ほわんぽわんの国

ゆかり

わたしの世界の始まり

「今のこの世界が始まったのはいつからだと思いますか?

 宇宙が生まれた時? 地球が誕生したとき?

 いや、いや、そうじゃないでしょう? 思い出して下さい」

「ですから、あなた誰ですか?」

「今夜、私があなたを訪ねてくる事はあなたが生まれる前に決めてたでしょう? あなたが決めたことなんですよ? お願いですから思い出して下さいよ」

「通報しますよ」

「困ったな。早く思い出してもらわないと時間がもったいない。時間を止める事だけは契約上出来ないし。今夜中に今後の人生を決めてあなたの承認を貰わないといけないんです、僕」

「通報したいけど、夢よね? これ」

「夢、というか、まあ夢みたいなもんですけどぉ」

 私の夢に現れたその生き物?は今にも泣きだしそうだ。少し可哀そうになって話を合せてみる。

「で、あなた、何処から来たの?」

「ほわんぽわんの国です。あなただってそこから来たんですよ」

「あら、そうなの?」

「そうですよ。僕はあなた専属のガイドです。あなたはお客様で、只今この世界に旅行中です」

「なるほど。それじゃあその『ほわんぽわんの国』は何処にあるの?」

「あなたが宇宙と呼んでいる世界の外です」

「ふわあ。それはまた壮大な設定ねえ」

 私は今日60歳になった。還暦だ。それなのにこんな現実離れした夢を見ていて良いんだろうか? 良いに決まっている。誰に迷惑かける訳じゃなし、この際、楽しんでしまおう。

「面白そうじゃない。その『ほわんぽわんの国』ってどんなところなの?」

「ええっ? 思い出してくれさえすれば説明の必要はないんですけどぉ。説明、するんですか?」

 信楽焼の狸に似たその生き物?は恨めしそうに、上目使いに私を見る。

 ちょっと可愛い。

「聞いてるうちに思い出すかもしれないでしょう?」

「ああ、それもそうですね。確かに。」

 今度はちょっと嬉しそうだ。面白い。

「そこでは皆、あなたみたいな姿なの?」

「いいえぇ。この姿はあなたの指定です。『ほわんぽわんの国』では誰も姿を持っていません。見えないシャボン玉みたいな魂の塊です。」

「あら、いやだ。じゃあ何も出来ないじゃない」

「そうです。ですから僕たちの最大の悩みは『退屈』なんです」

「毎日、どうやって暮らしてるの?」

「暮らす、というか、この世界みたいに食べる必要も寝る必要もないですし、歳もとらないし、死にもしない。ただホワンポワンと漂っているだけです。この世界でいう所の瞑想状態ですかねぇ」

「うわあ。確かにそれは退屈以外の何ものでもないわ」

「でしょう? そこでいつしか『ほわんぽわんの国』唯一の産業が生まれたんです。それがこの世界と、この世界へのツアーなんですよ」

 狸は少し得意気だ。

「じゃあ、この宇宙を作ったのはあなたの会社ってこと?」

「会社? そういう感じではないですねー。『ほわんぽわんの国』では瞑想上手はどんどん空想力が大きくなるんです。それで空想の力で地球や生物を作っちゃいました。それが良い退屈しのぎになりそうだって事で、空想力に自信のある魂が寄ってたかって加担したんですよねー。それが宇宙の始まりです」

「ははは。宇宙って、そうだったの? 頭の良い人たちがもの凄く研究してるけど、そんな説は聞いたことが無いわよ?」

「そりゃあそうですよ。あの人達は皆、エキストラですからね」

「?」

「この世界では凡人以外はほとんどエキストラです。そうやってポイントを貯めて、沢山貯まったら、そのポイントを使って旅行するんです。『ほわんぽわんの国』の唯一の仕事と娯楽ですよ」

「じゃあ、エキストラの人達はみんなそれを知ってるの?」

「そんな訳ないじゃないですかぁ。それじゃあリアリティがないでしょ?」

「なんかエラそうねー。でもそれじゃあエキストラの人もツアー中の私も何も変わらないじゃない。なのにあっちはポイントが貯まって、私はポイントを使ってるんでしょう? 不公平だわ」

「エキストラはある程度、決まった生き方しかできないんです。それって結構な苦行ですよー。だから貰えるポイントも大きいんですけどね。あなたはお客様ですから生まれる前に星の数ほどあるプランの中から今のこの人生を選んだんです。プランによって使用ポイントも違うんですけど、あなたは相当貯め込んでから使うタイプなんですね。最高級のプランを選択されました。いやあ、羨ましい」

「出まかせ言ってるんじゃないわよ。結構酷い人生だったわよ、今まで。自分で選べるんならもっとこう、才能とかお金とか美貌とかに恵まれる人生を選ぶはずだわ」

「それは、素人の考えですね」

(やっぱりちょっとエラそうだ、こいつ)

「最初はね、確かにそういうツアーが人気だったんですけど、実際体験してみるとつまらないし辛いんですよ。ツアー後は虚しいですしね」

「さては、あなた、そういうツアー体験してみたのね? 素人だったんだ」

「そ、そんな訳は。ははは、ないです。とにかく今はそういうツアーは人気が無くて、結局エキストラに頼らざるを得ないんです。人気のあった頃はうまく調整さえすればツアー客同士で世界を回せて楽だったんですけどね」

