曳馬万里
帰宅
「万里。気をつけて帰りんよ」
「うん。お世話になりました。それじゃあまた、九月に」
バス停まで見送りに来てくれた祖母に別れを告げると、来た時と同じく貸切状態のバスへと乗り込む。
バスはクラクションを短く一回鳴らしてからその速度を上げていく。
どんどんと遠ざかっていく祖母は、その姿が見えなくなるまでこちらに手を振ってくれていた。
「おばあちゃん、寂しそうでしたね……」
「うん。でもまたすぐに会えるから」
「はい。その時は私も一緒に行きますね」
「あ、うん」
一緒にも何も、彼女の
一時間も掛からずに市の中心にある駅に到着してバスから下りると、地下通路を通って在来線のホームに向かう。
往路では一人だったが、今は彼女が隣にいることで何だかちょっとした旅行でもしているような気分になってくる。
実際のところキャリーバッグをガラガラと引きながら歩く俺は、周りにいる人達から見れば旅行者にしか見えないだろう。
ホームに着くとほぼ同時に滑り込んできた電車に乗り込み、車両の先頭付近に空いている席を見つけてそこに腰を下ろす。
やがて電車は市街地を抜け緑が多く存在する山間地へ至る。
さっきまで大人しく隣の席に座っていた彼女は、まるで小さな子供のように座席に膝をつくと車窓にかぶりついた。
「私、電車に乗ったのって小学校の遠足の時以来かもしれないです!」
「そうなんだ。もうちょっとすると湖の上に架かっている橋の上を走るよ」
「ほんとですか! 楽しみです!」
完全に小さな女の子と化した彼女と、あれやこれやと話をしながら鉄路の旅を楽しんでいると、風景はいつの間にか見慣れたものに変わっていた。
そこは八五万人の昼間人口を擁する政令指定都市で、俺が密かに帰路の経由地として設定していた街でもあった。
「千尋ちゃん。一旦ここで降りるよ」
「あ、はい。お買い物ですか?」
「うん。そんな感じ」
電車から下りると駅の出口には向かわずに、ホームからほど近い場所に設置された駅ビルの二階へと直結した改札を抜ける。
エスカレーター前に掲示されたフロア地図に目を通し、目的のショップを目指した。
「お、ここだな」
「ここ、ですか?」
そこは雑貨やレディース物の衣料を取り揃えているファンシーな外観――内観も似たようなものだが――のお店で、男所帯の俺からすれば無縁な場所でもあった。
「千尋ちゃん。パジャマと下着買ってあげる。好きなの選んで」
「え? いいんですか?」
「うん。だって……ねえ?」
「あはは……ですよね。えと、それじゃ見てきます!」
「うん。十分くらいしたら俺も店内に入ってくから。それまでに決めておいて」
「はい!」
返答にドップラー効果を効かせながら、光の速さで店内に消えていく彼女を見送った俺は、ひとつ下のフロアにある、店名に銀座を冠したちょっとお洒落な土産物屋で贈答用の洋菓子を購入する。
これはもうひとりの幼馴染である理亜に贈るためのものだ。
再びエスカレーターで雑貨店のあるフロアまで戻ってくると、ちょうど彼女が店先からこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「どう? いいのあった?」
「はい! すっごくかわいいのがありました!」
彼女に腕を引っ張られながら店の奥へと連れて行かれる。
そこは同店内でも特別にファンシーな一角だった。
視界の全てがパステルカラーに染め上げられ、居心地の悪さでいえば十六年の人生の中でも指折りであった。
「これなんですけど……」
彼女が指差した場所に置かれていたそれは、やはりとてつもなくファンシーだった。
「じゃあ、これとあと、下着は?」
「あ。それはさすがに万里くんを売り場に連れて行くのは申し訳ないので、こっそり持ってきちゃいました。……そこに置いてあります」
「これ?」
「お友達が同じようなのを持ってて、ちょっとだけ憧れてたんです……」
「じゃあうん……おっけー。お会計してくるから外で待ってて」
レジの前に他の客が居ないのを確認すると、ファンシーとセクシーを手にとって忍者の素早さと静かさで移動する。
「いらっしゃいませ」
「これ、お願いします」
「はい、かしこまりました。ご贈答用で宜しかったですか?」
「あ。家に帰ったらすぐに使いますから普通の袋でいいです」
(あ)
「……かしこまりました」
(……違うんだ)
「あれ? 万里くんちょっと痩せました?」
「……うん、多分。五キロくらい」
「お昼ごはんまだですよね? どこかで食べていきますか?」
「いや。地下のスーパーでついでに何か買ってくよ」
駅地下で向こう三日分程の食料と弁当を購入し再びホームへと帰ってくる。
「あと一駅だけ電車に乗ってそこから十分くらい歩けば着くけど、今日はナマモノも買っちゃったからタクシーかな」
「楽しみです」
「別になんもないよ」
「ううん! 万里くんがいますから!」
「それはまあ、いるけども……」
あっという間に自宅の最寄駅に到着すると、駅前で客待ちをしていたタクシーに乗り込む。
万が一のことを考えて千尋ちゃんは運転手さんの死角に座らせる。
真っ昼間から怪談騒ぎになりでもしたら、運転手さんに申し訳がなかったからだ。
こちらはあちらに比べると気温が体感で五度も高く感じる。
(もう二、三日あっちに居てもよかったかな……)
――いや、そういうわけにもいかないか。
俺はこちらに宿題を残していたのだから。
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