俺は探し続ける

絶望

 ガラスに映った自分の顔が見る見るうちに青ざめていくのがわかった。

 直様彼女が居た方向に首を向けると、そこにはただ何もない無意味な空間があるだけで、座席すらないゴンドラ内には隠れるような場所はひとつもなかった。

「……千尋ちゃん? 千尋ちゃん!」


 慌てて立ち上がったのだが、長いこと腰を下ろしていたせいで足に上手く力が入らずに派手に転んでしまう。

 壁に取り付けられた銀色の手すりにしがみつきながら再び起き上がると、三度みたび彼女の名前を叫ぶ。

「千尋ちゃん!」

 電源の回復に合わせて復旧したのか、スピーカーからは久しぶりに女性係員のアナウンスが聞こえてきた。

『お客様、長らくお待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした。停電はたった今解消されま――』

「千尋ちゃん! 千尋ちゃん!」

 スピーカーから小さな悲鳴が聞こえた気がした。

 それはきっとこちらの声があちらにも聞こえたからだろう。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

『――お客様? どうかされましたか?』

 どうかしたどころではないのは間違いなかったのだが、それを彼女に話したところでどうにかなるわけでもない。

「すいません大丈夫です。でも……早く。急いでここから出してください!」


 まるで何事もなかったかのように動き出したゴンドラは、俺だけを山の頂上へと運ぶとそこで再びその動きを止めた。

「お客様、大変申し訳ございませんでした!」

 数人の遊園地の従業員が横一列に並んで大きく頭を下げる。

「そんなことはどうでもいいですから早く下に戻して下さい!」

 確信があったわけではなかったが、ここには彼女が居ないような気がしていた。


 恐らくは園の保守に使われているのであろう軽トラックの助手席に乗せられ、湖の外周をなぞりながらえらく遠回りをして入場口まで戻ってくると直様園内に駆け込む。

 俺は閉園までの一時間余り園内を走り回って彼女の姿を探した。

 だがそれは全くの徒労に終わってしまった。

 蛍の光が流れる園内から退場すると入場口のすぐ近くに置かれていたベンチに腰を下ろし、彼女が現れてくれることだけ願ってゲートを見つめ続けた。


 長い夜だった。

 通りから少し離れたこの場所は遠くの方から僅かに夏の虫達の声が聞こえるだけで、とても静かで寂しい時間が流れていた。

 何度か立ち上がっては園の柵の隙間から彼女の姿を求めたりもしたが、俺のたった一つだけの願いは結局叶うことなく、無情にも東の空からは朝日が昇り、世界は何事もなかったかのように新しい一日の活動を再開する。


 開園と共に入場した俺は更に半日程園内をさまよい歩き、日が傾く頃になってようやく家路に就いた。

 淡い期待を持って辿り着いた家の中にも、彼女の姿を見つけることは出来なかった。

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