「ふうん。そういう感じの設定なのね」

「設定って、そういう事じゃないんですってば。そろそろ思い出して下さいよ。あなた、優秀なツアーガイドだったんですよ。だからポイントだって早く貯まるしぃ。僕は今夜失敗するとまたポイントが減点されちゃうんです。目標のツアーまであと少しなのに」

「うーん。そう言えば何となく少しだけ思い出しそうかも」

「ほんとですか?」

「さあ、どうだろ?」

「僕をからかってます?」

「あのさ、ここまで聞いてすごく疑問なんだけど」

「はい。何でしょうか」

狸は少し怒っているふうだ。怒ると言葉が丁寧になるタイプ。やっぱり面白い。

「じゃあ、私が知ってる人類の歴史は全くの絵空事なの?」

「それに関してはですね、あなたよくご存知なんですけど、最初の地球を作った時に一度好き勝手に放置してみたんですよ。有志を募って原始的な生物の器に入ってもらって。多少は軌道修正もあったみたいなんですけど、そうして一応のモデルケースが出来上がった。その中で生まれた歴史上の人物などは全て『ほわんぽわんの国』の住人が『体』という制約を受ける事で暴走した結果生まれたんだそうです。ホワンポワンと漂って瞑想しているときには思いもよらなかった自分自身がそこには居た、と彼らは驚き慄き、暫くは魂も縮んで大変だったそうですよ。でもその事で瞑想の腕が上がったみたいなんですけどね。あなたもその中の一人だったと聞いてますけど」

「なんか、設定が凝ってきたわね」

「ですからぁ、設定とかでは」

「面白いけど、ちょっと疲れてきたかな。明日も忙しいし熟睡したいんだけど」

「あのですね、あなたは60歳まで命の危険以外は全面放置のプランを選択されたんですよ。選んだ舞台はほぼモデルケースを再現した日本のこの時代。そして60歳の誕生日の夜に残りのツアーのイベントを相談して決める。その間、時間は決して止めないってオプション付きで。これって最高級プランなんですからね。全面放置ながら命は守るって大変なんですよ。僕の苦労を考えてみて下さい。まあ勿論その分、入るポイントも大きいんですけど。それなのに、今夜中に残りのツアーイベントを決めるってミッション達成出来なかったら、契約違反で入るはずのポイントは三分の一になっちゃうんです。可哀想だと思いませんか?」

「何だか妙に切実に訴えてくるわねぇ(夢のくせに)協力してあげたい気持ちはあるけど私にはそんな記憶がないんだからどうしようも無いのよ。それなら何か、思い出させるようなグッズの設定は無いの? ここまで壮大な設定なんだから何か対策あるような気がするんだけど」

 狸はハッと顔を上げ私の目を見た。何か思い出したようだ。さんざん私に思い出せと言いながら、もしかしたら最も大事な事を忘れていたのは狸、君なのでは?

「さすがです。いや、さすが伝説のポイントコレクター」

(何だ、それ)

「はい。そうです。僕が忘れてたんですねぇ。いやあ参ったなあ。すっかりテンパってました。これ、この手袋はめて下さい。いやあ、失礼しましたぁ」


 狸の差し出した手袋をはめて、私は思い出した。

 最初からこの手袋を渡されていれば、こんなに時間を無駄にすることはなかったのに。でも、この狸を指名したのは私だ。彼が少しうっかりさんなのは承知の上で、その方が面白そうだと思ったのだ。案の定、面白かったけれど。


「さて、時間も残り僅かだし早く決めなきゃね」

「僕は今、何だか感動してます。これがあなたの言うアクシデントの面白さなんですね。と言う事で、このうっかりはポイントの減点対象にはならないですよね?」

「大丈夫よ。この仕事が終ったら存分にあなたのツアーを楽しんで頂戴。そうだ。あなたのプランを聞かせてよ。私の残りのツアーの参考にするから」

「そうですかぁ? へへへ。僕のプランはですね、場所はこれとは別の地球で時代はもう少し未来。南の国の猫になろうかと」

「・・・・」

「猫の寿命は短いから、僕のポイントだと時々時間をゆっくりにしてもらうオプションをつけてもらうのが精いっぱいかな。それで、そうですねぇ体感で50年くらいになればいいかな、と」

(ホワンポワンと何が違うのかよく解らないが、人の楽しみをとやかく言うまい)

「どうです? 参考になりましたか?」

「猫かあ。60歳を迎えた人間が突然猫になるってのも面白そうだけどやめとくわ。私より回りの人達が楽しみそうだし。でも、決めた。明日からも全面放置でお願いするわ。命の方は平均的な寿命まで保証してくれたら後は放置で。私には、それが一番楽しめそう」

「ええっ? また放置ですか。まあいいですけど、僕のポイントも少しアップするし。ん? それだとオプションで極上の御飯をくれる飼い主も指定できるかも! 頑張ります、僕」

「それはお互い良かった。それじゃあ、私はもう寝るわ。明日から第二ラウンドのスタートなんだから」

「はい! ありがとうございましたっ」

「ほらっ。手袋の回収! 忘れるとポイント没収されるわよ」







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