【短編/1話完結】始まりが、緊張して嫌だったり、待ち遠しかったり
茉莉多 真遊人
本編
「はー、始まりって緊張したり嫌なことあったりするから嫌だな」
友人の言葉に耳を傾け、僕は分かっているとも分かっていないとも取りようがない曖昧な表情をしている。そうするときっと、僕が纏っているだろう雰囲気や友人に向けているだろう視線もそういう感じなのだろうなって感じにまとまっていると思う。
それに気付いたのか、友人はたとえ話を持ってくる。
「だって、新年のあいさつはさ、親戚とかなくなってたら、「あ、ごめんなさい、私、喪中なんで」とか言われてさ、雰囲気が気まずくなるし、かと言って、あいさつをしないとしないで「え、もうあいさつ済ませたっけ? え、何、喪中なの?」みたいな感じで言ってくる人もいるじゃん」
僕はなんとなく友人の言いたいことが分かったような感じがした。まあ、そんな人と仲良くなれるかと言われると、僕はなれないかもしれないけれど。
「あとはさ、やっぱ、4月だよ。学校だったらクラス替えとかいってさ、せっかく仲良くなった人と分かれちゃってさ、なんでまた知らない人と仲良くなるのからスタートしなきゃいけないか分かんない。いいじゃん、仲良くなった人とだけでさ」
僕は友人が意外と緊張する人なんだなって思ってびっくりした。だって、最初に僕に話しかけてきたのは友人で、僕は誰とも話せず、ぼーっとしていただけだったんだ。
きっと友人が話しかけて来なければ、20年以上経った今、こうやって友人の話を今でも聞くこともなかったな、って思う。
「それに、それに、仕事だったらさ、入社したての新入社員さんが入ってきて、また1から教えるんかいとかさ。逆の立場でもそうだよ。春の部署移動でさ、うわ、何も知らないから、誰に聞けばいんだろうとかさ、この人に聞いていいのかなとかさ、全然分からなくて困るし……」
きっと友人は、人に迷惑を掛けたくないし、それに、人に迷惑を掛けられたくないのかなって思う。
「長期休みの始めもそう。なんか休みのちょっと前くらいからさ、友だちだの親だのからさ、計画立てなきゃって感じに追い立てられてさ、旅行だー帰省だーなんだーってざざーっと動かなきゃみたいな感じでいつもと違う動きをしなきゃいけなくてさ。普段と違う動きって疲れるじゃん! まあ、帰省すれば君に会えるからいいけどね」
友人は過去に何かあったのだろう。それを僕は見つめるだけだった。
「だから、中盤がずっとずーっと続けばいいなって思っているんだよね。終盤だと次の序盤というかスタートが迫って来る感があるしさ」
ずっと続けばいい。それはそう思う。何気ないこんな感じの話しだって、いつまでも続けばいいと思う。そうすれば、僕は友人の話をいつまでも聞き続けられるからね。
「ただ、まあ、始まりって悪いことばかりじゃないんだけどね」
僕は急に話が変わって不思議に思いつつ、多分、ここからが本題なんだろうなあって思う。いつもそうだからね。友人は話を落としてから上げる天才なんだ。僕もよく落とされるからね。
「この間さ、結婚したんだよねー。まだ新婚生活を満喫しているんだけどさ。とりあえず、帰省はそれぞれでーって感じで帰って来ちゃった。このまま続いてほしいなって思うよね」
始まりだっていいことがあるじゃないかと思った。
始まりが辛いこともあれば、途中が辛いこともあるし、終わりが辛いことだってある。でも、始まりが楽しいこともあれば、途中が楽しいことだってあるし、終わりが楽しいことだってある。
そうして、とりとめのない話も終わりを迎える。
「あ」
友人はいつも通り僕を落とす。
「ごめん、ごめん。いっつも落としちゃうんだよね」
そうして、僕はベッドの上、枕の横にいつも置かれている。友人の実家に住むぬいぐるみだ。自分がどんな姿かさえ見たことがない。だって、鏡の前に置かれたことがないからね。
僕は、友人が独り暮らしを始めた時も置いていかれて、そして、結婚生活を始めると言われても置いていかれそうなまま、今でも友人の実家に残っている。
そんな僕は友人の次に何か始めた際に持っていってもらえないか、と心待ちにしている。
だから、僕は、始まりをいつも期待している。
【短編/1話完結】始まりが、緊張して嫌だったり、待ち遠しかったり 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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