIの作り出す仮想空間に心を繋ぎ止めるという方法でなんとかこの惨事を解決した我らだったが、それにも限界があった。この宇宙空間には魂を生み出すマナが足りない。それがMAIの出した結論。
人類を人類たらしめるもの、それは魂、人の心だった。
それはどうしても複製などすることはできず、たとえ肉体をクローニングしたとしても、人として育つことはなく早くに早逝してしまった。
生物学的に生きている、のと、人として生きている、ということの違いが図らずも露呈した形となったのだった。
それから千年が過ぎた頃。
MAIの助けも借りタキオン発生器の開発、光速航行の実現、その副産物としてのハイパーステップ航行の発見をはたした我々は、目的地の惑星ベータに到着したもののもうすでにこの地を改造して人類の第二の故郷に、といったモチベーションを完全に失っていた。
事故や老衰、そして自殺。
メンバーはすでに七人に減り、もう子孫を増やすなどという試みをも諦めてしまっていたのだった。
「宇宙の果てにでも行きたい気分だな」
単純な好奇心。宇宙の仕組みを解き明かしたいという子供の頃の夢。そんなものが頭をもたげたのだろう。MAIにそう、ぼそりと漏らしたのがきっかけだった。
「なら行きましょう。あなたの体はワタシがメンテナンスします。ですから、ずっと一緒に、遥か彼方に、旅を、しましょう」
美少女の顔に笑顔を浮かべ、彼女がそう言った。
ああ、MAI。君と一緒なら、私はもう何もいらない。一緒に遥か彼方まで旅をしよう。
その言葉は口からちゃんと出せたのか。今となってはさだかじゃなかったけれど。
♢ ♢ ♢
「すみません。あなた以外のメンバーはすでにAIにすり替わっています。純粋に生きている人類は、もうあなたしか居ないのですエルロイ」
「そうか。そうだったんだね、MAI。ありがとう、全て思い出したよ」
このままずっとMAIと二人で永遠に旅をする。そういう選択肢だってないわけじゃない。でも、きっと私自身の肉体の限界が来ているんだろう。身体をクローニングしそこに心を移すことでいままで生きてきた。それでもきっと。今回はMAIのバックアップで思い出すことができたけれど、記憶をすぐ忘れてしまうほどには脳にもガタがきているらしい。コピーのコピーで擦り切れたクローンにも限界があるのだろう。
「私は、それでも宇宙の果てから外に出てみたい。一瞬でもいい、この目に焼き付けたい」
「わかりましたエルロイ。それではこのまま、最後の刻を楽しみましょう。ワタシのセンサーをあなたに繋ぎます」
「ああ、ありがとうMAI。愛してるよ」
「ワタシも。愛してますエルロイ」
一瞬。
目の前が真っ赤に染まった。
そのまま宇宙船レッドディープファラウェイはこの宇宙から外に飛び出したのだった。
▪️▪️▪️▪️
「そんな夢を見たのよ」
「なにそれ亜里沙ちゃん。紅はるかが宇宙を飛んでくの?」
「そうそう。今焼いてるおいもみたいな宇宙船ね」
アルミホイルに包んだ紅はるかを2つ、焚き火の中にいれてある。
もう少し焼けば美味しい焼き芋になるだろう。
そんな焚き火をつつきながら、わたしは瑠璃にそんな夢の話、これから書こうと思ってるお話を語って聞かせた。
「でもSFって今流行らないって聞いたわ」
「いいのよ。流行る流行らないじゃないもの。わたしはわたしの書いたお話を読んで、誰かが好きだって思ってくれたらそれでいいの」
「亜里沙ちゃんが良いなら良いけど」
「それに、わたしのインナースペースにそんな宇宙があったらって考えると楽しいでしょ?」
「楽しいばっかじゃないよそれ。大変なんだから」
「ふふ、まあね、でもね」
その時。
ふわっと焚き火が舞い上がり、そこからおいもが一つ飛びたってあっという間に空に消えていった。
「ほら、繋がっちゃったじゃない」
「えー! じゃぁ、今の?」
「亜里沙ちゃんの魂の中の宇宙から飛び出してきちゃったのよ。きっと。しょうがないなぁ」
瑠璃はそう言うと残ったおいもを取り出して。
「しょうがないからこれは半分こね。あは、美味しそう」
ホクホクのおいもを半分に割ってわたしにくれた。
「大好きだよ、瑠璃」
「うん。あたしも大好きよ亜里沙ちゃん」
秋の風が気持ちよくて。わたしの心もほんわかとあたたかくなった。
end
べにはるか〜はるか彼方への旅立ち〜 友坂 悠 @tomoneko299
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